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きみは僕の正しい光 8


 前にゼミの教授には、重きを置くのはあくまで壮大なテーマではなく、自分の考えを形にする力だと言っていた。それは卒論に限ったことではなく人生においても言えること、だなんて話が壮大なテーマになった辺りから、物事の正解を考えることを放棄している。

 大学近くのカフェに入って数時間、みっちり先輩からの卒論対策を受けた私の頭の中は、余計にこんがらがってしまった。
 カフェを出るとちょうど西陽が目を射して、思わず顔を覆う。


「もうだめです」

「大丈夫だって。羽柴は真面目だよな、抜くとこ抜いていいんだよ別に。全部全力で行こうとするからしんどい」
「みんなそうじゃないんですか?」
「ないない。俺の周りなんて参考文献の要所要所引っ張って来てまとめてるやついた、それで同じ修士取ってんだもん。あ、けど自分のためにならないから絶対おすすめはしない」


 羽柴はしないって信じてる、と笑われて逃げ場すら見失い、惑う。


「まぁ、難しく考えるのはよしにして。自分がこれから何をしたいかとか、興味を持ったことを並べてみたらいいんだよ」


 それが難しいのだ。
 私にとって、先行きや未来なんてものは、この世で最も縁遠く意味を持たない言葉だ。


「羽柴、家こっちの方だったっけ」

「あ、はい。私はこの横断歩道を渡って、坂登ってったら、すぐです」
「いいとこだよなこの辺、静かでさ。かと言って店全くない訳じゃないし、ケーキ屋とか、穴場カフェとか多いじゃん、あそこの角は何屋?」

「え? あそこは…」


 お花屋さんですよ、と伝えかけたところで、店先で数人の女性に囲まれている見知った青年の姿が見えた。話を逸らそうにも「何やってんだろう、あれ」と先輩が告げて目を凝らすから、私もやむを得ず、店頭に目を向ける。


「ねー! お兄さん私たちに似合うお花包んでくださーい! てか、この子のことどう思います!? いっつもお兄さんいるかなってここ通るたび気にしてて」

「ちょっとミキ、やめてよ!」
「だぁってそーじゃん! カッコいーしさ、お兄さん彼女いるんですかー?」
「大学生? どこの大学!?」


 女子大生と思しき子達にまくし立てられて、手を前にしたり時にこめかみに手を置いて考えるような仕草をする那由多は、困って、おどおどしている。頭の作りが他の人と違うから、あんな風にたたみかけられて、答えられる訳がないのだ。

 それでも那由多が知恵遅れだと知らない女の子達は、そんな仕草すら「かわいい」「困ってるー」などと笑っていて、胸がざわつき、居心地が悪くなる。助けた方が、いい。

 でも、いまは先輩が隣にいる。


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