ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック 25

2013年、ランタンパレード「甲州街道はもう夏なのさ」

年明けにお見舞いをした星野くんは、こちらが想像していたよりはるかに元気そうで、ひとまずホッと安心をした。「RADIPEDIA」の生放送に復帰した夜は、角張くんたちとJ-WAVEに行った。いきなり以前とおなじように仕事するというわけにはいかなかったが、とりあえずの復帰を誰もが喜んでいた。

だが6月末、星野くんが再手術をするという報せを聞いた(たしか、片想いのシンさんやissyと飲んでいた晩)。日本武道館での初ワンマン(7月に予定されていた)を控えていたタイミングでもあり、言葉を失うほどのショックを受けた。よくよく話を聞くと、それは前回のように急に倒れたのではなく、「再発」ではあるけれど、もっと完璧な状態にして復帰するための前向きな選択だった。その後の彼を見れば、この選択はベストだったのだ。

この年の1月からは、渋谷のクラブWOMB(ウーム)で、毎月のイベント「月間ウォンブ!」が行われる。オーガナイザーの仲原達彦くんは、いまはカクバリズム所属だが、当時はまだ大学を出てすこししたくらいだったかな。髙城くんの日芸の後輩としてRojiで紹介された記憶がある。知り合ったころの彼は、まだこのあたりまではRojiで定期的にバイトもしていた。

彼が日芸の学祭で企画した「プチロック」や、さいたまアリーナに隣接する中途半端な場所をライヴスペースとして活用した「TOIROCK FES」は、2011年から12年のぼくにとっては、注目すべきバンドやアーティストを一度に見ることができる最適なイベントで、多くを教わった。その彼が一年というスパンでやる「月刊ウォンブ!」には、そうしたイベントの総まとめ的な意味合いもあっただろうが、そこにもまだあたらしい発見はあった。たとえば、まだ音源をひとつも出してなくて、物販にはTシャツとちょうふざけたDVDしかなかった思い出野郎Aチームとか。

地下に掘り下げた3層構造で、フロアから見るとあまりに天井が高く、バンド・サウンドには不向きと思えたWOMBに、ステージ替わりのリングを設営したことで見る側の集中力を逸らさないようにした工夫にも感心した。DJ(マイケルJフォクス&BIOMAN)、司会(長州ちから)を一年通じて起用し続け、継続することで見えるものを提示しようとしたおもしろさもあった。2014年には、イベントに連動した漫画雑誌(「少年ジャンプ」サイズで、ライヴDVD付)まで製作したのだから、その無駄な情熱には頭が下がった。結局、ぼくは全12回のち10回出席し、最終回のカラオケ大会では審査員も務めることになった。

このイベントから派生したzineに『GHOST WORLD』がある。たしか3回目か4回目くらいからのスタートで、「ウォンブ」の会場で販売され、その後Rojiにも少部数置かれていた。これを作っていたのが、「東京の演奏」というライヴ・イベントを主催していたこっちゃんと片想いのオラリーという女性2人。毎回の出演者や関係者にスポットを当てたロングインタビューと、コラムや漫画などで構成された4つ折り仕様。ぼくも「君のあにきはそう決めた」という連載をした。シンプルだがスタイリッシュ、読みやすいデザイン、取り上げる対象への十分な知識と愛情が毎回とてもコンパクトにまとまっていた。

すこし時期は飛ぶが、11月にはこの『GHOST WORLD』の取材で、当時は地元の奈良に住んでいたBIOMANを訪ねる旅に、ぼくも同行した。そのまま神戸・塩屋の旧グッゲンハイム邸での片想いのワンマンに行く予定で、いまもお世話になっている旧グッゲンハイム邸に足を踏み入れたのは、このときがはじめてだった。

また、つくづく感じるのはそのzineの精神的な元ネタでもあった『ゴースト・ワールド』という映画の持つ影響力の持続性だ。ダニエル・クロウズの原作(グラフィック・ノヴェル)を、ロバート・クラムと昔バンド(チープ・スーツ・セレネーダーズ)を一緒にやっていた映画監督テリー・ヅワイコフが映画化したというだけで興味がそそられたし、日本公開された2001年には飛びつくようにして見に行った。主演のソーラ・バーチ、スカーレット・ヨハンソンの抱えた屈託、そして冴えないブルースおたくのスティーヴ・ブシェミの悲しみ、そしてなんの可能性も感じられない郊外のすすけた街。地方出身者なら、そのすべてに同意できるだろう。その映画の世界観に、公開から干支がひと回りしたタイミングで出くわすとは思っていなかった。

のちにHomecomingsやHi, how are you?といった京都のバンド、漫画家のサヌキナオヤくんと知り合ったとき、彼らも『ゴースト・ワールド』にすっかり魅せられた者たちだった。何年かごとにぼくの前に現れる『ゴースト・ワールド』の幻。まだこれから先もだれかと出会うような気がする。

『GHOST WORLD』(zineのほう)に掲載されていたインタビューとシンクロしたかのように、ブログでぼくがやっていたロング・インタビューも、この年は数が多い。すでに毎日更新はやめていて、このころは仕事の報告や告知が主になりつつあったが、取材をしたときはいつもそれなりの分量で連載的にアップした。

2013年に掲載したインタビューは以下の通り。
・森は生きている「森の話 mori no hanashi」
・yojikとwanda「yojikとwandaの閉じない世界」
・失敗しない生き方「シティ・ポップの壊し方」
・伴瀬朝彦「伴瀬おんがくし」
・厚海義朗「厚海義朗、GUIRO、cero、ソロ」

森は生きているや失敗しない生き方が話題になったのは、この年で、「最近、日本語のバンド名が多い」みたいな記事もいくつか目にした。ある意味それは、SNSを媒介とした話題の拡散(バズり)がようやく一般的にも定着した時代とのシンクロだったともいえる気がした。「ちょっと目にしたし、ちょっと気になる」程度の感覚が、以前よりもうすこし社会的な力を持ち始めた時代(不本意な拡散による「そんなつもりじゃなかったのに」時代もすぐに到来する)というか。

もちろん、森は生きているも失敗しない生き方もそんなこととは関係ないレベルで単純にいいバンドだったし、だからこそインタビューをしたんだけど。ただ、ぼく自身05年以来、ブログを自分の書きやすい場所であり気軽なアピールの場所としても使っていたけど、徐々にそういう意味合いも変わって(終わって)いってたように思う。

8月には、片想いのファースト・アルバム『片想インダハウス』が満を持してカクバリズムから発売された。2012年のフジロック苗場食堂での、レディオヘッドの真裏に登場した片想いのライヴは、見ていた人は200人ほどしかいなかったのに語り草になった強烈なものだった。

それに、このとき特設ページで担当した、いろんな人たちから発売記念のコメントをもらったりインタビューする仕事も印象深いものだった。片想いやホライズン山下宅配便の歩みを追うことは、2011年以前にすでに起きていたことを知る試みでもあったから。

この年のインディーファンクラブで、ceroはあたらしい編成を試みた。正確にはcero+あだち麗三郎クワルテッットという名目で、リズム・セクションを光永渉、厚海義朗が担当したのだ。そして8月30日、渋谷クアトロでのEGO-WRAPPIN'とのツーマンで、新編成が正式にスタートした(このときは古川麦くんも加わった8人編成。ほどなく麦くんは離れ、15年秋のツアーで復帰)。この日はじめて「Yellow Magus」が演奏されたはずで、『My Lost City』以降がついに示されたという感覚を持ったのを覚えている。

それとおなじころ、ひさしぶりに「本を出しませんか」という誘いが来た。『小野瀬雅生のギタリスト大喰らい』を担当してくれていた編集者がディスクユニオンの出版部門であるDU BOOKSに移籍していて、彼から持ちかけられた話だった。ただし、今回は先方に企画あり。「音楽漫画でなにか一冊できないかという相談です」という。

彼から見せられたのはwikipediaの「音楽漫画」という項目で、数十本の漫画が作品例として載っていた(当時の話で、いまはもっと増えている)。それを見て、明らかに抜け落ちている名作がいくつかあったので、もっと紹介数を増やしたガイド本にしたほうがいいんじゃないかと考えた。また、ディスクガイドでアルバムだけでなく未発表音源やシングル盤を紹介する感覚で、単行本化された長篇だけでなく、未単行本化の作品や短篇も含めたいと考えた。

もちろんぼくが音楽について書くことを主とするライターで、漫画も好きという属性もあったからの提案だったけど、少年時代に読んだ江口寿史「GO AHEAD!」や佐藤宏之「気分はグルービー」は音楽漫画として最高峰のひとつだといまも思っていたし、もしくは鴨川つばめ「マカロニほうれん荘」やあすなひろし「青い空を白い雲がかけてった」に感じていたのは音楽(ロック)じゃなかったのかとも感じていた(結果的に、あすなさんの作品は掲載しなかったが)。だから、完璧なガイドになるかどうかはわからなかったが、「自分史」を重ね合わせる意味でもやりたい仕事だった。ただし、自分ひとりでできる本ではないので、なるべく多くの執筆者に参加してもらうことにした。結果的に企画は通り、約5年ぶりにぼくの出版物作りがスタートした。

もうひとつ、この年のトピックといえば、ぼく以外のだれも話題にしない音楽賞といわれる「CDじゃないジャーナル大賞」をはじめたこと。この年の12月に発売された雑誌『CDジャーナル』で発表した。

『CDジャーナル』の連載として12年10月にスタートした連載「CDじゃないジャーナル」。その名の通り、CDではないメディア(レコード、カセット、配信など)で作品をリリースするアーティストに直接その意図や音楽メディアへの思いを語ってもらうインタビュー記事だ。第0回がヴァン・ダイク・パークス、第1回がAlfred Beach Sandal。

すでにレコード人気の復活は一般的なトピックにもなりつつあった時代だが、単に「レコードが一番!」という気分にもなれなかった。知り合いのアーティストには配信でも魅力的なリリースをしている人たちがいっぱいいたし、どんなリリースにもそれぞれの理由や思いはあるはずだし、もっとふらっとにとりあげられるべきというのがぼくの正直な気持ちだった。それが「CDじゃない」「アルバムじゃない」という理由で雑誌やウェブの記事になりにくいのだったら、ぼくがやってみようというのがいちばんの理由。

一年ちょっと連載を続けてきたし、ちょうど本誌のほうでの「CDジャーナル大賞」も廃止されたタイミングだった。楯も調べてみたら、わりと手軽にできることがわかった(最初はトロフィーと迷ったが)。それで毎年、選定・発注・贈呈までぼくひとりで行なっている。楯を贈呈することで、自分で選んだ大賞に自分で責任を持ちたかったのだ。発注してる会社の人は「変わった忘年会の景品かな?」と毎年思ってるかもしれないけど。

第一回の記念すべき受賞者は、以下の通り。
・ランタンパレード「甲州街道はもう夏なのさ」(アナログ7インチ・シングル)
・じゅんじゅん「せしぼんEP」(エアメール+配信EP)
・嫁入りランド+PR0P0SE「しあわせになろうよ」(イベント限定配信シングル)

2013年の1曲は、どうせならこの大賞のなかから選びたい。なので、ぼくの考える21世紀最良のシンガー・ソングライターのひとり、ランタンパレード「甲州街道はもう夏なのさ」にする。

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この連載が書籍化されます。2019年12月17日、晶文社より発売。


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