天皇賞

【第3話】足長おじさん~第1章~

むかしむかし、私がまだ子供だった頃、父は毎週末、

「おいっ、動物園に行くぞ!」

と私を連れ、電車で30分ほどの競馬場に連れて行ってくれました。

あれから約30年の年月が流れ、1998年12月22日、大好きだった父が他界。

最後に父が言った言葉は、

「いつもお前の側にいるぞ。母さんを頼んだぞ。」

でした。

そして、昨年、最愛の母が父の後を追うように他界。

最後に母が言った言葉は、

「お前は私達夫婦にとってかけがえのないものだよ。いつまでもお父さんとふたりでお前を見守っているからね。」

でした。

立て続けに大好きだった父、最愛の母を亡くした私は、悲しさと淋しさの重圧に押し殺されそうになっていました。

数週間は仕事も手につかず、うなだれている日々が続きました。

そんな私を見ていた会社の同僚の中に、誰よりも献身的に私に接してくれる女性がいました。

彼女は、落ち込んでいる私にいつも優しく声を掛けてくれ、励ましてくれていました。

そして、私が徐々に元気を取り戻しつつある陽春の頃、彼女が突然会社を退職しました。

理由は、子供の病気でした。

彼女の子供は、生まれつき心臓が悪く、それが原因かどうかは分かりませんが、最近夫と離婚し、彼女は子供の多大な入院治療費をひとりで稼ぐ必要があったからです。

今の会社では給料が安く、しかもアルバイトなどの副業が禁止されている為、必要な治療費を稼ぐことが出来なかったのです。

私が落ち込んでいる時も彼女は大変だったんだろうに。それでも彼女は笑顔で私に接してくれ、励ましてくれた。そんな彼女に私は甘え、元気をもらった。今、私は彼女に何が出来るのだろうか?

何かしてあげたい!お返しがしたい!

そんなことを考えながら眠りについたある夜、私は夢を見ました。

夢の中に父が現れ、

「おいっ、動物園に行くぞ!あの日のように奇跡を起こすぞ!奇跡を・・・」

翌朝、昨夜の夢を鮮明に憶えていた私は、あの頃父とよく行っていた競馬場へ向かいました。

あの頃から三十数年が過ぎ、様変わりした競馬場に到着した私は、売店でスポーツ新聞を購入しました。

一面に、京都競馬場で行われるG1レース「天皇賞(春)」の文字がデカデカと載っていました。

あの頃の私は父について行ってただけなので、競馬のことはさっぱり分かりません。

ましてや新聞の見方など分かるはずがありません。

ただ、馬番の意味と馬名ぐらいは分かりました。

「えーっと、1番が〝ふぁすとたてやま〟、2番が〝あるあらん〟?何だこの名前は?で、3番、4番・・・」

そして、11番の馬名を見て私は「はっ」としました。

11番ヒシミラクル。

昨夜の夢の中で、父は、「奇跡を起こすぞ」と言っていました。

「ミラクル」とは日本語で「奇跡」。

私はこの馬の単勝馬券を300円購入しました。

なぜ300円かと言うと、ただ単に私の財布の中には300円しか残ってなかったからです。

ただ、それだけです。

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2003年5月4日
第127回天皇賞(春)
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1着 11番ヒシミラクル
単勝1,610円(16.1倍)
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300円×16.1倍=4,830円
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私は4,830円の払戻金を受け取り家路につきました。

あなたから受け取った応援を力に変えてこれからも頑張ります!