5.サッテャヴァティーの苦悩
一方。
ヴィチットラヴィーリャと残された二人の姫、
すなわちアンビカーとアンバーリカーの結婚式は、つつがなく執り行われました。
美しい二人の伴侶を得て、この幸せは未来永劫に続くように見えた、のも束の間。
若いヴィチットラヴィーリャは、重い病気にかかり、
二人の妻の献身や多くの医者の手当ても空しく、帰らぬ人となったのでした。
サッテャヴァティーは、王子の死に多大なる衝撃を受けました。
始まりは、チットラーンガダの不幸に始まり、さらにはヴィチットラヴィーリャの病死。
最愛の息子たちを失ったことは、彼女の心を痛める大きな要因でしたが、
この息子たちが王位継承者であったことは、さらに事を大きくするものでした。
思い余ったサッテャヴァティーは、ビーシュマに言い募ります。
「ねえ、お願い、あなたが世継ぎを作って頂戴よ。そうしたら、王族の血は保たれるのだから・・・!」
ビーシュマは国民に愛される素晴らしい王子。
普通の人間であれば内心あきれ果てたでしょうが、
そこはさすが女神の子。辛抱強くサッテャヴァティーを説き伏せました。
「お義母さん、僕は、お父さん(シャンタヌ)とお義母さん(サッテャヴァティー)が結婚できるようにするために、
自分の王位継承権の放棄と独身宣言をしています。
だから、今更結婚して子作りなんてね、どだい無理!絶対できないに決まっているんですよ」
「もう!この頑固!クル国の血筋はここで絶たれることになってしまうのよ!!」
「独身を誓った僕に今更何を言っても遅いですよ、お義母さん」
肩をすくめるビーシュマ。
サッテャヴァティーは、激情をにじませて眼尻を上げました。
「あなただってクル族の人間ならば、あなたが王位を継承するかどうかはさておき、
王位継承をどうにかしないといけないという使命を持っていることは、変わらないはずだわ」
「それはそうかもしれませんが・・・」
「だったら、あなたがアンビカーとアンバーリカーと結婚しなおして子供を産みなさい!
そうすればすべてがうまくおさまるじゃない」
「なんということを言うのです!!」
ビーシュマは唖然として、サッテャヴァティーを見つめました。
確かに、ヴィチットラヴィーリャの死がなかなか受け入れられず、
涙で枕を濡らす毎日を過ごしている二人の義姉たちを思うと、心が痛むのは事実です。
ただし、サッテャヴァティーの言うことは、あまりにビーシュマに対して思いやりに欠ける発言。
さすがの彼も怒りがふつふつと湧き出てきました。
ビーシュマがまだデーヴァヴラタだった頃。まだ母のガンガーと天界にいた頃。
彼はたくさんの天界の賢者たちから、ヴェーダやヴェーダーンタを学び、王としてあるための帝王学も学びました。
誰もが、デーヴァヴラタが王になると信じてやまなかったですし、彼自身もそう思っていました。
けれでも地上に降りて、尊敬する父と暮らし、そして父親が恋に落ちてもがき苦しんでいる姿をみたら、
彼は父を助けるために、躊躇なく自分の輝かしい未来をすべて捨てました。
デーヴァヴラタではなく、ビーシュマと呼ばれることになった今でも、
嫉妬の一つもなく義弟の嫁探しを買って出るような心優しい息子なのです。
そんな長い人生のすべてを一切無視したようなサッテャヴァティーの物言いには、さすがに我慢がなりませんでした。
「何度も言いますが、僕は生と性を放棄した人間です。二度と結婚しろ、となど言わないでください」
ビーシュマはサッテャヴァティーに背を向けると、返答も待たずに部屋をでていきました。
【ガネーシャのひとりごと】
サッテャヴァティーってひどい人ですよ。
だって、そんなに世継ぎが欲しいなら、自分の体の垢を集めて息子を産めばいいじゃないですか、僕みたいに。
え?人間には無理?ふ~ん。人間って面倒くさいんだなあ。
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