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免許センターへの道連れ

その日は天気のいい、ゴールデンウィークの初日だった。
いつでもどこでも、今も過去も、たぶんこれからも瀬戸際族のわたしは、バスが出発する時刻ピッタリに原付バイクを駐輪場で停めていた。

大学時代に原付バイクの免許は取ったけど、卒業後、4年弱の東京生活で運転することは一度もなくて、その間に、免許は「原付のみのゴールド免許」という不思議な形態になっていた。

一方、地方都市暮らしに車は必須だ。
その春に就職した会社でも普通免許が必須だと言われていたので、3月から自動車教習所に通いはじめ、4月末に無事卒業。
そしてゴールデンウィーク初日のその日、免許センターで本試験を受ける予定だった。

たいてい、免許センターはへんぴなところにある。
たいていと言っても、わたしが知ってるサンプル数2つだけど。
今日行く予定の免許センターも、やっぱり市内中心部からかなり離れた海沿いにある。

その免許センター行きのバス。
わたしが受ける予定の試験時間に間に合う唯一のバス。
念のため、もしかしたら遅れてるかもしれないし、一応、駐輪場からバス乗り場まで急いだ。

ダッシュしたけど!
走るの遅いけど!
頑張ったんだけど!!

やっぱりバスの姿はなかった。
「こらっ瀬戸際族!」と自分に怒ってみても、時間もバスも戻ってきやしない。
ここは大人として、金に物を言わせてタクシーに乗るしかないな。

その時、同じバスの時刻表を見てガックリしている若者が目に入った。
もしかして、この若者も免許センターに行くバスを逃したのかな?

チャーンス!!

金に物を言わせようとしている大人は、若者に声をかけた。

「あのー、もしかして免許センターですか?」
「そうです。でも、もうバスは出たみたいで…」
「わたしも免許センター行きたいので、一緒にタクシー乗りませんか?」

すると、
「いいですか? 僕、今日絶対に受けたいんです」
と答えが返ってきた。

わたしたちはタクシー乗り場に移動し、タクシーに乗り込み、「免許センターまで」と行き先を伝えた。

車内で話を聞いてみると、その若者は1ヶ月前に大学生になって一人暮らしを始めたばかり。
ゴールデンウィーク初日の今日、原付の免許を取りに行って、明日から実家に帰るのだという。
だから、今日しか試験を受けられる日がないという。

そうか、一人暮らしを始めたばかりかー。
そうかー、大学生かー。
そうかそうかー。
がんばれ若者よー。
あなたの人生は前途洋洋だよ!
知らんけど!
今日はバスに乗り遅れたけど!
知らんけど!!
ひとまず試験に無事合格して、ピカピカの免許を錦の御旗に、初めての里帰りできるといいな!!
知らんけど!!!

などなど、わたしの中に意味不明の応援の気持ちがムクムク湧き上がり膨れ上がってきた。
そうしているうちに、タクシーは海沿いのへんぴな免許センターに到着。

確か、タクシー代は3500円とか4500円だったと思う。
若者からは500円だけもらって、残りをわたしが支払った。
大人は金に物を言わ(略)

わたしは普通免許、若者は原付免許。
手続き場所も試験会場も違うので、「がんばってね!」と声をかけて会場入り口で別れた。

わたしの普通免許の試験が終わった時、とっくに原付の試験は終わっていた。
果たして若者は試験に合格したのかどうか知らない。

わたしは無事に合格した。
そして、「ゴールドの原付のみ免許」が「初心者のゴールド普通免許」という、さらに不思議な形態にバージョンアップした免許を受け取り、帰りはちゃんとバスに乗った。

もう20年近く前のこと。
あれからも、わたしは瀬戸際族っぷりはぜんぜん変わってない。
だけど、車で移動できるようになると、自分の都合でのんびり移動できるので、瀬戸際族でもあまり困らなくなった。
あの日に取った普通免許のおかげで。

もしかしたら、あの若者も瀬戸際族かもしれない。
それでも大切なバスを逃すことなく、楽しい人生を送っているといいなあと、ふと若者のこと今でも思いだす。

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