「生まれておいで生きておいで」 内藤礼さんの展覧会(東京国立博物館)

内藤礼さんの展覧会「生まれておいで生きておいで」を東博で拝見。全三ヵ所のインスタレーション作品。一つ目の会場をでたところで走り書きしたメモ。(2024年8月25日)

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一つ目の展示室入口を入る。
 
よく毛糸の帽子なんかについてるボンボリ?ポンポン?なんと呼ぶのか丸い玉が部屋中に天井から吊り下げられている。正面からの白いライトの逆光により色がはっきり分からないグレーの水玉のシルエット。
 
小指の先くらいの小さな透明のガラス玉も細いテグスで天井から吊り下げられている。こちらは透過性の物質でありシルエットではない。ショーケースの作品を収納する側に目をやる。真向かいに同じサイズのガラス玉がみえる。ショーケースに映り込んだ陰影なのか?目を凝らしてもわからない。ガラス玉とガラスの間にそっと手をかざしてみる。あちら側のガラス玉は消えない。そうか、隔てるガラスのあちら側にあるのも本物のガラス玉。
 
ショーケース近くまで顔を近づけていた私は、ふと振り返り、部屋全体を見渡す。毛糸の玉はショーケースからの光を浴び、実は色とりどりだったのだということに気づく。
 
ここまではわりと短い時間の中で認識した。それでも繊細に折り重なった時間を感じさせた。
 
足を進める。二つの風船 横を通るとふわっとゆれる。
これはどちらもショーケースの外に平行に吊り下げられている。まちがいなくどちらも本物の風船。頭の中でここにガラス壁があることを想像してみる。空間の認識が少し崩れる。
 
ガラスの向こう。ショーケース中にあるもの。
手のひらより小さな八角形の鏡が二枚合わせ鏡になっている。
敷いた四角の柄紙の柄が、四角の形をくずして永遠に鏡に映り込んでいる。
 
鈴 たおれそうな華奢な枝 死者の枕(ちいさな枕) 手をいっぱいに広げたくらいの小さな絵 うっすらと水玉模様らしいものが描かれている。それから、やたらと低い長い椅子からの目線からショーケース内の作品を飾る台の上の面が光っており、慎重に整えられたそれらの空間的な関わりは言語化できない何か―形だか光だかを私に印象づけた。
 
中間色の濃い目のグレーの平面作品が壁にかかっている。壁と同じ色である平面作品。美術館では本来主役級のもののはずが、本来作品を収納するショーケースの反対側にかけられており、捕食者から身をかくすような、ひっそりと息をひそめたたたずまい。その上にはカラフルなポンポンが置かれている。それらはリズムをとるようにレペティションのように。

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ちょうどその日、日曜美術館という番組でこの展覧会の特集が放映されたとスタッフの方談。ご覧になられた方もおられるかもですね。わたしも観たかったです。

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