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絶望の世界を駆け抜けようとする若者たちを描いた青春黙示録『サーチライト-遊星散歩-』が10月14日より公開。中井友望と山脇辰哉が演じた二人の高校生に降りかかる試練の物語。企画・脚本の小野周子、監督の平波亘への独占インタビューで、未来を担う若者に託す思いを聞いた

タイトル写真『サーチライト-遊星散歩-』より。主人公の果歩を演じる中井友望

『サーチライト-遊星散歩-』が10月14日より、東京・新宿ケイズシネマで公開される(他、全国順次公開)。本作は、病を患う母親を世話しながら貧しい日々を送る高校生・果歩の物語だ。親が働けない状態の母子家庭で暮らす果歩は、困窮した末にコンセプトカフェで働き始め、さらには「JK散歩」の世界に足を踏み入れるまでになってしまう。家族のように果歩に接する同級生・輝之も、貧困家庭で経済的に余裕がなく、新聞配達などのアルバイトに精を出している。共鳴するものを感じた二人だったが、すれ違いからそのつながりにも綻びが生じてくる。凍てつくような冬の空気に包まれる街で、二人はがむしゃらに走りだす。果歩と輝之は、この望みなき世界を駆け抜けることができるのか。
 第28回フジテレビ ヤングシナリオ大賞で、応募総数1600本の中から最終選考に残った、脚本家・小野周子によるシナリオをもとにした本作。音楽と映画の祭典、MOOSIC LABを企画するSPOTTED PRODUCTIONS代表の直井卓俊へ小野が企画を持ち込み、映画化が決まった。
 メガホンを取ったのは平波亘。2008年のPFFアワードで『スケルツォ』が入選。助監督として多数の作品の現場に携わりながら、自身の監督作としても『東京戯曲』や『the believers ビリーバーズ』などの作品を精力的に発表し、舞台演出やミュージックビデオも手掛ける。昨年には、田中俊介を主演に迎えた長編監督作『餓鬼が笑う』が公開された。
 主人公の果歩を演じるのは、ミスiD2019でグランプリに輝いた中井友望。本作が彼女にとっての映画初主演となる。一時はコロナ禍の影響で製作も危ぶまれた本作だが、初主演をこの映画で飾りたいという中井の熱意も手伝い、皆の努力の末、完成させた。果歩を気遣う同級生・輝之役に、NHKドラマ『らんまん』での好演も記憶に新しい山脇辰哉。シンガーソングライターの合田口洸が、音楽と主題歌を担当し、さらには街をさすらう謎の男・4番さん役で出演もこなし、独特の演技を見せた。
 2022年、函館イルミナシオン映画祭でワールドプレミアとして披露され、MOOSIC LAB2023で昨年末から今年にかけて日本各地で先行上映。今年の10月14日より、一般公開が開始される。

『サーチライト-遊星散歩-』メインビジュアル

 一般公開を控える10月上旬、企画・脚本の小野周子と、監督の平波亘にそれぞれインタビューを行った。(2023年10月、オンラインにて)

■企画・脚本の小野周子へのインタビュー

ーー『サーチライト-遊星散歩-』(以下、『サーチライト』と記す)が昨年末からの各地での先行公開を経て、いよいよの一般公開ですね。
小野 ワールドプレミアとなった函館港イルミナシオン映画祭や、MOOSIC LAB2023などでは、連日ゲストによるトークイベントもあり、楽しい、盛り上がろう!みたいなお祭り感覚だったと思うんですけど、今度の一般公開は身が引き締まる思いというか。何の保証もないし、他の大作なんかと同じ条件の中、上映されるので、変な焦りみたいなものもありました。けど、こうやって公開を間近に控えると、作品には自信があるし、もう胸を張っていこう!という気持ちになっています。
ーー先行公開での思い出などは。
小野 函館で上映したとき、若い女性のお客さんが「はじめから果歩に感情移入して泣いちゃいました」と言ってくれたんです。年齢を聞いたら「20歳です」と仰って。主人公の果歩と近い世代の人にそう言ってもらえたのは本当にうれしかったです。中井さんのマネージャーさんにそれを伝えたら、「中井の繊細なところにシンパシーを感じたのかも」と仰ってました。
ーーその登場人物と同世代のお客さんが共感してくれる。クリエイター冥利につきますね。あらためて、作品成立の経緯について、おうかがいいたします。本作は小野さんの企画・脚本として始まり、今回が初の映画化作品でもあります。元々、”書く”ということがお好きだったんでしょうか。
小野 子どもの頃からドラマが大好きで。8歳のとき、『ムー一族』というドラマが確か21時から放送されていたと思うのですが、我が家は子どもの就寝時間は20時と決まっていて。でもどうしても観たいと母に訴えていたら、ドラマが開始するときに母がそっと、わたしと妹が寝る部屋のドアを開けて、わたしだけ起こしに来てくれたんです。「ムー始まったよ」って。いま思えば子ども向けのドラマではなかったかもしれないけど、左とん平さんと樹木希林さん、伴淳三郎さんなんかのやり取りが大好きでした。
ーーテレビっ子だったんですね。
小野 そうですね。ドラマと歌番組が大好きでした。大人になり、雑誌の『TVガイド』の仕事をしていたときにテレビで『ロングバケーション』を観て、ハマってしまって。調べたらシナリオを学ぶスクールがあることを知って、青山にあるシナリオ・センターに通い始めました。
ーーそれまで、執筆のご経験は?
小野 二十歳のときに『ジェルソミーナ』という暗い暗い小説を書いて(笑)、地方の文学賞で佳作をもらいました。でも、小説は風景描写が苦手で。基本、人間しか見てないんですね。だからシナリオのほうが自分には合ってると思います。通っていたシナリオ・センターでは、”20枚シナリオ”というのがあり、課題にそって書かれたシナリオを皆の前で読むんです。そのときの『裏切りの一瞬』という課題で書いたシナリオがあって、当時は『where』というタイトルでしたが、今回の『サーチライト』で出てくる果歩がトイレットペーパーを学校から盗もうとするところなんですけど。その短編シナリオの評判がよくて、1時間の尺に改稿し、2016年のフジテレビ ヤングシナリオ大賞に応募しました。最終選考まで残ったんですが、当時はそのままになっていて。
ーーその頃から、映画の原案があったんですね。他にもコンクールにいろいろ応募されていたんでしょうか。
小野 シナリオ・センターで出会った恩師からコンクールへの応募を勧められ、出すようになりました。2018年の函館港イルミナシオン映画祭のシナリオ大賞に応募した『僕は啄木』という、SNSで短歌をつぶやく青年の物語なんですが、その作品で準グランプリを受賞したんです。そこで知り合った、ある監督さんからMOOSIC LABのことを教えてもらい、そのオープニングパーティに自分でチケットを買って潜入しました。『サーチライト』の企画書とシナリオをプリントしたものを、壇上に居たMOOSIC LABを企画するSPOTTED PRODUCTIONS代表の直井卓俊さんに「直井さん!」と声をかけて渡したんです。たぶん、直井さん「知り合いだっけ?」ってきょとんとされてた気がします。そこで、必死に企画書をめくってプレゼンして(笑)。本当に何処の誰だかわからない人の話に耳を傾けてくれて、 直井さんは本当に優しいというか、どんな方もリスペクトしてくれる方で「はい、はい」と聞いてくださりました。そのあと、ご連絡をいただき、話が進みました。主演オファーをした中井さんも「やりたい」と言ってくれたんですが、監督が決まらず、動きがなかった。でも、中井さんが「どうしても初主演はこの作品でやりたい!」と仰ってくれて。直井さんから度々、中井さんのマネージャーさんが「あれどうなってますか?」って時々訪ねてくるよって聞いて。わたしもどうしても諦められなくて。それからしばらくして、平波監督に手掛けていただけることになりました。
ーー初期の脚本から変わった部分はありますか?
小野 当初は夏に撮影する予定で、舞台の季節も夏でしたが、スケジュールの都合で冬になったんです。あと、構成がすごく入れ替わっていて、初めて試写で観たときにビックリしました。予告編もすばらしくて、編集の村松正浩さんは天才だなと。
ーー冬の寒々しい感じが作品のテイストに合っていると思っていたので、夏設定は意外でした。でも、夏を舞台とした果歩たちの物語も観てみたかったです。続いて、キャスティングに関しておうかがいします。果歩役の中井さんは最初に決まったそうですが、輝之役に難航したとか。
小野 なかなか決まらなくて。というかピンと来る人が居なかったんですよね。そしたら、最初はミュージシャン役に想定されていた山脇さんを、直井さんからの提案で、輝之役をやってもらってはどうだろうかと。わたしはすぐ「それいい! オファーしてください!」って言いました。そしたら、山脇さんも快諾してくれて。あのときは、なんかひとつトンネルを抜けた感じがありました。先が見えたというか。

家族のように果歩を気遣う同級生・輝之(演:山脇辰哉)

ーーキャストが決まって、撮影準備が整ったあとも脚本に手直しが続いていたそうですね。
小野 撮影が1月下旬と決定していたのに、シナリオの直しが始まったのが12月の中旬。直井さんと平波監督とラインプロデューサーの石川真吾さんから何度もダメ出しが来るんです。それを毎日、書き直して。でも、直していくうちにどんどんよくなりました。
ーー平波監督とはかなり密に脚本改稿を繰り返したと聞きます。特に悩んだ点は?
小野 お正月に阿佐ヶ谷のファミレスで、ミュージシャン役のキャラクターに関する相談をしたんです。あのキャラの立ち位置がぼんやりしていると。最初は、輝之の新聞配達先の先輩という設定でした。名前も”レン”と決めていたんですけど、合田口さんがその名前カッコよすぎてイヤだと(笑)。そんなこと普段言わないのに。だからずっとそれが引っかかっていて。そしたら急に閃いたんです。「あ、なら いっそのこと名無しにしたらいいんじゃない?」って。平波監督は「え?」ってぽかんとしてました。「ほら、『木更津キャッツアイ』の”オジー” (古田新太演じる、ホームレスの男)みたいな感じ!」って。監督にすぐ直井さんにラインしてもらって。「なんか小野さんが言い出したから、一度書かせてみる」みたいになって。
ーーなるほど。町の守護神のような。
小野 そうです。でも、いくらなんでも名無しじゃダメだよなって思って。そしたら、ファミレスの隠語が浮かんで。それで試しに”4番さん”で書いてみました。スベッてるかもなってビクビクしながら。そしたら、直井さんも「面白いですね!」って。合田口さんなんかめっちゃ気に入ってくれて。いま思えば、あのとき作品の雰囲気が一気にガラッと変わったかもしれませんね。
ーーあのキャラクターがいることで、作品にファンタジックなフィクション性が加わりましたね。そして脚本が完成し、クランクインします。撮影時期はコロナ禍の影響が強くあったそうですが。
小野 はい、製作も危ぶまれました。でも、完成してここまで来られたのは、中井さんがどうしてもやりたいと言ってくれたからこそ。彼女が言ってくれなかったら、この企画は流れていたと思います。だから、彼女と話したんです、絶対ヒットさせようね!と。
ーー多くの人々に届けるためには宣伝が欠かせません。ただ、低予算の作品ではお金がかけられないのが現実です。そんな中、小野さんがお客さんへ向けた手書きのメッセージシートを前売券に付けて、手売りしていたのに感銘を受けました。インディーズの作り手は、そういうことをどんどんやるべきだと思います。

小野の手書きによる、一枚ずつ異なるメッセージシートが添えられた前売券

小野 保育園で働いていたことがあって、そういう工作的なものが好きなんです。直井さんにも平波監督にも誰にも言わず、勝手にやってました(笑)。やれることはなんでもやろうと。MOOSIC LABでのある上映回では、合田口さんが劇中で歌う歌の、手づくり歌詞カードを来場者の方々にプレゼントしたこともありました。それをいまだに大事にしてくれる人がいて。そのお話を聞くとあの日を思い出すし、うれしいなと純粋に思います。
ーーこれから映画を観る方へ。
小野 ”貧困”は書きたかったテーマで、社会派な作品だと思います。でも、それだけじゃつまらない。なので、お客さまに楽しんでもらえるようにたくさん仕掛けました。台詞や小道具を使って、それこそ謎解きのように。なので、お母さんが病気のかわいそうな女の子……としてだけ観てると気づかないようなシーンがたくさんあると思います。リピート鑑賞した方からは「こんな仕掛けがあるの1回目では気づかなかった」なんて言ってもらったりしました。なので、そういったエンタメ作品としての部分も楽しんでいただけたらうれしいです。
ーー貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。公開時には、多くの人がスクリーン上で果歩たちに出会えることを願っております。

脚本家・小野周子

 続いて、平波亘監督へのインタビューを掲載する。

■平波亘監督へのインタビュー

ーー10月14日から、ついに一般公開が始まりますね。
平波 これまでの各地でのイベント上映を通して、いろいろ応援していただくことが多く、映画が届いているなという実感があります。感慨深いですし、受け止めてくださる方が多くいることに映画の可能性を感じました。そこに甘えず、今後どれだけの人に届けられるかというのはプレッシャーでもあります。
ーーあらためて、作品を紐解いていきたいと思います。今回の作品は小野周子さんによる企画・脚本です。他の方の企画や脚本を手掛けるにあたっての面白さや難しさはございましたか。
平波 前作の『餓鬼が笑う』も元々の企画・脚本は、骨董屋をやってらっしゃる別の方でした。その方は脚本を書くのが初めてだったので、予算とか映画づくりの制約を超えているところも多かった。僕はそれを製作規模を考慮しながらブラッシュアップして、自分のやりたいことに落とし込んでいきました。それに対して『サーチライト』は小野さんの書かれた、果歩という主人公の行動や選択を大事にしたいなと。そこを変えていくと映画の根幹が変わる恐れがあったので、あまり大きくは脚本に手を加えずに。
ーーそういった映画づくりは、ご自身で脚本を書かれる場合とは異なるんでしょうか。
平波 昔から自分で脚本を書いた場合、現場で脚本を超えていくことを考えながらやっていくんです。僕は普段、助監督として現場に携わっているんですけど、商業映画のだと現場で急遽思いついたことができなかったりするので、『サーチライト』ではインディペンデントの自由度を活かして、脚本は大事にしつつ、そのよさをもっと広げていけるようにしたいなと。助監督として現場に入ると、脚本にあれこれ言わしていただくことが多いので、物語をつくる力は助監督の仕事でも培ってきたつもりです。今回、『サーチライト』の脚本に対しては、良い距離感でコミットできたと思います。
ーー監督のお仕事を引き受けた理由について、以前に鑑賞させていただいた上映回の舞台挨拶で平波監督は、十代の若者や家族の話を今までやってこなかったこともあり、挑戦として向き合いたいと仰っていました。
平波 コロナ禍が大きかったですね。より人と人とのつながりとか、距離を考えるようになっていました。自分は今までフィクション性が高いものを作ってきたけど、隣近所にいそうな人たちの話を手掛けてみたいなというのをコロナ禍で考えているときに、この脚本に出会えたのはめぐり合わせなのかなと。
ーーこの社会状況だからこそ、どこにでもいる少年少女たちの物語がより心に迫ってきました。
平波 若い人たちっていうのは本来、可能性しかないじゃないですか。でも、この物語は果歩も輝之も可能性の扉を閉ざしてしまっている感じがして。どうやったら導きができるのかなと。そういった心の動線を描かないと、この映画は成立しないんじゃないかと思って、臨みました。

小野と平波は、十代の若者たちの心をどう描くかに腐心した

ーーそんな果歩たちの物語を彩るのが、合田口さんの曲です。過去の平波監督の作品でも、彼の曲を使われていましたね。
平波 合田口くんの曲が使われた自主映画を観たことがあって、すごくいい曲だなと思ったんです。3年前に『the believers ビリーバーズ』という作品を作ったとき、物語の最後に流れる曲がどうしても見つからなくて、合田口くんのアルバムを聴いたらピッタリの曲がありました。SNSを通じて連絡をしたら、是非使ってくださいと。そのときは既存曲の提供でした。今回の『サーチライト』では楽曲を書き下ろしてもらいましたが、小野さんが合田口くんを”4番さん”役にいいんじゃない、と言ってくれて。
ーー曲だけではなく、出演までも。
平波 彼独特の雰囲気が非常に出ていたんじゃないかな。『戦場のメリークリスマス』でデヴィッド・ボウイを使った大島渚じゃないですけど、自分も過去作で何度かミュージシャンの方に出ていただいたことはあって。ミュージシャンの佇まいは、役者さんに求めるものとは違うというか。ある種の賭けではあるんですけど、その化学反応が起きたときの強さというのは、役者には出せないものだったりするので、これからもどんどんミュージシャンとの映画づくりは音楽だけに留まらずやっていきたいです。
ーー他のキャストの方々についても、おうかがいしたいと思います。今回で初めてお仕事をされる役者さんもいらっしゃったんでしょうか。果歩をJK散歩の世界へ誘う、花先輩を演じた都丸紗也華さんは、平波監督の『イースターナイトメア〜死のイースターバニー』にご出演されていましたね。
平波 中井さんや山脇くんは初めましてで、僕の中では未知数でした。都丸さんは、僕がお願いしたいですと言いました。花先輩のポジションとして、強い存在であってほしいと。そう思ったときに、都丸さんの持つキャラクター性がハマるんじゃないかなと。花先輩も世の中をサバイブするためにいろいろやってる人間だと思うんですけど、そういった人間の持つ、ずるさや弱さ、強さは都丸さんにとっても挑戦だったと思います。彼女とは4回目の仕事でしたが、いろいろ挑戦させたかった。都丸さんに限らず、誰をキャスティングする際も、また呼んで同じことをやってもしょうがないといつも思っています。

果歩を危険なアルバイトの世界へ誘う、花先輩(演:都丸紗也華)

ーー果歩のお母さん・貴子を演じた、安藤聖さんも圧巻の演技でした。
平波 安藤さんも僕が是非とお願いして。十二、三年前に安藤さんが出てる舞台を観て、すごいと。お仕事する機会をずっとうかがってました。果歩の母親役としては若すぎるのかなと思ってたんですけど、果歩と貴子がある瞬間では姉妹に見えるくらいの関係性に見えたらいいなと。患っている設定も大変だったと思いましたが、シーンに依る症状の出方の調整を安藤さんと話し合いながらやれたのはすごく良い時間でした。果歩とJK散歩をする長谷川役も僕が山中崇さんにお願いしたいと思って。山中さんだからこそ、あのキャラクターにレイヤーがかかったみたいな感じになりました。

病に苦しむ母・貴子(演:安藤聖)
果歩とJK散歩をする男・長谷川(演:山中崇)

ーーどのキャラクターも紋切型ではなく、層の厚みがありました。そういう部分は脚本に元々書いたあったものから、さらに現場で深堀して練り上げられていったものなんでしょうか。
平波 これは僕の考えなんですけど、脚本に台詞や動作が書かれていても、それに準じる必要はないというか、そこの気持ちにならないと、動くべきでも台詞を言うべきでもないと思っていて。芝居をその台詞や行動にどう結びつけるかを現場で考えて導くのが自分の仕事なので。いい意味で脚本にはそういう隙間があったので、役者との現場での共同作業は楽しかったです。
ーー小野さんの脚本、中井さんたちの演技、そして平波監督の演出、それらが理想的な混ざり合いの末に生まれた作品ということですね。これから映画をご覧になる方へ伝えたいことはございますか。
平波 16歳の女の子が家族との生活をつなぎとめるために、ひたすらがんばる姿に寄り添って描こうと思って作った作品です。彼女の置かれている状況、お母さんの病気だったり、経済的な苦しさだったりとか、そういったものが映画の単純な要素としてではなく、観ている人たちに最大公約数的に受け取られているという実感が、先行上映のときにすごくありました。作品がいい意味で独り歩きしている感じがします。劇場で観ていただいて、何かしら感じ取ってほしいなと思います。

『サーチライト-遊星散歩-』コメントコラージュビジュアル

ーー応援しております。ここからは、平波監督ご自身について、おうかがいいたします。ご出身は長野県なんですよね。映像業界で働くことを志したきっかけみたいなものは何かあったんでしょうか。
平波 元々、映画を観るのがすごく好きで、ジャンルを問わずに摂取しておりました。長野県の松本市で、松本シネマセレクトという団体が上映していた作品で世界中のいろんな映画に触れ始めたのが、この道にハマってしまったきっかけだったと思います。そういう作品はだいたいレイトショーでやっていて、映画を観終わったら夜で、それがステキな体験に思えたんです。どこかの国に行って戻ってきたみたいな。
ーーまさに心の旅ですね。
平波 大学のとき、映画を作りたいみたいな気持ちはあったんですけど、いろいろあって諦めて、地元で就職しました。ある日、仕事へ行く前にテレビをつけたら、9.11のニュースが流れてて、ビルに飛行機が突っ込んでいく映像とかをテレビ越しに観たとき、実際の人間が起こしたことのすごさというか、この現実に娯楽とか芸術はまったく為す術がないんじゃないかと。当時、まだ何者でもなかった、娯楽や芸術をひたすら好きだった自分でも絶望してしまったんです。
ーーあの事件は映画業界にとってもショックでした。
平波 それから表現がどれだけ現実に対して、抗えるのかということを考えるようになりました。生活のため働くことにまったく否定的ではないんですが、このまま働いて生きていくのもありだけど、自分で表現というものをしてみたいと強く思うようになりました。それからしばらくして上京し、映画の道を志しました。
ーーそして、ENBUゼミナールに入学されます。
平波 映画美学校に入りたかったんですが、当時の美学校は大人気で、書類選考で落ちたんです。他の学校を探していて、そのときのENBUは熊切和嘉監督とか山下敦弘監督が講師を務めるということで。彼らのような日本映画の新世代みたいな波が来てたときだったこともあり、ENBUに行こうと。
ーーENBUでの印象的な学びはありましたか。
平波 熊切さんが選任講師だったんですけど、とにかくひたすら授業のあとにお酒を飲みに行ってましたね。熊切さんの映画への愛の深さが半端ないなと。お酒を飲んだりしながら、映画愛を吐き出し合うみたいな。そういうことが作品づくりにおいて、表現の仕方に関する変なリミッターというかブレーキが外されていく感覚がありました。映画ってこんなに面白いんだぜ、みたいなことを間接的に教わった気がします。
ーー平波監督は以前、インディーズ映画祭・映画太郎を主宰されていました。ENBUでの学びを経て、今度は平波監督が映画の面白さを人々に伝えていったということでしょうか。
平波 2010年に、今泉力哉監督とか仲のよかった監督仲間たちがいて、その年にちょうど、ぴあフィルムフェスティバルに皆が出して、全員落ちたんですよ。じゃあ、自分らで映画祭をやろうよ、と。それが始まりでしたね。回を重ねるごとに大きくなって、濱口竜介監督や三宅唱監督の作品も上映させてもらって。気がついたら、映画太郎は日本のインディーズ映画の作家を網羅しなきゃいけないんじゃないか、みたいにどんどん膨れ上がっていって。さすがにそれはしんどいなと(笑)。
ーーいまは映画祭も増えて、映画監督も年々増えてますし、全部をカバーするのは難しいですよね。
平波 でも、いつかまたやりたいとは思っています。
ーー作品を作られる際、こだわっているテーマはありますか?
平波 その時々で撮りたいテーマやジャンルは変わってきます。前に作った作品の反動も大きくて。だから『餓鬼が笑う』のあとに『サーチライト』を作れたのもすごい、いい反動でした。ホラーとかも好きなので、チャレンジしたいとは思ってるんですけど、意外と自分で立てた企画で脚本を書くと、どうしても真面目なほうに逃げちゃうんです。ジャンルというか、ホラー愛みたいな作品を最後に撮ったのが十年以上前で、年齢的にも自主で映画を撮ることのフットワークというのが、年々重くなっています。ワークショップから派生した作品づくりとか、MOOSIC LABとかで声をかけていだいて、ここ数年は作品を作らせてもらっていますが、そろそろ自分発信でオリジナルをやりたいなと考えているんです。
ーー今後のご活躍も期待しております。本日はありがとうございました。

平波亘監督

『サーチライト-遊星散歩-』は、2023年10月14日より、東京・新宿ケイズシネマ他にて全国公開。【本文敬称略】
©「サーチライト-遊星散歩-」製作委員会
(取材・文:後藤健児)

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