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信じられないが、僕は一年前まで福岡にいたんだ

とても個人的な話。

僕は今、長野県に住んでいる。
長野県にある小さな農村に住んでいる。

ここには1年前、2022年春に移住してきた。

まだ1年しか経っていない。

すっかりと山の生活にも慣れた。
都市的な海的な場所に住んでいたとは、信じられない。

いろんな人に出会った。
いろんな場所に行った。
いろんなことをした。

移住前と後では、異世界に行ってしまったかのように、がらりと見る風景と生活が変わった。

僕は基本的にひとりでどこにでもいける。

山や海へ、都市へ、島へ、秘湯へ、
おしゃれなアパレルショップへ、
プログラミングの勉強会へ、
外国人の多いバーへ。

誰かの意見を待っている間があれば、すぐに行動をする。

遠くへ。

飛行機に乗って、石垣島へも行った。
途中、東京を通った。
山と都市と島のコントラストが印象深かった。

ひとりなら多少寝心地が悪くても大丈夫。
カプセルホテルや車中泊でいろんなところへ安く旅をした。

「アイデア量は移動量に比例する」という言葉があるが、「人生の充実度も移動量に比例する」と個人的には思う。

小学校時代の友人に10年ぶりに会ったり、日本全国いろんな場所で桜をみたり、動画編集をしてみたり、ここで文章を書いてみたり。
充実していたな。

僕は同じことを継続するよりも、いろんなことをたくさんやるほうが好きだ。

滝行をしたりもした。

あとは温泉とサウナに何度も入ることも、人生の密度を上げた気もする。
サウナと水風呂という異常な空間が、脳の活動をあげたりして、時間の認知を歪めるのだろうな。

部屋に15分いるのと、知らない街を15分歩くのと、同じ15分だけど体感時間はまるで違う。
知らない街を歩く15分のほうが3倍くらい長い気がする。

住み始めたばかりの長野を拠点に、いろんな街や土地にでかけて自分の足であるいた。
宿場町とかも。

もはや今年の年明けに善光寺で初詣に行き、飯綱山へ初日の出登山をしたのも、半年も経っていない出来事なのに、2年くらい前な気がする。

去年の5月に石垣島へ一人旅へ行ったのだが、実際はちょうど1年ほど前のできごとなのに、3年以上前のことに感じる。
土砂降りの雨のなか、竹富島の水牛にちょっかいをかけたりした。

もっと言えば、コロナ前は5年以上前に感じる。
あのころしていたアルバイトとか果てしなく遠い思い出みたいだな。
まだあの頃はマスクが売り切れて、公園で密集してランニングしているのが叩かれていたような。
スタバはまだ電子決済を導入していなくて、PayPayとか使えるようになった。
あの空気感染を抑えるための透明なプラ板が自作されたりしまくっていたな。

ああ、今年に入るまでチャットGPTなんでものもなかったのか。
NFTやブロックチェーンも最近の概念か。

コロナという壁、福岡という壁、学生生活終了という壁、いろんな壁があるからこそ長く感じるんだろうな。

たらたらと構成を気にせず思いついたことを書き綴るのもいいな。

「雑文」を書き続けようと思う。