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49 学校にプレイフルを取り戻す〜宇野先生から〜

部活動で合同チームと合流するために移動するバスの中、宇野弘恵さんの原稿を読む。

書き出しで「そうそう、そうなんです」と首を大きく縦に振っていた。

(引用開始)

学校は今、失敗させられない、間違わせられないという無言の圧力の中で教育活動を行なっているように感じています。何を行うにも、「ちゃんとさせなきゃ」「立派でなければ」という意識が先行しているように思います。

(引用終了)

今、僕は美術と数学との二刀流。だから、余計にそれを実感する。美術の時間では失敗を楽しめるのに、数学の時間ではそれができない自分がいる。2人の自分がいることにすごくやきもきしている。

美術は「ためし」が重要だ。とりあえずやってみて、うまくいけばそれを続けるし、ダメならまた考え直す。そういう時間が保障されている。だから、失敗しないようにすべてを事細かに示し、その通りにさせれば間違わないようお膳立てしないように心がけている。というか、実際はそれができないから「じゃあやってみようか」と言っているだけだ。笑

数学でもそういう自分でいられたらいいのに、と時折思う。数学授業での僕は『学び合い』をしている。この原稿を読み、なぜ取り組もうとしていたのか再確認ができた。「ちゃんとまちがってほしい」からだ。ちゃんと間違わずに、考えずに、試行錯誤せずに「そういうことね」と言って理解していないのに解けてしまう時間をどれだけ減らせるか、そのために僕は『学び合い』をしていたんだった。部活動の本質だって、ここだったはずだ。まずは失敗をさせること。そして、考えること。

最後に「6年生カメハウス」の話題が載っている。段ボールで巨大なカメをつくるために子どもたちが自主的にスーパーを回り、頭を下げて段ボールをもらった、というエピソードが載っている。もうこれだけで子どもたちは頼もしく成長していくんだろうな、と微笑ましい気持ちになった。学校って本当はこういう場所だよな、と思わされた。