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#4 Bluetooth (4章全文掲載)

 萩中は、商店街を歩いていた。

 この地に来たのは3年前のことだが、その時と比較しても、個人経営の店の数が格段に増えた。感染症以降、都会に住むリスクや意味を考え、地方に移住した人は多いと聞く。この場所も例外ではない。商店街に活気が戻ってきた、という地元の人の話からも、その影響が覗えた。

 都会のような、デジタル化されたスピード感はない。しかし一方で、アナログの持つ身体性のようなものをこの商店街からは感じられる。社会とは「コミュニケーション可能なものの全体」だと社会学の授業で学んだことがある。「みんな」という言葉がイメージしやすい社会が戻ってきたのではないか。萩中は、考えを巡らせながら、T字路を曲がった。


 T字路の先には、お気に入りの場所がある。大型のコンテナを改築したカフェの壁面には、『Café All or Nothing』と書かれていた。萩中にとって、店長がサイフォンで淹れるコーヒーを飲みながら読書をするのが至福の時間だ。ただし、今日は読書のための本は持ち合わせていない。16時半から配信される、『Cyber FC』についての金丸のMETUBE動画を観ようと思ってここに来たのだ。時計は16時10分を指している。萩中は店長との会話を手短に済ませ、勧めてくれた中粗挽きのエチオピア豆を注文した。奥の席に座り、萩中は一度大きく深呼吸をした。

 手元に運ばれたコーヒーを一口啜る。最近になって、ようやく酸味の良さというものがわかるようになってきた。爽やかに鼻から抜ける柑橘系の香りを楽しみながら、1年ほど前の会話をぼんやりと思い出す。ぜひ手伝ってほしいプロジェクトがあると話を持ち掛けられた時のことだ。

 「素直におもしろいプロジェクトだと思います。ただ、難しいな、という印象も同時に抱きました。集まって練習や試合をすることができないってことですよね?それでパフォーマンスを上げたり、維持するのは無理なことなんじゃないかなって・・・」萩中は、素直に自分が感じたままのことを金丸にぶつけた。
 「わかるよ。まともな意見だと思う。ただ、俺が考えているのは、練習や試合ができないわけではなく、あえてしないんだ。集まるということに拘ってコストをかけるよりも、然るべきタイミングで集まった時の方がパフォーマンスを最大化できると考えている。もちろん、リモートコントロールでの継続的な学習は必要だけどね」
 「確かに、グラウンドを持たなくていい、遠征費がかからないといった金銭面でのメリットや、時間的なコストカットができる点は大きいように思います。それでもやはり、サッカーをまったくしない状況で、選手個々がパフォーマンスを維持することが大変だと思うのですが?」
 「サッカーをやるなとは言わないよ。社会人のチームに所属してもいいし、仲間とフットサルをしたっていい。ただし、こちらから配信するコンテンツに関しては、きっちりと計画的に行ってもらうよ、ということだ。自分でプランニングできるというのが一つのポイントかな」
 「なるほど。コンセプトは理解できました。他のクラブや指導者からの批判的な意見が出そうで怖いですね。チームプレーを唱える人たちに理解してもらえるでしょうか?」
 「あくまでも一つの提言だよ。感染症の時に、beemの飲み会が流行した。リモートワークに切り替える会社が増えて、社会は効率化に大きく舵を切った。ところがスポーツ業界はどうか?かけるコストの割に、成果に反映されないことが多いんじゃないだろうかってな。俺のやることが正解かどうかなんてわからない。ただ、批判的な意見が出ても、議論の叩き台を用意することに意義があると思っている」


 あの時の熱量に満ちた金丸の表情を、萩中は鮮明に覚えている。日本代表にまで上り詰めた男が、自分が重ねてきたトレーニングや欠けてきたコストに疑問を抱き、新しい何かを産み出そうとしている。その姿には圧倒された。だが一方では、どれだけ話を聞いても、腑に落ちないことがある。実験台にされる子どもたちの未来のことだ。

 「子どもたちは、どうするんですか?もしも大会を勝ち抜けなかったら?その後のことが不安になると思います」
 「今は言えないけど、そのことも考えてある。決して彼らの人生を無駄にするようなことはしないよ」
 穏やかに語った金丸は、きっと大丈夫、と自分に言い聞かせているように見えた。


 会見まで5分を切った。

 恐らく金丸はすべてを説明するようなことはしない。萩中に対してもそうだ。わざと余白を作り、こちらの思考を刺激する。

 あの時も同じ。核心に迫ろうとしたところで、「またお前の意見も聞かせてよ」とかわされた。いよいよ計画が大詰めになってきた時も、中岡さんを招き入れる旨は聞かされたが、「やりたいと思ったらいつでも言ってきて」と肩を叩かれた。こちらが意思を示すまで、金丸はじっと待っている。だからこそ、この会見を観たうえで、自分の意思を示そうと考えた。


 会見まであと1分だ。タブレットには新しく開設されたCyber FCのMETUBEチャンネルの画面が映っている。TOKIWAの白壁だと萩中にはわかった。ワイヤレスイヤホンを装着した。少しだけ心拍数があがっていることが自分でもわかる。萩中がもう一度深く深呼吸をしたところで、画面にスーツ姿の金丸が白壁の前に現れた。


 「皆さん、こんにちは。金丸健二です。ご無沙汰しています、という表現の方が良いかもしれません。こうして皆さまの前でお話させていただくのは、引退以来のことですから。まずは、私の引退後の活動について簡単にご説明致します。当時の会見の時に少し触れたので、覚えている方がいらっしゃるかもしれませんが、引退後はそのまま堺東大学院に進学し、生態心理学の研究をしていました。論文を投稿し、研究をどのように現場に活かしていくのか苦心する毎日でした。修士2年生の時には、未曽有の事態が起こりました。皆さんの記憶にも鮮明に残っているであろう、感染症の流行です。私は、修士の研究と並行して、卒業後に香川県にクラブチームを新設する予定でした。ですが、その計画は感染症の影響で延期され、卒業して1年の準備期間を経て、FC MARUGAMEをスタートさせました。感染症は、私のサッカーに対する考え方にも大きな影響を及ぼしました。今回、新しいプロジェクトをスタートさせるうえで、決意が固まったのが丁度その頃のことです。

 では、その肝心のプロジェクトについての説明に移りたいと思います。プロジェクト名ですが、『11G(イレブンジー)』という名前にしました。ご存知の通り、サッカーは11人のプレイヤーがピッチの上でチームとしてプレーするスポーツです。ですが、その背景には多くの人の支えや協力があり、そのすべてが繋がって彼らのパフォーマンスを高めています。11Gも同じです。IoTの考え方にならい、『サッカーで起こることはすべてインターネットと繋がっている』とし、インターネットの力を利用しながら、11人のプレイヤーがピッチで輝くために注力し、第11世代と呼ばれる新しい未来を切り開きます。

 そして、そのコンセプトの根底にあるのが、『仮想空間にサッカーチームを持つ』というものです。基本的に実体のあるクラブとしての活動は最小限にし、リモートコントロールによってチームのパフォーマンスを高めることに挑戦します。

 かねてから、私はサッカーチームの人件費や莫大にかかる維持費を緩和できないかと考えてきました。特に育成年代においてはそれが顕著で、グラウンドの確保やスタッフの給料を払うために、大変な思いをしておられる方をたくさん知っています。時間的なコストにおいても同じです。寮やバスを持つチームは別ですが、移動にかかる時間は多大なコスト以外何ものでもありません。そこで、チームという実態をなくし、仮想空間内のやり取りにおいてパフォーマンスを高めることができれば、選手育成は可能なのではないかという仮説を立てるに至った次第です。

 わかりやすくで言えば、代表の活動に近いものです。集まった時のパフォーマンスを最大化するために、各自がチーム活動で最適な努力をする。そこに管理者としてのチームがなくなり、完全に個人が自分でプランニングをしていくような、そんなイメージです。

 正直、私自身も、これが正解かどうかはわかりません。実験的なことに子どもたちを巻き込むなという批判もありました。もっともなご意見だと思います。ただ、今の日本の閉塞感を打開するためにも、新しい発想は必要だと感じていることも事実です。うまくいく、いかないに拘らず、責任はすべて私が持ちます。それはお約束します。だからこそ、我々のプロジェクトに賛同する意思を持った高校生に参加してほしい。その気持ちでいっぱいです。
 
 応募条件ですが、今からお伝えする3つを絶対条件とさせていただきたいと思います。1つ目は、『プロジェクトの考え方を十分に理解し、明日の午後1時までに参加の意思を示せるもの』、2つ目は、『現在どこにも所属していない2009年生まれ以降の現在高校1年生、高校2年生(新高校2年生、3年生)の学年にあたるもの』、3つ目は、『クラブの提案する方法論に同意し、遂行できる者。特に、2度のスクーリング(合宿)に参加することは必須』です。

 応募期日ですが、あえて明日までとさせていただきました。もちろん、現在どこかに所属している人たちは辞めてまで応募する必要はありません。チームから引き抜くことを狙いとしていません。強調しますが、自分の意思で動き、人の気持ちを動かし、決断力のある人に参加してもらいたいと考えています。

 質問は特に受け付けていません。murmurarのDMも、一定期間は閉鎖致します。ご了承下さい。希望者の方は、チャンネルの説明欄に記載しているURLより応募フォームの画面にお進みください。
 最後になりましたが、このような機会をいただけたことに、感謝致します』


 動画を見終えた萩中の手は震えていた。

 「責任はすべて私が持ちます」その言葉に胸を打たれたのだ。金丸の発言に嘘は一つもなかった。彼の衰えぬ熱量に、萩中の覚悟は決まった。
 「僕も手伝わせて下さい」その言葉を伝えるつもりで、カフェをあとにした。時計は17時53分を指していた。

 会見の終了後、SNS内では議論が活発になった。動画の再生回数は早くも9000回を越え、SNS上にも短く編集された映像が頻繁に流れた。皆の批判をまとめると、「子どもの人生を実験材料にするな」に集約される。萩中自身も、クリティカルな人々と同様に、それに対する明確な答えを金丸からは聞いていない。だが、彼の発した「責任」という言葉の重みは、感覚的に理解ができた。これは、人生を掛けた挑戦なのだと。萩中は急いでTOKIWAに向かった。今ならまだ間に合うはずだ。自分の気持ちが熱いうちに、思いを伝えたい。その一心で、ロードバイクのペダルを漕ぎ始めた。

 あたりは暗くなり、薄明かりの街頭のなか、TOKIWAの放つ光が眩かった。ワンボックスカーがある。まだ金丸は帰っていないようだ。萩中はロードバイクを玄関脇に置き、扉を開けながら「ただいま」と言った。リビングの扉が開き、中岡が顔を出した。

 「萩中くん、おかえり。さっきの会見観て慌てて帰ってきたの?」
 「そうです。金丸さんに伝えなきゃって思って。いらっしゃいますよね?」
 「いるよ。ちょうど萩中くんの話をしてたところ。もうすぐ急いで帰ってくるはずだってね」中岡は笑いながら言った。
 「えっ?」萩中が少し戸惑っていると、リビングの方から「夕食できてるぞ」という金丸の声が聞こえた。ダイニングテーブルには萩中の大好きなトマトとニンニクのパスタが豪快に盛り付けてある。

 「驚いただろ?なんでおまえの好きなパスタが用意されてると思う?」今度は金丸が笑った。
 「僕が決意するのをわかってたんですか?」
 「なんとなくだけどね。あの1年前に話をした時の反応を観ていたら、決断するのは今回のタイミングだって思っていた。何よりも、核心をついた言葉を待っているんだなってのはわかっていたよ。だから今日あえて、責任という強めの言葉を使ったんだ」
 「高校生だけじゃなくて、僕に向けてのメッセージでもあったんですね・・・」
 「結果的にはね。でもお前は見事にその言葉をキャッチしてここへやってきた。それは紛れもなくお前の感性だ。だからお前のことは信用できるんだよ。で、どう考えたんだ?」
 萩中は一呼吸置いて、丁寧に言葉を紡いだ。「Cyber FCに協力させて下さい」

 金丸は頷きながら言う。「監督にとって必要なのは、決断することだ。疑問に思うこと、納得いかないこと、論理的に考えても答えが出ないこと、そんなこと山ほどある。だから、その中から自分が本気で考え抜いて一つに決める。一つに決めたことに、選手は導かれていくんだ。こうして決断してくれたこと、誇りに思うよ。これで本当の意味でスタートを切ることができた。MARUGAMEと共に、子どもたちの未来を創ろう」
 「よろしくお願いします」握手をかわす力は強かった。共鳴した感性がTOKIWAの室内で渦巻き、室内の熱気をさらに高めた。

 「さて、冷めないうちに、中岡さん特性のパスタを食べよう」
 「中岡さんが作ったんですか?」萩中は驚きの声をあげた。
 「昨日の夜に金丸から遠隔で指導を受けてね。下準備もして、トマトソースを1日寝かしてた。まさにリモートコントロールされちゃったよ。でも、実を言うと、さっきまで金丸は、『もしあいつがすぐに帰ってこなかったらソースが余るから、とりあえず2人分しか作るな』って言ってたんだよ」
 「あっ、それをばらしちゃダメだろ」3人は笑いながら食卓を囲んだ。

 2人分のパスタは、3つの皿に取り分けられ、夜の時間の流れを緩やかに感じさせた。


# 5  Self-driving Car   https://note.com/eleven_g_2020/n/n62d5c310d694

【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11

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