見出し画像

ある日の朝読書

朝、まだ人気の少ない教室。後ろの席の人がノートにシャーペンを滑らせている音がやけに大きく響く。そっと椅子を引いて座り、時計を見上げた。今日はいつもより早起きしたために10分ほど早く学校に着いてしまった。席につかなければいけない時刻までには少し時間がある。ちょうど図書室から借りていた本をすべて読み終わったところだったし、新しい本を借りに行こうか。カバンから取り出した3冊の小説を持って、教室を出た。

階段を上って、2階のあまり大きくはない図書室に入る。借りていた本を元の棚に戻し、ついでに違う順番で並んでいる本を並べ替えておいた。今読んでいるのはかなり長いシリーズもので、ハズレがないので楽しく読んでいる。今日はこれとこれにしよう。あとは、友だちからおすすめしてもらったやつ。貸出カードに題名とラベル番号を書き込んで箱に入れ、教室に戻った。机に3冊は入らなかったので、2冊はロッカーに入れておいた。少し経って朝読書の始まる時間を告げるチャイムが鳴った。

(あれ…?) 朝読書の時間、私は首を傾げていた。視線の先は、斜め前の席に座っている男の子……が読んでいる、ついさっき図書室から借りて私のロッカーに入れておいたはずの小説。自分のロッカーを確認すると、やっぱりない。確かあの人は同じ小学校だったけれど、仲が良かったわけでもなかったはずだ。朝読書の本を忘れたとしても(先生が見回っているため何か読んでいないと注意される)、普通たいして仲良くもない人のロッカーから勝手に本を調達するだろうか。いや、案外普通のことなのかもしれない(が、少なくとも私には無理だ)。 それでも、私が読もうとしている本をその人が読んでいるのが少しだけ嬉しいような気もした。教室には一応学級文庫のようなものはあり、その中から適当に選んで読むふりをしている人も何人かいるのに、わざわざその小説を選んだことに親近感が湧いた。そうこうしているうちに、ホームルームが始まった。

1時間目は国語、ロッカーにファイルを入れていたので取りに行った。すると、例の人が私のすぐ横のロッカーでごそごそやっていた。そういえばこの人、苗字は後ろの方だったな。私は女子の中では早い番号だからロッカーが近いのか。ぼんやりと考えていたら、「あ、あめさん。あの本借りた」話しかけられた。「あっ、うん、別にいいけど」「このシリーズあめさんも読んでるんすね」「うん。おもしろいよね」「…あの本、朝借りてていい?」「別にいいよ。まだ他の読んでるし」「ありがと」

その人はそれ以降も、私が借りている本を読んでいることがあった。学校の図書室だけじゃなく市立図書室からも借りて持ってくる時もあって、ほとんど毎日2冊以上を持ち歩いていたので特に困らなかったけれど、ある時「あの本もう返した?」と聞かれ、途中まで読んだところで私が返してしまったらしく、なんとなく悪いことをしたような気がした。私が気にする必要があるかどうかはわからないが。そうは思いながらもわざわざロッカーに1冊は本をストックしておいたので、私も結構嬉しかったのかもしれない。私はその人から借りる勇気はなかったけど。

特にオチも面白い続きもない、昔の話でした。自分で書いたのを客観的に見るのって難しいな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?