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旅する日本語

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コンテスト「旅する日本語」に応募した400字エッセイ
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2019年7月の記事一覧

一枚の写真

目の前に広がるのは、ガイドブックで何度も見た風景だった。 濃紺の山に、溶け残った雪。田んぼには、植えたての苗がお行儀よく並んでいる。 目を閉じると、鳥の声。体を包む、春の日差し。 息を吸い込み、はあっと吐いた。ふるふる、と心が震えている。何かに追われる毎日で固まった心が、ほぐれていく。 この気持ちを、誰かに伝えたい。でも、誰に伝えたらいいのだ。一人旅はやっぱり、少し寂しい。 腹が鳴る。寂しい気持ちのまま、蕎麦屋に入った。他に客はいない。 落ち着かない気持ちで座って

ここにしかない星

「今日、ペルセウス座流星群の日なんだって」 庭でバーベキューの後片付けをしながら、母に言う。 「今日は見えそうだね」 見上げると、吸い込まれそうなほど真っ黒な空に、チカチカと星がゆらいでいる。 「ほんとうだ」 地元の夏の夜は涼しい。東京のような、息苦しい暑さはなく、ひんやりとしている。今では、ここに帰ってくるのは年に数回。そのたび、この庭から見上げる星空をどんどん好きになった。 流れ星を見るため、母と並んで、車のボンネットの上に仰向けに背を預ける。 「あ!流れた