第三回
やぁみんな!わたしはエルブレイブ。プロレスとヒーローの二枚看板で活動しているぞ!
第三回は「私とヒーロー」というテーマでお話しようと思うんだ。
他の多くの男の子と同じように、普通にヒーローが好きでヒーローごっこをするお子さまだった。
いちばん古い記憶では、幼稚園入園前にアニメ「タイガーマスク二世」と「スカイライダー」のソフビ人形で遊んでいた記憶があるくらい。
幼稚園に入園してからは、仲良しな3人と「サンバルカン」ごっこをしていた記憶があるのだか、その頃再放送でもあっていたのだろうか??
幼稚園の頃のアルバムをみると、「ウルトラマン」ポーズをした写真が残っていた。
普通にヒーローが好きで当時はテレビにかぶりつくように視聴していたなぁ。
そしてヒーローに対する思いが更に強くなったのは小学三年生のとき。
大好きだった母親がくも膜下出血のため41歳で永眠。
初めて身近な人を失うという経験。
幼少の砌に、人生最大の悲しみをうけた。
母を亡くして、ホントに悲しかった。
友達と遊びにも行かず、小学校から帰ったらずっとテレビを見たりヒーロー雑誌を読んでいた。
いま書きながら思い出したけど、当時鍵っ子だったから父親から家に居るように言われてた気もする。
その父親は、男手ひとつで長男の私と姉と妹を立派ではないかもしれないけど、厳しくもしっかり大人になるまで育ててくれた。
尊敬する人を1人だけあげるなら、父親をあげるだろう。
でも当時は父親が大嫌いだった(笑)
なぜならば、よく調子に乗った悪ふざけで怒られたり、買い物は姉と妹ばかり連れていっていつもひとりお留守番。そして調子に乗って怒られた。
大人になって考えれば、姉と妹には母に代わって買い物を教え、男は家を守れって事だったのかもしれない。
でもさぁー、お出かけしたいじゃん?どさくさに紛れてお菓子や食玩買ってもらいたいじゃん?「ジョイントロボシリーズ」とかめっちゃ安かったのに!
そうしてテレビっ子の私が誕生したわけである。
当時は特撮番組の再放送やアニメ作品もたくさん放送されていた。
必然的に全ての放送を観る。昭和の特撮再放送は特に好きだった。「解決ズバット」
「アクマイザー3」も「超人バロム・1」も観ていたし、夏休みになれば「ウルトラマン」も再放送されていた。
ヒーローの魅力にどハマりした幼少の私とって、ヒーローは親姉妹より身近な存在だった。
テレビの中のヒーローは私にとってお兄ちゃんでした。
小学校の私から見たら、自分より年上で父親より若い存在って、なんだかお兄ちゃんみたいですよね。
テレビで活躍するお兄ちゃん達に憧れ、諦めない事、立ち上がる事、負けない事はみんなお兄ちゃん達から教わった。ような気がした。
ヒーロー遊びでは、潤沢に玩具を買ってくれるような親じゃなかったので、厚紙にヒーローの絵を描いて切り抜いて紙人形をたくさん作った。
当然手足はちぎれやすいのでセロハンテープで補強したり(笑)
もうちょい画力に力を注いでいればもっと上手いイラストとか描けたかもね(笑)
そんな「ヒーローは兄であり友である存在」から「ヒーローは目標」に変わるきっかけがあった。
現実世界のヒーロー、プロレスラーです。
次回、プロレスとの出会い編
君は刻の泪をみる。
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