ニュージーンズ "Ditto" MV制作 シン・ウソク監督 インタビュー(1部)/メロンマガジン 2023.01.01 日本語訳
Special | 'Ditto' とNewJeans、そしてシン・ウソク
今年の冬はNewJeansと一緒に朧げな青春に染まった人が多いようだ。
誰でも 'Ditto' MVを見た瞬間、制服を着て友達とはしゃぎまわったその時に、時間旅行に出かける驚くべき経験をするようになる。まさに '青春そのもの(?)' であるNewJeansの時を選ばない純粋さが、画面を超えて私たちにまで伝わるようになったおかげだろう。
しかし、どんな被写体でも想いが込められなければその存在の価値はないもの!NewJeansの 'Ditto' は 'イルカ誘拐団' のシン・ウソク監督と出会ってはじめてファンに伝えるラブレターとして完成されることができた。
これ以上説明のいらない映像コンテンツ界のトレンドofトレンド!シン・ウソク監督が直接伝える 'Ditto' & 'OMG' に対する "真の" ビハインドストーリーをメロンだけに2部にわたって独占公開する。
Q. まず、今回の制作に対するインタビューをメロンとともに受けてくださって感謝申し上げます。インタビュー要請が殺到してると思いますが、特別にメロンとのインタビューに一番最初に応じてくださった理由があるんでしょうか?
'Ditto' 以後 'OMG' 発売日までそれほど残っていない状況だったのだのですが、この仕事だけでも忙しくて対応する余力がなかったんです。そうしていたところにちょうど広告撮影などでご縁があったメロンと一緒にやることになりました。
Q. それでは最近はどのように過ごしていらっしゃいますか?
'Ditto' MVが公開されたのと同時に、すぐに 'OMG' MVの仕事に入りました。最近は後半の作業中で、眠ることもできずずっと 'OMG' 編集にだけ没頭しています。それで今は状態がこんな感じです。(笑)自分が今何を言ってるのかもわかりませんね。
Q. 監督にお目にかかれるなら必ず聞いてみたかったことがあります。広告分野で賞という賞を総なめにしたと言っても過言ではないですよね。少し恐れ多いのですが、どんな賞をもらった時が一番気分が良かったでしょうか?
一つを選ぶなら、才能寄付*として参加した 'ブラックドッグシンドローム' という広告と関連した賞でした。黒い動物がメディアで攻撃的だと忌み嫌われ扱われる傾向があって、そういう認識のせいで黒い犬の里親受け入れがうまくいかないそうなんです。それで、その認識を変えようというキャンペーンに才能寄付*として参加しました。結局その広告がカンヌ広告祭まで行ったことも嬉しかったですが、もっと良かったのは、映画でないのに海外短編映画祭賞を受けたという事実でした。私たち(イルカ誘拐団)が考える広告制作の方向性は、広告自体がコンテンツ化されるべきで、そうすることによって人々に共感を与えられることができるものであるべきだ、ということなんです。この広告が映画祭で賞を受けた時が、私たちの考えを証明した事例で、その価値が認められたようで嬉しかったですね。
*才能寄付:お金ではなく、自分の持っている才能や技術を他の人や社会の公益のために役立てること、無償で公演や作品作りを行うなど。
Q. そうなんですね。そのような仕事をするとき、監督の嗜好と感覚もかなり反映されていると思うのですが。普段好きな音楽のジャンルやおすすめしてくださるような曲があるとしたら?
最近は 'Ditto' です。(笑)そして来週には 'OMG' です。まだ発売前ですが、'OMG' 曲がすごく好きです。
Q. 'Ditto' は監督の正式初MV作業です。いずれにせよ今一番勢いのある監督とアイドルグループのコラボレーションなので、その出会いだけでも話題になりましたが、どういうわけで初MV制作をNewJeansとやるようになったのでしょうか?
実は私がアイドルグループのMVを、特にNewJeansのMVを作るようになるなんて本当に想像もできませんでした。当時私は映画を準備していて、広告制作の要請も断っている状況だったのですが、とはいえMVに大して興味があるわけでもなかったので、あえてやる理由もなかったんです。
そうしていた頃に、ミンヒジン代表のADOR側からミーティング要請がありました。その初ミーティングの席でミンヒジン代表が話したファンとアイドルの関係、彼らの水平的な関係についての話がとても印象的でした。普段アイドル業界にあまり関心がないんですが、それが正しい方向だということはすぐにわかりました。それで、今回の音盤がファンのためのプレゼントになればいいというミンヒジン代表の話が相当に真摯な気持ちのように聞こえました。そうして対話を続けていた時に、彼女たちの関係ついての話をやってみたいという気がして、そういう形でプロジェクトに合流するようになりました。
そして、ミンヒジン代表の制作者に対する尊重もすごく印象的でした。ミンヒジン代表は新しいミュージックビデオを望んでいたのですが、作品構想の邪魔になるかもしれないからと言って、曲を聞いて思い浮かぶイメージである '雪原に一人で立っている鹿' それ一つだけを話して言葉を惜しまれました。それも必ず入れてくれということではないと付け加えて。そうしてシナリオ執筆と演出に対する全権をくださり、作者の意図を尊重してくださりました。制作者としてこれほど良い環境で作業をするのは難しいと思うほどでした。
Q. 結局このMVの仕事での意味を探すようになって、やることになったということなんですね。
はい。そういう意味的な部分もそうですが、「私たち(イルカ誘拐団)が他の領域であるMVシーンに新しい何かを打ち出したい」という考えもありました。「私たちは一つの領域に縛られるチームではない」ということを見せたかったです。
Q. おっしゃられたように新しい方向を試みたからなんでしょうか?'Ditto' は最近のアイドルグループMVとは異なる部分が多かったです。
個人的にこれまでのアイドルグループMVを見ると、人物を展示するような視線が負担に感じる部分もあって、ファンではない一般大衆の観点から見た時、近づくのが難しいように見えました。大部分のMVが典型化された形式があると感じていました。それで、新しいやり方を持ってその枠を壊してみたいと思いました。もちろん今までこのアイドル業界で続いてきたやり方には私がまだ知らない理由があるだろうし、複雑な利害関係があるんでしょう。ですが、私はどうせこのシーンではよそ者じゃないですか。だからむしろどんなことにも縛らず新しいことにチャレンジしてみることができたんだと思います。
Q. 'Ditto' はドラマタイズでありながらもNewJeansメンバーたちの振り付けを踊る姿までそのストーリー内で見ることができますね。そんなイメージ的な部分もまた逃さない点からも本当に特別だと感じたんです。こういうことも全て意図した部分なんでしょうか?
そうです。振り付けを見せる方式を少し新しい感じでアプローチしてみたかったんです。それで「誰かの視線で見せてみよう」という考えにまず至って、その次はこれをストーリー内で溶け込ませて見せてあげたら良さそうだと考えました。ダンスもはっきりとした状況と名目を持って演出するようになれば、その部分が新鮮で自然に表現できるだろうと思いました。そうして 'ヒス' という第6の人物が登場するようになったんです。
Q. そんなに自然さを追い求められてそうなったんでしょうか?ミンジさんが振り付けを間違えた部分がそのまま入っていたと思うんですが。
そうです。屋上で演者の子たちだけで踊りを踊るシーンなんですが、当然間違えることもあると思ってました。それがむしろ自然な姿だと思ってます。それでミンジには申し訳ないですが、ちょうど1回間違えたのでそのシーンをわざと入れました。
Q. 'Ditto' MVは一つの曲でも、MVはSide AとBの2バージョンがありますが、このように作られた理由があるのでしょうか?
実は、一番最初の考えでは一編で作ろうと思っていました。ですが編曲過程で歌が少し短くなったりもして、シナリオを脱稿してみたら '希望編' '絶望編' 大きく二つのブロックに分かれたんです。それで歌は1曲なんですが、それぞれのテーマを持った二編のMVがあれば新しくて面白そうだという考えが浮かんだんです。
Q. 'Ditto' MVを撮影して一番難しかったのはどんな部分でしょうか?
CGを作れる時間的な余裕がなかったので、本物の鹿を連れてきて撮ったシーンがあります。シナリオに書いた通り「物寂しく立っていた鹿がヒスと目を合わせて、ゆっくり首を回して反対側の廊下に消える」という注文をしたんです。ですが驚いたことに、鹿は人間の言葉を理解できません。
Q. それなら 'Ditto' MVで一番思い入れのあるシーンを挙げるなら?
う〜ん、ビデオカメラで撮ったシーンかなと思います。しばらくビデオカメラやビデオフィルターを使った映像がなんの理由もなく流行りのようにかなり使われていますが、それが全く気に入らなかったです。なので私たちははっきりとした理由を持ってビデオカメラを '本物' として登場させてみたかったです。ちょうどバン・ヒスという人物がファンを象徴化したキャラクターなんですが、NewJeansを見る視線とその密接な関係を見せることができる媒介体をビデオカメラができそうだと考えたんです。それでプロの感じよりは本当にヒスという人物が撮ったように私と助監督たちで直接ビデオカメラを持って撮影をしました。そして撮影の途中途中で一人でビデオカメラを持って学校を歩き回って、人のいない空の空間を撮っておいたんですが、それがこうして重要なものとして使われるとは思っていもいませんでした。
Q. 先ほどのように 'バン・ヒス' というキャラクターがファンを象徴するとおっしゃられていましたが、その名前がファンクラブ名である 'バニーズ' からとったものという推測が多かったです。
合ってます。初めてこのキャラクターを作った時にはまだ 'バニーズ' というファンクラブ名が公式的なものとして発表はされていなかった時でした。なのでシナリオのガーゼも '第6の人物' で名前もaでした。でもファンクラブ名が発表されたと聞いて、ファンを象徴するキャラクターなので接点があった方が良いと思って 'バン・ヒス' と名前をつけました。そうして生まれたキャラクターが作品の中で生きて動くようになって、作品の外でも存在したらどうか?と思ってバン・ヒスのYouTubeアカウントを作りました。今もヒスがNewJeansの友達と撮った映像が毎日アップロードされています。
Q. ヒスのギプスに描かれた落書きの中で '天才監督バン・ヒス'、'OMGファイティン' こんな言葉があってまた考察が出てきました。
はい、隅に小さく、しかも逆さまに書いておいたものなんですが、それをそんなに早く見つけられるとは思いませんでした。この作品の中でヒスは映像が好きな子で、踊りが好きな友達のMVを作ってあげたいと思っています。それで自分たちだけで 'OMG' というMVを作ろうとする設定だったんです。
Q. ファンの方たちがMVを解釈して考察するのも多くご覧になられたでしょう。
はい、見ました。そういう文化があるということは知っていて、そこでファンの方たちが楽しさを感じるならば、その分だけ私も積極的に彼らに解釈する道のりを与えたかったです。それを活用してこのMVに込めたメッセージをもっと拡大化して伝えられると思いました。作品を深く見入る方が多いということは演出者の立場からは相当に嬉しいことです。
Q. それでは監督が 'Ditto' を通して話したかったことは何でしょうか?
関係というものは終わりが訪れるものです。アイドルとファンの関係も同じで、結局は終わりとして帰結される事実とその過程の意味、そしてお互いの存在について話してみたかったです。実は観客がどう受け入れるのか心配もあったのですが、今はアイドルファンダム文化も現実的な話を楽しむほど成熟したんだと感じられるようになればいいと思いました。むしろ「私たちはいつまでも永遠だよ」と話すことがファンを騙す態度ではないかと思っていました。それで、その終わりについて話すことになりました。結論的には多くが共感してくれて好きになってくれて、気分が良いです。これはNewJeansとバニーズの方たちだけの話ではありません。アイドルとファンの話、そしてアイドルでなくてもファンの立場になってみたことのある皆さんにしている話だったんです。
Q. 誰でもわかってはいるけれど、気軽に切り出すのが難しい話ですが、負担はありませんでしたか?
僕よりADOR側で大きな決心をしたんでしょう。個人的に新しい形式とやり方でミュージックビデオを作ることを望んでいて、アイドルを好きな、もしくは好きだった人たちに伝えたかったはっきりしたメッセージがありました。そうしているうちに現実的に、内容的に多少急進的な方式を通してこれを表現してみようと思いました。でもそれは私の考えで、正直制作者の立場からは負担になるかもしれない決定だったんですが、これを快く受容したADORが今も理解できません。一体なぜ?
Q. 私も誰かのオタ活をしていたファンとして懐かしい気持ちで共感しながらも、あまりに現実的であっけないようにも思えて、また最後にピーターパンのようにもう一度やってきたニュージーンズを見てはぐっときたりもしました。どうやってこんな叙事をうまく演出することができるんでしょうか?もしかして誰かのオタ活をしたことがあるのかが気になります。
アイドルではないですが、私の好きなサッカーチームが一つあるんです。私が応援しているチームは、良い状況も悪い状況も一緒に経験するようになります。 'Ditto' MVでも雨が降る日、自分は傘があるけど友達は傘がないから一緒に雨に打たれて歩いて帰るシーンがあります。でも私はアーセナル*を応援しながら20年雨に打たれています。苦痛を一緒に受けることは良いのですが、20年雨が止みません。(笑)なので私もそういう感情については少しわかります。
*アーセナルFC:イングランドのプロサッカークラブ
Q. 'Ditto' ミュージックビデオは'青春' それそのものだと言って、自分が好きな芸能人の映像で合成されたミームが出回っていますが、それをご覧になられたことはあるんでしょうか?
はい、すごく面白かったです。そして一方では不思議でした。もともと 'Ditto' という歌自体が懐かしい感じではあるのですが、ある過去を表現した歌ではなく、MVがその時代を描いているんです。人々がその曲でそういう印象を受けるというのがすごく不思議でした。それでそういうミームも作られるようになって、ミュージックビデオは生まれつき音楽のための作品ですが、それでも映像の力は大きいということもう一度感じました。
Q. NewJeansと関連した仕事の中でやり残したことはないのでしょうか?
はい、ありません。ADORとの仕事環境はあまりにも満足していて、NewJeansの子たちもすごく優しくて良い子たちだったんです。私がクリスマスに編集していたので応援にも来てくれて、純粋な子たちです。にもかかわらず、今はアイドルMVをやること自体に少し悩みができました。
Q. どんな理由で悩むようになったんでしょうか?
今回の作品が国内外であまりにも良い結果を受けて、音楽も多くの愛を受けていて胸いっぱいの気持ちではあるんです。でもその過程で奇異な現状を一つ目撃するようになりました。もちろん一部ですが、ミンヒジン代表が自身を作品に投影しているという憶測があって、まるでそれが確認された事実であるかのようにしきりに騒ぎ立てる人たちがいるんです。何の干渉もなくシナリオを構想して執筆した私の立場から見て、それはものすごくおかしな場面でした。ヒスも、制服も、ビデオカメラも私がシナリオに書いたことなのですが、それらを繋げて中傷しているのをただ見守っているには本当に妙な気分でした。その光景を見ていたら、アイドルのミュージックビデオ制作についての興味が消えていくのを感じました。これからアイドルのミュージックビデオ制作に対してはもう一度考えてみなくてはいけないような気がします。
Q. 'Ditto' に続いて公開される 'OMG' について少しスポ(ネタバレ)してくれますか?
'Ditto' プロジェクトをまず進行しながら、ミンヒジン代表がニュージーンズの子たちのキャラクターをわかってもらわなければと言ってメンバーたちと一緒に食事の席を作って練習室にも招待してくれたんですが、彼女たちに何度か会って感じたことがあります。NewJeansというこのアイドルが、本当にまさにその年代の子たちのように純粋で、面白いんです。想像力も優れていて、表現をすることに限界がなく、自由なのが見れて良いです。実際にADORでもアイドルを大きな制約なく解き放っていました。でもその子たちが大衆に露出されているので、どんな行動をする時もいろんな方向から解釈されたりもするじゃないですか。もともとの意図とは関係なく裁断されることもあるでしょう。この子たちはまだ考えが自由な子たちなのに、人々の評価と誤解を受けてどんどんこの姿を失うようになったらどうしよう。これからアーティストや人間として表現することに本人自ら制約を置くようになったらどうしよう。と思いました。そこまで考えが至ると、シナリオもその方向に描かれました。
でもこれが 'Ditto' MV公開前から既に撮影を終えた状況だったんです。さっき話した 'Ditto' MV以降出たいろんな誤解と憶測を見ながら、かなり偶然の状況だったと思いました。多分 'OMG' MVを見れば理解できると思います。
元記事はこちら
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?