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インディーズからシネコンへ! フィーバー真っ只中の話題作『侍タイムスリッパー』の魅力に迫る安田淳一監督インタビュー 前編

8月17日からインディーズ映画の聖地・池袋シネマ・ロサで単館上映されるや否や、自主映画の枠を超えた完成度から、瞬く間に口コミで面白さが広がり、9月13日にはシネコンなどを中心に全国100館以上で拡大上映された『侍タイムスリッパー』。
映画でお馴染みのタイムスリップものでありながら、幕末の侍が現代の撮影所で斬られ役を務めるという、今までありそうでなかった斜め上を行くアプローチと、時代劇への愛に溢れた内容から、東映京都撮影所が撮影に協力。気を衒わず、登場人物の心の機微を真っ直ぐに描いたドラマ、そして主演の山口馬木也さんをはじめ出演者たちの名演技などもあって、多くの観客を動員。各界の著名人も賛辞を送っている。
今回、拡大上映が始まる直前に監督の安田淳一さんにインタビューを敢行。『侍タイムスリッパー』の企画から撮影、さらに知られざる裏話など、大いに語っていただいた。(取材日2024年9月9日)<文責>『映画秘宝』編集部)

●『侍タイ』が観客の琴線に触れた理由とは

――『侍タイムスリッパー』の拡大上映、おめでとうございます! 『映画秘宝』は映画雑誌であるにも関わらず、このムーブメントを後から追いかけることになって恥ずかしい限りです。
安田 いえいえ、僕らも自主製作という規模もあって、ちゃんと上手く宣伝していなかったところがあるんです。一応、新聞に宣伝していただいたんですが、やっぱり観てくれたお客さんがSNSやブログに熱い感想を投稿して、「この映画は観たほうが良い」と拡散してくれたおかげで、ここまで盛り上がることが出来ました。9月4日に全国62館での拡大上映をアナウンスしましたが、それ以降も上映館がどんどん増えていって、現時点で100館を超えたようです。監督である僕自身も正確な数を把握しておらず、とにかくこの状況にビックリしています。
――安田監督はシネマ・ロサでの公開初日の舞台挨拶で、「目指したのは『カメラを止めるな!』」と発言されたそうですが。
安田 『カメ止め』には、ほんまに勇気をもらいましたね。自主映画でも本当に作品が面白かったらシネコンで取り上げてもらえるという実績を作り上げた。『侍タイ』の拡大上映が決定したことを報告した際、シネマ・ロサのお客さんがすごく喜んでくれて、中には涙を流してくれた方もおられました。ロサのお客さんたちがより多くの人たちに観てほしいと『侍タイムスリッパー』を後押ししてくださった。もう本当に有り難い限りです。
――多くの方が本作に惹かれた理由を監督ご自身はどのようにお考えでしょうか?
安田 正直なところ、なぜここまで受けたのか分からないんです。本作は〈タイムスリップ時代劇〉と銘打っているんですが、映画の中でもタイムスリップって人気のあるジャンルじゃないですか。その中でも本作は幕末の侍が現在の時代劇の撮影所で斬られ役になるという切り口が受けたのだと思いますが、それ以上に登場人物たちのいずれもが優しくて、悪い人が出てこない世界観がお客さんの心の琴線に触れたんだと思います。
――そうですね。終盤近くに3人のチンピラが出てくるぐらいで、基本的に悪人は出てこないですね。
安田 あのチンピラは必要悪ということで(笑)。僕は時代劇の何が好きかというと、もちろん悪役をチャンバラでやっつける爽快感も好きですが、例えば『暴れん坊将軍』で「め組」の火消したちは困っている人がいれば、銭勘定とか抜きにして手を差し伸べるところが好きなんです。1990年代ぐらいまでの時代劇は、そんな市井の人たちが互いに支え合う姿が毎週のようにテレビで放送されていましたよね。ベタかもしれないけど、何かと人の足を引っ張り合う現在において、そのような懐かしい雰囲気が受けたんだと思います。

●『侍タイ』の舞台は2007年頃

——本作は時代劇の裏側に生きる人たちのドラマがテーマとなりますが。
安田 実は『侍タイ』の中で描かれる現代は2007年ぐらいの時代設定なんです。劇中で、20年前は毎週様々な時代劇が放送されていた、といった台詞がありますが、僕の中で1997年ぐらいまでは『水戸黄門』や『鬼平犯科帳』『遠山の金さん』『銭形平次』などが放送されていたイメージなので、逆算して2007年ということにしました。2024年の現在にすると、それこそ大河ドラマ以外で毎週、時代劇の撮影があるという設定は難しいですから。
——なるほど。劇中でヒロインの優子がガラケーを持っていたのも、そういう理由だったんですね。
安田 2007年はまだスマホは日本で発売されていなかったですからね。斬られ役たちの楽屋で伊丹十三監督のビデオテープがチラッと映るのもそうで、2007年ならビデオテープで映画を観る人がギリギリいただろうと。それに「幕府が滅亡して140年」と書かれたポスターがキッカケで主人公が現代にタイムスリップしたと気付くわけですが、明治維新は1868年であり、2024年が舞台だと計算が合わない。

●『侍タイ』に溢れる福本清三イズム

——『侍タイ』のプロットは、監督の前作である『ごはん』(2017年)が完成した2017年の時点で出来上がっていて、「京都映画企画市」最終選考5作品にも選出されていたとお聞きしました。どのようにストーリーを考えられたのでしょうか?
安田 当時、役所広司さんがテレビのCMで現代にタイムスリップしてきた侍を演じられていて、現代とのギャップに腰を抜かす姿を目にしたのがキッカケです。
僕の映画『ごはん』で「5万回斬られた男」として有名な福本清三さんに出演していただいたんですけど、「福本さんがタイムスリップしてきた侍となって、そのまま斬られ役をやったら面白いんじゃないかな」と思ったのが着想の原点になりますね。
——そもそもは福本さんありきの企画だったんですね。
安田 もちろんです。福本さんご自身にも「次はこのような役でお願いします」と伝えていました。ただ東映の方から、ご高齢で斬られ役を演じるのは映画として不自然に映るから殺陣師に配役したほうがいい、とご指摘をいただいて脚本を練っていきました。残念ながら、脚本が完成する前に福本さんが亡くなられて、本作の殺陣師役は福本さんのお弟子さんである峰蘭太郎さんにお願いしたという次第です。
——監督から見て、福本さんはどのようなご印象の方だったのでしょうか?
安田 非常に控え目で謙虚な方でしたね。『侍タイ』でタイムスリップした主人公、高坂新左衛門は、最初こそ戸惑って刀を雷雨に掲げて元の時代に帰ろうとするけど、そのあとは自分の境遇を潔く受け入れるじゃないですか。それは自分のことで大騒ぎしない福本さんの性格をそのまま踏襲しているからです。実は『侍タイ』という映画は福本さんへのトリビュートを随所に込めていて、一番大きいのは物語中盤で、井上肇さん演じる撮影所所長の「頑張っていれば、誰かがどこかで見てくれてはる」の台詞ですね。
——福本さんの自伝のタイトルにもなった言葉ですね。
安田 ひたむきに生きる人たちのへの温かい眼差しで、まさにそれこそが福本イズムですよね。本当に素晴らしい人でした。撮影に協力していただいた東映京都撮影所の方たちも、僕の意図を汲み取ってくれて、『侍タイ』で斬られ役の人が福本さんのように海老反りになって倒れてくれたんです。衣装部が用意してくれた衣装にしても、福本さんがよく着ておられたものだったりします。福本さんが皆さんから愛されていたんだと改めて思いましたよね。

●東映に足を向けて寝られない

——紆余曲折を経て、本作の脚本が東映京都撮影所に気に入られて、撮影所をお借りすることができたとのことですが、改めてその経緯を教えてください。
安田 これも福本さんのおかげです。福本さんの担当だった方が「福本さんが出る予定の映画だったから」とプロデューサーを紹介してくれたんです。東映の会議室にプロデューサーさんだけじゃなくて、美術部や衣装部、床山さん、結髪さんが集まって、「安田くん、自主映画で時代劇を撮るなんて無謀や。普通なら全力で止める。せやけど、この映画はホンが面白いから何とかしてあげたい。夏だったら撮影所が空いてるから、安く使わせてあげる」と言ってくれました。嬉しかったですね。とは言え、それでも撮影費が足りていなかったので、愛車を売り払って、補助金も申請して。絶対に完成させてやると覚悟して撮り始めました。
——自主制作のチームが京都撮影所というベテランの現場に入ったわけですが。
安田 僕らの自主制作チームは僅か10人ほどで、別に精鋭でも何でもないんです。ヒロインの優子を演じた沙倉ゆうのさんが助監督も務めたことで話題になっていますけど、普段は俳優さんだから、助監督が何をやるのか具体的なことは何も知らなかった。撮影に関する知識を網羅していてスキルを持っているのは僕と音声マンだけで、床山や衣装などの部署に関しては東映のスタッフに入ってもらいました。その下に1人か2人ぐらいアルバイトの方が入りましたが、はっきり言って段取りが悪い。毎日何かしら怒られていたけど、東映のスタッフさんも根底には「こいつらの思うように撮らせろ」という人情があって、そういった協力があって完成した作品です。もう東映さんには足を向けて寝られません(笑)。

●追撮と「デラックス版」

——今年2024年に入ってからも追撮(追加撮影)されたとのことですが。
安田 物語中盤で、初めて殺陣のシーンに参加した新左衛門が坂本龍馬役の俳優に拳銃で撃たれて、思わず走馬灯として元いた時代を回想するシーンですね。2023年12月の「京まちなか映画祭」で上映したバージョンでは、タイムスリップした後の現代シーンを回想していたんです。だけど、新左衛門が走馬灯を見るのなら、元の時代を回想するほうが良いに決まっている。考えたら、2022年の撮影時に撮れよっていう話なんですけど(笑)。今年2024年4月12日に回想シーンを追撮して、再編集して本当に完成したのは今年5月です。1月の時点でシネマ・ロサの上映が決まったのに、まだまだ撮影していたという。自主映画あるあるですけど。
——バージョンと言えば、本作には現在川崎のチネチッタで上映されている「デラックス版」がありますが。
安田 「デラックス版」では、新左衛門がCGのモンスターと戦っているという態でグリーンバックスタジオで撮影しているシーンと、侍に扮した優子がフェンシングやガンマンと戦うという妄想シーンが挿入されています。脚本を書いている時から、「楽しいシーンやけど、カットするやろうなあ」と思っていました。お客さんからすれば、それまで新左衛門を追いかけていたのに、そこだけ優子が主役になるので、余計なものに感じるだろうと判断して泣く泣くカットしました。グリーンバックのスタジオを借りるのに40万、ガンマンとの戦いは西部劇を意識したので鳥取砂丘までロケに行きまして、100万円ぐらい使っています。実にもったいないですね(笑)。

●知られざる新左衛門の背景

——最後まで主人公が過去から来た人間だとカミングアウトしないのも、タイムスリップものとして新鮮でした。
安田 「タイムスリップしてきたんですよ」と言っても、「こいつ、頭おかしいのか」と思うだけでしょ。証明のしようがないし、仮に相手が信じたとしたら、そのキャラクターがバカっぽくなるんですよ。自分がタイムスリッパーだと明かさず、周りも気づかない。さらにタイムスリップは天災だと諦めて、現代に生きることを受け入れる。映画でそれを描くのはけっこう根性いるんですよ。意外と映画をご覧になられた皆さんが見逃している部分ですが、映画の冒頭で新左衛門の身の上に触れているのは、元の時代にそれほど未練がないことを示唆しているんです。
——物語の冒頭、タイムスリップする前に新左衛門の相棒が自分たちの境遇を口にしていますね。
安田 新左衛門たちは武士ではあるけれども、侍の中でも身分の低い家柄の次男坊、三男坊なんです。江戸時代の次男坊以下の侍は結婚も出来ず、一生部屋住みで飼い殺しの状態でした。幕末、動乱の中心である京都に長男の代わりに行かされて、さらに家老から暗殺を命じられた。家老からすれば彼らは捨て駒で、暗殺に成功すれば自分の手柄にして、失敗すれば家臣が暴走したと言い逃れる。侍の世界の意外な面を匂わせています。新左衛門が過去に帰るのを早々に諦めたのも、自分たちは軽んじられてきて、家族に対する感情が薄いからです。実はちゃんと整合性をとっていて、冒頭の台詞でさらりと説明しています。意外と深いでしょ?

●しっかりとドラマを描ける年齢になった

——本作は奇を衒わずに真っ正面からドラマを描いているように感じました。
安田 最近の映画やドラマの傾向として、伏線を回収すれば良い脚本という風潮がありますが、僕はあんまり伏線や回収は意識せずに作ったんですよ。昨今はみんなすぐに考察とか言いますけど、本当に大事なのは、ドラマをキチンと描いて、お客さんがその世界観にのめり込んで感動させることだと思います。武器の1つとしてギミックを用いるのは分かりますし、この映画にもタイムスリップというギミックはあります。だけど、そこに頼り切るようなドラマにはしたくなかった。
——ドラマ作りとして、意識された部分は?
安田 まず1つはお客さんが共感して応援できるようなキャラクターにする。それはすごく大事だと思っています。キャラクターの心の機微をちゃんと伝えることで、次に突拍子のない行動をしても、観ているお客さんは「ああ、そういう心の動きだったら、こうなるやろうな」と納得してくれる。ストーリーを無理なく重ねていくためにも、キャラクターの心情を描くことが大切なんですね。
——鑑賞していてストレスを感じなかったのは、登場人物の気持ちの積み重ねがあったからですね。
安田 「悪い人間が主人公の足を引っ張る」といった、お客さんの心をざわつかすパターンは極力排除して、とにかく観ている人が新左衛門の心情に寄り添えるようにしました。僕はもう57歳で、今まで生きてきていろんな人生経験をしてきた。若いうちはギミックに走ったり、勢いに任せてしまいがちだけど、この年齢になって、しっかりしたドラマが書けるようになった気がします。この映画はコメディですけど、「コメディに衒いはいるのか? コメディにカッコいいルックがいるのか?」と言えば、たぶんいらないと思う。
そもそも主演の山口馬木也さんをはじめ俳優さんたちのお芝居が想像以上に素晴らしくて、それをありのまま撮っているだけでお客さんに十分に伝わると実感としてありました。

※『侍タイムスリッパー』のとっておきのお話はまだまだ続く!?
安田淳一監督のインタビュー後編は本誌『映画秘宝』12月号(2024年10月21日発売予定)に掲載。乞うご期待!

<スペック>
侍タイムスリッパ—(2023年/日本/131分)
監督・脚本・撮影・編集:安田淳一
出演:山口馬木也、冨家ノリマサ、沙倉ゆうの、峰蘭太郎、田村ツトム など
配給:ギャガ 未来映画社
公式HP:https://www.samutai.net/
絶賛公開中
©2024 未来映画社

<告知>
「安田淳一監督&未来映画社特集4Nights」

『侍タイムスリッパー』の大ヒットで注目の安田淳一監督。
その原点である『拳銃と目玉焼』『ごはん』が高円寺シアターバッカスで復活上映!
●『ごはん』
10/21日(月)・22日(火) 19:30~
●『拳銃と目玉焼』
10/23日(水)・24日(木) 19:30~

※各回シークレット短編を同時上映
チケット料金:各回1,500円
詳細・ご予約はこちら▼
https://gohan2024.peatix.com/

会場:高円寺シアターバッカス
所在地:〒166-0002 東京都杉並区高円寺北2-21-6 レインボービル3F
https://bacchus-tokyo.com/

<安田淳一監督・プロフィール>

●安田淳一(やすだ・じゅんいち)

1967年京都生まれ。大学卒業後、様々な仕事を経てビデオ撮影業を始める。幼稚園の発表会からブライダル撮影、企業用ビデオ、イベントの仕事では演出、セットデザイン、マルチカム収録・中継をこなす。2023年、父の逝去により実家の米作り農家を継ぐ。
2014年「拳銃と目玉焼」(113分)東映系シネコンにて全国6都市・各都市ミニシアターにてロードーショー、全国のツタヤ・ゲオにレンタルDVD3000枚以上納品。Huluにて配信されレイティング4.0を獲得。
2017年「ごはん」(108分)シネコン全国5都市他ミニシアターにてロードーショー後、各地で様々な主催者による上映イベントが38ヵ月続くロングラン作品となる。2019年秋、動員12,000人達成。

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