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わたしの棚卸し〜しんどい編〜

今回の始まりは、少し明るくないお話から。

私の右手の甲には、6センチ位の傷痕、が、あります。
遡る事20年以上前に発生した傷ですが、未だにわかりやすく残っています。 まず、なぜこの傷ができたか、について、お話します。
当時、中学生だった私は、当時、自分の存在が嫌で嫌で仕方がありませんでした。自分の見た目、内向き一方な性格、セクシャリティの迷い…といった内面、外見、何もかもが嫌でした。そして、外的にはいじめ、という厄介なおまけも付きまとってきました。
通学バッグを覗けば、犬の糞が入っていたり(今思えば入れた人の方が勇気あるなー、と思いますが
)、机がカッターの傷で埋め尽くされていたり。
そんな事は日常茶飯事でした。そんな外的要因も加わったのか、自己否定の塊でした。
そんな日々を過ごしている中で、私を補完していたのは音楽と本、そして、勉強、のみ、でした。
(暗いですねー。)
そして、ある日、私に臨界点がきました。
今、考えれば、ですが、本能が自己肯定を求めたのかもしれません。私は、「自分を否定する自分」を肯定、というか、生きている事への実感をどこかで得る為に、自分で自分の手に傷をつけました。その時は、ですが、生きている、と実感できたのです。簡単に言えば、自傷行為です。
追い詰め、追い詰められた先に死がなかった事は今の自分には幸いだったよ、と言いたいのですが、実をいうと、私は当時の自分に後悔や否定はしていません。私なりの生き抜く為の術、だったからです。

勿論、私の様な術は取るべきではないし、取らないでいてほしい、と、今、もがいたり悩んだり、自分に対して否定が強い方には、切に思います。

今回、何故私がこんなにも明るくも楽しくもない話をしたのには理由があります。
お涙頂戴がほしいから、では決してありません。

ここからが本題です。
生き抜くには、生きていくには、人それぞれの葛藤やもやもや、悩み、痛みがあると思います。
目に見えない痛みや傷、が。それらと真っ向から向き合うか、目を反らすか、逃げるか、どこかで少し諦めるか。いろいろな方法を駆使して、人はきっと毎日を生きているんだと思います。
けれど、その方法が時にわからなかったり、制御不能になったり、しまった!と、より痛みや傷を掘り下げてしまう事もあったり。
私自身もそんな毎日の繰り返し、かもしれません。
ただ、私が心に留めているのは、過去の無防備な経験から得た「自覚」と「俯瞰」を大切にすること、です。
自分自身にも、まわりの人の気持ちや機微に無自覚であることは、時として刃を振り回すことがある様に、私は思い、感じることがあります。無自覚に抑制機能はありません。自覚がないから仕方がない。これは、時としてはただの言い訳でしかない、と私は思っています。楽しければいい、輪の中にいれればいい、一緒に石を投げちゃえ。無自覚の孤独の闇は自覚的である以上に深いのかもしれません。
他方、言動に自覚があると、必然的に防衛反応や危機意識が自ずと働く様に感じます。まわりの人への気持ちや意識も行動にも、想像が働きやすくなる様に思います。

一方、俯瞰、ですが、自分や自分を取り巻く身近な人や社会、を俯瞰で見ると自分の立ち位置みたいなものや、スタンス、何に関心があるのか、そして、なによりまわりの人への見方に冷静になれる様に思います。その分、思いやりというか、おたがいさま、な、気持ちになれる、と言いますか。

昨今、多様性や共生社会、といった言葉が乱舞しています。若干言葉が一人歩きしている印象も拭えませんが、そういった言葉が必要性を失った時が、私には真の多様性に満ちた共生社会の姿の様に思います。
ただ、これは、現実としては、早尚な考えだと思っています。
なので、もし、今、多様性や共生、を考えたり、描きたい未来に映る社会に前記のワードが浮かんだら、自覚、と、俯瞰、の視点を持ってみるのもよいのかな、と思う次第です。身近な社会、大きな社会、そして、自分自身を見るときのなにかのヒントを享受してくれる様に思います。

話は戻りますが、私は今、かつての自分程、自分を嫌いではありません。
そこには、人との出会いが大きくあります。
不思議なもので、扉というものは、自分から開くと想像を超える出会いに巡り合うもので、こじ開けろ、とは、決して言いませんが、それぞれが内包するたくさんの扉の中の躊躇している扉を少し開けてみると、もしかしたら突破口になる位の扉だったかも、みたいな事もあるんだな、と思ったりしています。もちろん、勇気はいりますが。

ほぼほぼ無意識でいる事が多いですが、ふとした時に自分の傷痕が目に入った時は、これは来し方道の傷跡なのかな、と都合よく思うと共に、自覚と俯瞰の気持ちを己に刻んだりしています。

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