ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック/B面 30-7

2012年、モリー・ドレイク「ハピネス」

ひさびさに家族兄弟が集まることになったのは、なんのお祝いだったのかな? 母の古稀だったか、父の喜寿だったか、それとも両親の金婚だったか(そのちのどれかだろう)。うちの家族は父母、男4人兄弟。ぼくは次男になる。東京に出ているのがぼくと弟(三男)。末っ子の四男は福岡在住。長男夫婦は天草の入り口の町に住んでいる。

かつては実家は大きめの家業を営んでいたのだが、21世紀に切り替わる時期に会社を畳んだ。両親はいまも実家に住み続けているが、その隣にあった大きな倉庫スペースは、いまは輸送業者に貸していて、トラックがよく出入りしている。

お祝いは、兄の家からほど近い天草の旅館で行われることになった。その前に実家に立ち寄り、仏壇に手を合わせた。子どものころお年玉を結構もらったから、ぼくが生きている限りはお参りしてお礼すると決めている。

祖父と祖母はぼくが大学に入った年に相次いで亡くなった。それはまだ昭和の話だから、この連載の対象外かもしれない。

祖父は、ぼくがはじめて身近に接した「明治の人」だった。頑固を絵に描いたような人で、ぼくら孫の前で相好を崩して笑ったり、不必要に甘やかしたりするようなところをいっさい見せない人だった。物心ついたときにはすでにものすごいお年寄りに見えていたから、亡くなったときにまだ80歳だったと聞いて、かなり驚いた記憶がある。

祖母は祖父よりもかなり年若だった(それでも、おばあちゃんに見えたことにかわりはなかったが)。祖母は祖父ほどには厳格なたたずまいではなかったけど、なんとなく父と祖母との関係が「薄い」というのは、おぼろげに感じていた。親子らしい甘えがほとんどないというのかな。そういう「気づき」みたいな能力は、もしかしたら子供時代のほうがすぐれていたのかもね。

祖母が、「父の母」ではなく、祖父の二番目の奥さんだったと知ったのは、いつだっただろう。父の実母は早くに病気で亡くなったという。ぼくらが生まれるよりも、母が父と結婚するよりも、ずっとずっと前の話だった。写真も見たことがなかったし、名前も知らない。ぼくらにとっての「おばあちゃん」は近所に暮らしているわけだから、いまはもういないもうひとりの祖母についてなんか知る必要もなかったし、ちいさいころに知ったとしても混乱するだけだっただろう。

歳をとってから、父は毎年元旦の朝に車で福岡県の山中にあるお寺にお参りするようになった。ぼくも大学時代に帰省したとき、一緒に着いていったことがある。車で2時間半くらい走ったかな。その寺には、大きな木彫りの菩薩像があった。

帰り道のサービスエリアで、父がトイレに行ったすきに母が教えてくれた。あの菩薩像の顔が「父の母」に似ていると父が言っているそうなのだ。「なんだよ、そうだったらもっとよく顔を見ておけばよかった」とぼくは母に言った。母は「わたしも(父の)お母さんの顔は知らんけんねえ」と笑った。

時計の針はぐっと進んで、2012年の実家、仏壇前へ。チーンと仏具を鳴らしていたら、母が「ちょっとちょっと」と寄ってきた。「あんたにこれを見せようと思ってね」

仏壇の脇にしまってあった包みを取り出すと、なかから一枚の写真を見せてくれた。見知らぬ女性の白黒写真。でも、その顔には、見覚えというのとは違う思い当たりがあった。

「この人は、(ぼくらの)おばあさんよね?」

目とか、口元の感じなのかな。すぐにそうわかった。笑顔ではなく、にらむでもなく、ぼんやりとした顔で、父の母はぼく(孫)を見ていた。表情があるようなないような。でも、幽霊のようではなくって、なにかを言いたそうでもあった。自分とは生きた時間を共有することがなかった幻の肉親との、時空を超えた突然の対面。動揺せずにいるなんて無理。どういう経緯でこの写真が出てきたのか、母が説明してくれた気がするんだけど、見ている写真へのショックでほとんど耳に入ってこなかった。

その写真は撮影させてもらって、いまもぼくのiPhoneのフォルダーに入っている。

そういえば、父は若いころデキシーランド・ジャズが大好きだった(ジョージ・ルイスやファイヤーハウス・ファイヴ・プラス・トゥーを愛していた)と知っているが、祖父がなにか音楽を聴いていたという記憶はない。親の影響は必ず子に伝わり、という決まりはないんだろうけど、もしかしたらあの写真の人(父の母)は、音楽が好きな人だったのかもしれない。

母が子(父)をあやすのに歌って聴かせていた歌。父が覚えているのかはわからない。だけど、きっとそれが父を作ったような気がする。

この写真を見たときよりもうすこしあとになって(たぶん翌年)、ニック・ドレイクの母親モリー・ドレイクがひそかに弾き語りで歌っていた50年代の録音をまとめたアルバムを聴いた。物心つくまえのニックが聴いていただろう、やさしい歌。彼女の歌う「ハピネス」という曲をはじめて聴いたとき、ぼくは父の母の写真を思い出して、ちょっと泣いてしまったのだった。

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この連載が書籍化されます。2019年12月17日、晶文社より発売。


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