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心に響く漢詩の物語

第七回
中唐 · 韋應物 擬古詩十二首 其二

第五回の続きの漢詩になります。連作十二首の其の二です。


詩人紹介

韋應物いおうぶつ(737—792?)
唐の京兆万年(今の陝西西安)の人。
韋待價いたいかの曾孫。
初めは三衛郎として玄宗に仕え、その後折節に学問に励んだ。
肅宗の時に太学に入学し、代宗の永泰年間に洛陽丞となり、京兆府功曹に転任した。
德宗の建中二年に比部員外郎に任命され、滁州刺史に転じ、次いで江州刺史に任命された。
最終的には左司郎中に昇進し、貞元初には蘇州刺史に任命された。
晩年は蘇州の永定寺で隠居した。

詩をよくし、顧況こきょう劉長卿りゅうちょうけいらと詩を唱和し、王維おうい孟浩然もうこうねん柳宗元りゅうそうげんと共に「王孟韋柳」と称されました。また、陶淵明とうえんめいと共に「陶韋」とも称されました。詩集があります。

韋應物

詩の内容と背景

この詩は、唐代の詩人韋應物が「擬古詩」として書いたもので、古典的な詩のスタイルを模倣しながら、自身の時代の感情や状況を表現しています。

この詩は、女性の視点から書かれており、彼女の内面的な悲しみと孤独を表現しています。
特に、彼女が自身の「桃李の年」(若く美しい時期)を惜しむ様子や、その時期を遊侠の子に誤らされたという悲しみが強調されています。
詩全体に流れる哀愁と孤独感は、読者の心に深い印象を与えます。

詩の風景

擬古詩十二首 其二 いにしえなぞらう詩十二首 其の二
中唐 · 韋應物
黃鳥何關關, 黄鳥こうちょう何ぞ關關かんかんたる,
幽蘭亦靡靡。 
幽蘭ゆうらんも亦た靡靡びびたり。
此時深閨婦, 
此の時深閨しんけいの婦,
日照紗窗裏。 
日照る紗窗しゃそうの裏に。
娟娟雙靑娥, 
娟娟けんけんたるふたつの青娥せいが
微微啓玉齒。 
微微びびとして玉齒ぎょくしひらく。
自惜桃李年, 
自ら惜しむ桃李とうりの年,
誤身遊俠子。 
身を誤らしむるは遊侠ゆうきょうの子。
無事久離別, 
事無くして久しく離別し,
不知今生死。 
今の生死を知らず。

黃鳥何關關,幽蘭亦靡靡。
黄鳥が鳴き、
幽谷の蘭が風に揺れている。

此時深閨婦,日照紗窗裏。
寝室の婦人は、
日差しが紗の窓から差し込む中で過ごしている。

娟娟雙靑娥,微微啓玉齒。 
美しい眉毛を持つ婦人が、
淋しく微笑み白い歯を見せる。

自惜桃李年,誤身遊俠子。
若い頃の自分を惜しみながら、
遊俠の人に心を許してしまったことを後悔している。

無事久離別,不知今生死。
その人とは何もなく長く離れているため、
今では相手の生死さえも分からない。

物語(韋應物 擬古詩十二首 其二)

黄鳥のさえずりが響く静かな庭に、一人の婦人が立っていた。
幽谷に咲く蘭の香りが風に乗って漂う中、彼女の心は昔の日々へと旅をした。
窓から差し込む柔らかな日差しが彼女の顔を優しく照らし、その中で彼女は微笑みを浮かべた。
その微笑みは、ただの表情ではなく、深い哀愁と後悔を含んだものだった。

彼女の心には、若かりし頃の鮮やかな記憶が蘇る。
その頃の彼女は、まだ無邪気で、未来に対する不安もなく、美しい青春を謳歌していた。
遊侠の人に心を許したことが、彼女の人生を大きく変えることになるとは思いもしなかった。
しかし、その選択が今の自分を孤独にし、深い後悔を残すことになった。
時が経ち、長い別れが続いた。
彼女は、相手の生死さえも分からないまま、孤独と不安の中で日々を過ごしている。
過ぎ去った日々の思い出が、まるで幽霊のように彼女の心を揺さぶり続ける。
美しい自然に囲まれながらも、彼女の心には深い悲しみが漂っている。
婦人は深い息をつき、過去の思い出に浸りながら、再び微笑みを浮かべた。
彼女の心には、過去の選択が今も重くのしかかっている。
しかし、その哀愁の中にも、一筋の光が見えた。それは、いつか再び会えるかもしれないという、かすかな希望の光であった。
黄鳥の声と蘭の香りに包まれながら、彼女はその希望を胸に秘め、静かに微笑んだ。

感想

韋應物の「擬古詩十二首 其二」は、自然の美しさと人間の内面の感情を繊細に描いた詩です。
黄鳥のさえずりや幽谷の蘭といった風景が、深閨に佇む婦人の静かな生活を引き立てています。
婦人の美しい眉毛と微笑みには、青春の輝きと過ぎ去った日々への切なさが込められており、若い頃の選択に対する後悔が痛々しく伝わってきます。
相手の生死が分からない不安と孤独が彼女の心に深く刻まれており、その感情が読者の胸に響きます。
自然と感情が見事に融合したこの詩は、現代でも多くの人々に共感と感動を与える名作です。

最後に

この詩を読んで、私はふと友人との別れを思い出しました。
中学生活も後半に差し掛かった頃、親友のNが転校することになりました。
彼女とは部活も勉強も一緒に頑張ってきた仲で、毎日のように笑い合っていました。
Nが転校する前夜、二人で学校の近くの公園に行き、ベンチに座って語り合いました。
黄昏時、周囲の自然が静かに見守る中、私たちはお互いの夢や将来の話をしながら、涙を流しました。
Nが去った後、私は彼女が座っていたベンチに一人で座ることが増えました。
雀のさえずりや風に揺れる木々の音が、奈々と過ごした日々を思い出させました。
学校の教室に差し込む日差しや、部活後に二人で笑った帰り道の光景が心に浮かび、そのたびに胸が締め付けられる思いがしました。
この詩の中の婦人が長い別れに不安を抱く様子は、私が感じたNへの思いと重なります。
自然の美しさと、そこに込められた感情が、時を超えて私たちの心に響きます。
この詩を通じて、Nとの思い出がより一層鮮明になり、彼女との友情が私にとってどれほど大切だったかを再認識しました。
詩の持つ力は、時間や距離を超えて私たちの心をつなぎ、感動を与えてくれます。
この詩が皆さんにも、かけがえのない思い出や大切な人との絆を思い起こさせることを願っています。


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