全部春のせいだ

「全部春のせいだ……」そう呟いて彼は本を閉じた。
風に揺れるカーテン、差し込む春光。
私の唇はまだ熱を帯びている。

彼は寡黙だが熱い人だ。
友人たちがはしゃぎ騒いでいる時、一緒になって騒ぐことはない。
でも冷ややかな目で見ることはなくそばに居て、
表情には変化は少ないが、瞳は笑って一緒に楽しんでいるように見える。

なぜ私は彼の様子が分かるかと言うと、
私は彼のことをよく見てしまっているからだ。

中学時代から同じクラスになることが多く、
同じ高校に通っている今も彼とは同じクラスだ。
彼は、私のことをどう思っているのだろう。

冬将軍の活躍も終わり、
新たな季節に変わった音が聞こえるころ、
私たちはいつもと変わらない日常を過ごしていた。

国語の授業で先生は少し変わったことを始めた。
「『全部春のせいだ』を使ったり、終わったりする短文を考える遊びをしよう!」
先生は明るくて楽しい人で人気者だ、
時たまこんな授業をするから人気とも言える。

クラスの皆が思い思いの文を作り、言いたい人は発表をしていた。
中には「全部春雨のせいだ」や「全部春のセーター」などふざけた物もあった。
発表されたものに対して先生や皆の解釈を話し、授業は終始和やかで楽しい物だった。
私のように恥ずかしくて発表しなかった人も居たが……。

私は、とても発表なんて出来ない……。

放課後、友達の誘いを断って私は校舎をウロウロしていた。
一人になりたい、でも独りにはなりたくない、友だちと過ごすには重たい気持ち、街中の喧騒は騒がしすぎるそんな気持ちだった。
「これも全部春のせいなのかな。」
そんな事をつぶやきながら足はいつもの場所へと向かっていた。

校舎の最上階、図書倉庫と呼ばれる空き教室がある。
モヤモヤ気分の時はよくここへ来て過ごすことが多い。
自習をする生徒も居たり、調べ物をする生徒も居たりするが、見晴らしもよく、穏やかに過ごせる空間だ。

部屋の戸を開けると彼が居た。
私は驚いた。
なにか調べ物でもしているのか窓際に立ち、本を読んでいた。
彼以外は誰も居ない、開いている窓から私の横を春風が通り抜けた。

私は普段と変わらない調子で彼に話しかけた
「やあ、偶然だね、なにか調べ物?」
ドギマギしてないだろうか、動揺が出ていないだろうか、色んな思いが頭の中でぐるぐるしている。

「そんなとこだね、ちょっと気になることがあって。」彼はこちら向いて言うと、また本へと顔を向けた。

私は戸を閉めながら「そうなんだ」と返答し、彼の方へと歩み寄った。
本当ならば側に行くのは避けたい心情だが、いつもと異なることをして変な風に思われても困るから、普段通りに接しなければ、私は決意していた。

「国語の授業のとき……」
彼の口から出てきた言葉に私は動揺を隠せず、身が固まってしまった。
「何か作ってたんじゃない?それで思い悩んでない?」彼はこちらに顔を向け、少し首を傾げながら言葉を続けた。

彼に見抜かれた、この状態で否定はできないし、明るく肯定しようにも今はその気概がない。
頭の中のぐるぐるはより加速し、取り繕う言葉も出せぬほどに過加熱状態となっていた。

湧き出る感情は堰を超えてどうしようもなくなっている。
私は素直に吐露することにした。

きっとこれも全部、春のせいだ。

「私……、君を想った、文を作ったの。」
うつむきながら、精一杯振り絞って出てきた言葉だ、今にも春風に飛ばされてしまいそうな声だったと思う。

「私が作ったのは……、『そばに居たい、こんな不安な気持になるのも、全部、春のせいだ。』だよ。」
震えた声だったかもしれない、彼の方に向き直せない、でも私は何とか伝えた。
伝えたと同時に後悔の念と、欲望の波が湧き出してきた。
湧き出した想いを止められず言葉を続けた。

「私……。」
この先の言葉は彼を見て言いたい、でもその勇気はまだ足りない。
後悔や不安や期待が心の中で渦巻く。窓の外からは運動部の掛け声やボールの弾む音、吹奏楽部の楽器の音が入り込んでくる。

一瞬春の音が聞こえた気がした。

私は意を決して彼に向き合い懸命に伝えた。
「私、貴方が好きなの。」
不思議と後悔はない。
彼に伝えたことで視界がひらけたそんな気分だった。

彼は目を見開き驚きや戸惑いの混ざったそんな表情をしている、様に見える。
両手で本を開いて持ったまま、彼は私の前まで歩み寄ってきた。
「僕の想いも君と同じだ。」彼は私に優しく語りかけてきた。

「ごめんね、僕も君が好きだ。」
私の目を見て言ってくれた。嬉しさのあまり感情が目から溢れ出そうになる。
「しかし困った、僕は衝動を止められそうにない。」
彼の言葉に私は理解が追いつかなかった。

「全部春のせいだ……」そう呟いて彼は本を閉じた。
風に揺れるカーテン、差し込む春光。

私の唇はまだ熱を帯びている。




こちらの企画から生まれた文を肉付けして作品に仕上げました!
なかなか大変でした(:3[▓▓]


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