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【公開目前・監督インタビュー】禍々しくも美しいフォークホラー『ナイトサイレン/呪縛』が8月2日より公開。スロバキア社会の変遷を見続けてきたテレザ・ヌヴォトヴァ監督が現代のヨーロッパに残る魔女信仰や洗脳の恐怖について語った

タイトル写真:『ナイトサイレン/呪縛』より
取材・文 後藤健児

 中欧から現代の魔女狩り映画がやってきた。ドキュメンタリー作家として、キリスト教カルトに迫った『Take it Jeazy!(原題)』(2008)や、スロバキアの首相ウラジミール・メチカルによる権威主義的な社会の恐ろしさを記録した『THE LUST FOR POWER(原題)』(2017)など、特殊な社会状況下での人心の変容を見つめてきた、(当時の)チェコスロバキア出身監督テレザ・ヌヴォトヴァ。『Filthy(原題)』(2017)に続く、フィクションの長編2作目に選んだのはフォークホラーだった。

『ナイトサイレン/呪縛』ポスタービジュアル

 最新作『ナイトサイレン/呪縛』は魔女伝説にまつわる物語。人里離れた村で暮らす少女シャロータは母親からの虐待を受けていた。ある日、シャロータは意を決して逃げ出そうとし、そのあとを妹のタマラがついてくる。森の中に逃げ込んだシャロータだが、そこで悲劇的な事故に遭ってしまう。20年後、シャロータはある出来事をきっかけに村へ戻ってくるも、古くからの因習にとらわれた村民たちは彼女のことを忌み嫌い、魔女と疑う者すらいた。シャロータが過去のトラウマと対峙する中、彼女の帰還により村には不穏な空気が漂っていく。そして、夏至祭の日にそれぞれの感情は臨界点に達する……。

呪われた村から逃げ出したことが悲劇の始まりだった

 声高に叫ばれて求められる寛容さとは裏腹に、マイノリティや外国人へのヘイト感情、差別、集団ヒステリーが蔓延する現代社会において、排他的な村を舞台にひとりの女性が様々な闇と向き合う。古代からの忌まわしい信仰に従う村人たちは狂信者や異常者のように描かれはせず、日々を営む地に足のついた生活感がある中に非科学的な迷信や慣習が違和感なく同居しており、このリアリティを獲得できたのはドキュメンタリー出身監督ゆえだろう。ビリビリと地鳴りのように響き続ける不穏なBGMは登場人物たちが追い詰められていく精神状態を表出しており、ニューロティックな恐怖も感じさせる。同じく夏至祭が重要な要素となる、アリ・アスターの『ミッドサマー』で再注目されたフォークホラーだが、『ウィッカーマン』や『ウィッチ』などの英米フォークホラーとはひと味違う、中央ヨーロッパならではの地理的環境や極右政権の台頭などの社会情勢を背景とした陰鬱なホラーが誕生した。
 今回、3本目の長編劇映画を撮り終えたばかりのテレザ・ヌヴォトヴァ監督にオンラインインタビューを行い、自身が過ごしたスロバキアでの、キリスト教カルトや政権による洗脳の恐怖の話も交えて、話をうかがった。

テレザ・ヌヴォトヴァ監督

――本作では、前提としてホラーをやりたかったのか、もしくはテーマを描く上で結果としてホラーになったのか、どちらでしょうか。
ヌヴォトヴァ この作品が完全にホラーと言うのも難しく、ミステリーなのかホラーなのかとよく聞かれますが、私は自由に表現をしたかった。とは言いつつも、確かにホラーの要素を入れました。社会問題を問いかけるホラーが好きですね。ホラーは効果的なジャンルで、より大きなパレットで美しく物事を伝えられます。
――過去にはドキュメンタリー作品を多く手掛けられてきましたが、その経験がフィクション作品に活かせたことはございますか?
ヌヴォトヴァ 俳優ではない一般の人と仕事をするのも好きなんです。フィクションとして作り込むにあたっても、リアリティをバックボーンにしています。本作には魔女を扱ったファンタジーの膜がありますけど、信憑性を持たせたかった。ハンドヘルドカメラを使いましたし、村人役には実際にあそこの村に住んでいる人もいらっしゃる。村の風習や生活様式、伝統についてのリサーチもたくさんしました。だからドキュメンタリー的な要素もあったと思います。ドキュメンタリーとしてのキャリアで経験したテクニックを活かせましたし、自分が映画を作るにあたり、自由度を広げてくれました。

リアリティを重視した村のディティールにも注目

――『Take it Jeasy!』はキリスト教カルトに迫るドキュメンタリーでした。信仰の力や危険性というテーマには強いこだわりがあるのでしょうか。
ヌヴォトヴァ ”洗脳”に関することを描きたいと思いました。『Take it Jeasy!』はキリスト教カルトの話でしたが、もう1本の私のドキュメンタリー作品『THE LUST FOR POWER』はスロバキアの首相(ウラジミール・メチアル)の話で、彼はカルトのリーダーのように人の心を巧みに操る人物でした。洗脳は人心を掌握することで力を得ていく部分があります。洗脳されている人たちには自分のためだと思わせておいて、洗脳する側には他の意図があり、それに気づかれずに操る。誰かに朝から夜まで操作されているかもしれない、それは怖いことです。私の物語は、外から操られている状況に抗い、本当の自分や真実を見つけ、それによって社会の中にいても自由でいられるようになることを描いています。

目を背けていた真実と対峙するシャロータ(演:ナタリア・ジェルマーニ)

-ー抜毛症(トリコチロマニア)を取り入れた強い意図はございますか? 患者のほとんどが女性であったりと、本作での”魔女”というテーマと重なるように思えました。
ヌヴォトヴァ シャロータの場合は子供の頃のトラウマが肉体的に出てきたもの。心の中で傷ついた部分が外に出てくることで自傷行為に及ぶことがあり、シャロータも自分は世界で一番悪い人間だと思っている。それで自分を罰するために、髪を抜くという自傷行為に及んでいます。それが映画に取り入れた理由のひとつ。もうひとつは、髪や髪形は女性と関連が強いということ。髪の毛は女性らしさを表す重要な要素だと思います。自分であえて坊主にすることもありますが、病気でなくなった場合は非常に恥じて自分が女じゃなくなったように感じる人が結構いらっしゃると思うんです。シャロータは髪の毛がないことで、村人から彼女は人間じゃない、女ではない、尊重するに値しないと思われてしまう。魔女というのは、身体的に他の人と違うところを見られて魔女とされる場合が多いんです。
――『Filthy』では傷ついた女性が自身と向き合い、成長する様子や女性同士の絆が描かれましたが、本作でも同様の要素があります。この辺りはご自身にとって、追求しているテーマでしょうか。
ヌヴォトヴァ 『Filthy』は17歳の女の子が自宅で教師にレイプされてしまう話です。彼女にとって衝撃的な出来事で突然に自分の人生が変わってしまう。レイプされたことをずっと人に言えず沈黙したままで彼女がどうなるのかを描きました。突如、人生や存在すら変わってしまう出来事が起こることをわからない人もいるんだと思い、あの映画を作りました。『ナイトサイレン/呪縛』でも女性同士のつながりを描いています。彼女たちが社会的な抑圧から解き放たれて自由になるには、人と人との絆や相互理解が重要です。ただ、3本目の長編映画をちょうど撮り終えたところなんですけど、それは父親である男性と奥さんの関係を描きました。女性同士の絆に固執しているわけではありませんが、『Filthy』と今回に関しては女性の社会での立ち位置と、そこから一歩を踏み出すことについて探求しました。

破滅の村で寄り添う魂たち

――近年Me too運動に代表される、女性への暴力や差別などに関する問題提起が続いています。ご自身の周囲でも変わりつつある状況はありますか?
ヌヴォトヴァ 変化は起きていますが、非常にゆっくりしたものです。スロバキアの場合、メディアやSNSで見られるMe too運動とは違い、現状維持の部分が非常に強い。”これが普通だ”と思われている部分を変えることは難しい。意見を主張する人もおりますけど、他国に比べればもっと静かです。性暴力に関してもなかなか声をあげられません。私の知り合いでも性的に不利益を被った人がいますが、言葉にしても自分の助けにはならなくて、他者に何か言われて自分の状況が悪化するだけ、という状況にあります。また、キリスト教の教会がフェミニストのムーブメントを神に反することだと言い始めています。それと、スロバキアで昨年に選挙があり、勝った政党が映画に助成金を出すフィルムファンドを掌握してしまったんです。私は保守派の作品を作ってませんし、政治的な意見も保守派の人たちとは違うので、これから私はフィルムファンドに助成をしてもらえることはなくなると思います。3本目の映画を撮り終えたと申し上げましたけど、これはスロバキアでの私の最後の映画になって、次のプロジェクトはどこか他の国で撮らなければいけないんじゃないかと考えています。
――難しい状況のようですね。少しでも事態が好転することを願っています。それでは、最後の質問となります。好きな日本の映画がございましたら、教えていただけますか。
ヌヴォトヴァ 宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』、それに是枝裕和監督の『怪物』も好きです。
――どちらも閉ざされた共同体の中で、幼い者や虐げられた者が自分を見つけようとする物語ですね。『ナイトサイレン/呪縛』と通じるものがあるように思えます。本日はありがとうございました。ヌヴォトヴァ監督作の日本での劇場初公開の成功を祈っております。【本文敬称略】

『ナイトサイレン/呪縛』
2024年8月2日より、ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、シネマート新宿、他全国公開。
2022年/スロヴァキア、チェコ共和国
監督:テレザ・ヌヴォトヴァ/出演:ナタリア・ジェルマーニ、エヴァ・モーレス、ノエル・ツツォル、ジュリアナ・ブルトフスカ/配給:OSOREZONE、エクストリーム ©BFILM s.r.o., moloko film s.r.o., Rozhlas a televízia Slovenska 2022

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