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秘境の村での教育を描く感動作、「愛がなんだ」監督の新作など今週のオススメ 良作映画を紹介【次に見るなら、この映画】4月3日編

 毎週土曜日にオススメ映画をレビュー。

 今週は、都会から来た若い教師と村の子どもたちの交流を描いたブータン映画、「愛がなんだ」の今泉力哉監督による恋愛群像劇、ボクシングに情熱を燃やす挑戦者たちの熱い生き様を描いた作品の3本です。

①ヒマラヤ山脈の標高4800メートルにある実在の村ルナナを舞台にした「ブータン 山の教室」(公開中)

②挑戦者を象徴する“ブルーコーナー”で戦い続ける者たちの生きざまを映す「BLUE ブルー」(4月9日公開)

③下北沢を舞台に1人の青年と4人の女性たちの出会いを描く「街の上で」(4月9日公開)

 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!

◇映画に癒される体験。秘境ブータンの自然が、人々が素晴らしい(文:駒井尚文)

「ブータン 山の教室」(公開中)

 非常に珍しいブータンの映画です。ブータンは、ヒマラヤ山脈を望む山岳地帯にある、人口70万人ほどの小さな国です。国王が、GDPやGNPではなく、GNH(Gross National Happiness・国民総幸福量)が大事なんだと提唱し、国外には「世界一幸せな国ブータン」とアピールするなど、とてもユニークな国です。

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 私も一度だけブータンを訪れたことがありますが、人々はみな民族衣装なのに、英語をとても流ちょうに話すというギャップに大変驚きました。

 主人公は、そんなブータンの首都ティンプーで教職課程を学ぶ青年。彼は、オーストラリアに移住する夢を持ち、教職そっちのけで毎晩クラブ通いの日々。勉強もイヤになってドロップアウトしていたところ、当局に呼び出され、山間の村に教育実習に行くよう命じられます。その村は、首都からバスで半日、そこからさらに徒歩で6日間かかるというもの凄い僻地。

 観客はまず、この徒歩と荷物運びのヤクによるトレッキングのような旅に癒されます。山の絶景、谷の絶景、動物たち。ブータンは実に風光明媚なところです。そして旅の後は、人々とのふれあいに癒されるのです。

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 人口が56人しかいない寒村で、青年は温かく迎えられ、どんどん人々の中に溶け込んでいきます。「世界ウルルン滞在記」を彷彿とさせますが、そこまでベタじゃない感じがグッド。とにかく、ブータンの自然が、人々が素晴らしい。特に子どもたちの表情がみな素敵ですね。この国には、悪人とか犯罪という概念すら存在しないかのようです。貧しいけれど、ここは「世界一幸せな国」なんだと映像が語っています。

 ストーリーのコアには「歌」と「歌声」が据えられています。山がちな村に、広大な風景が組み合わさると、心の底から自然と歌が湧いてくる。人々は歌声で時を伝え、気持ちを伝え、歌詞を次の世代に繋ぎます。大昔、日本にもこういう村や、こういう文化があったんだろうな、とある種の懐かしさがこみ上げます。そう、山の多い国土に住む日本人だから共感を覚えやすい。

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 海外旅行もままならない時期、是非、この映画でアジア屈指の秘境を旅し、絶景と、そこに暮らす素敵な人々にふれてみてください。


◇敗れ去った者の背中は、時として美しい 吉田恵輔監督が紡いだボクサーたちへの賛歌(文:岡田寛司)

「BLUE ブルー」(4月9日公開)

 ボクシング映画というジャンルに相対する時、無意識のうちに、こんなことを期待していたのかもしれない。それは高揚感を誘う「再起」。リングへと沈んだ者たちが、血反吐を吐きながらも這い上がる。その姿は確かに美しく、心に響くものだ。吉田恵輔監督が描出した拳闘の世界は、その期待には安易に応じず、挑戦者たちの人生を泥臭く肯定していく。

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 本作で描かれるのは、挑戦者を象徴する“ブルーコーナー”で戦い続ける者たちの生きざまだ。誰よりも努力し情熱を注ぐも、負け続ける瓜田信人(松山ケンイチ)、抜群の才能とセンスを持つ小川一樹(東出昌大)、恋心をきっかけに“ボクシング風”を会得しようとする楢崎剛(柄本時生)、そして彼らを見つめるヒロインの天野千佳(木村文乃)。吉田監督が構想8年をかけて完成させた物語は、観客にシビアな現実を突きつける。強者は勝つ、弱者は負ける――そこには、神の心付けのような“奇跡”は生じない。

 吉田監督は、中学生の頃から現在に至るまで、30年近くもボクシングを続けている。そのキャリアを持って、本作では殺陣指導も兼任。一朝一夕では身に付くことのない視点によって「本物の試合」を完成させた。無論、俳優陣の後押しもあってこその結実だろう。2年という歳月をかけ“佇まい”を本物に近づけた松山、“代償”に揺れるさまを見事に体現した東出、吉田作品ならではのコミカルさも引き受けつつ“ボクシングに魅了される”という過程を示した柄本の存在抜きにしては、成し得なかったはずだ。

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 「何箇所もジムを渡り歩き、沢山のボクサーと出会い、見送っていきました。そんな自分だからこそ描ける、名もなきボクサー達に花束を渡すような作品」とコメントを寄せていた吉田監督。30年という歳月の中、幾度となく訪れたであろう「見送り」の機会。そこには「再起」のようなドラマティックさは少なかったのかもしれない。だが、振り返りもせず敗れ去った者の背中は、時として美しく、他者に影響を与える。劇中で描く“思いの伝播”もさることながら、吉田監督が「BLUE ブルー」を世に放ったという事実も例に漏れず、ということだ。

 だからこそ、ラストショットが胸を打つ。吉田監督は、完成報告会の場で「僕のラブレターが詰まっている映画」と言い表してみせた。その思いは、瓜田が自然にとった“ある動作”に集約されているかのようだ。勝者も敗者も、リングに留まった者も、そして去った者も「ボクシングと向き合っていた」という事実は変わらない。ひとりでも多くの“見送られた者たち”に、この結末を目撃してほしい――鑑賞後、心からそう願っていた。

◇今泉監督流の間と笑いが下北沢に馴染む恋愛劇。約1年の公開延期で深みも増した(文:高森郁哉)

「街の上で」(4月9日公開)

 「好き」という感情は、理屈じゃないと改めて思う。人に対しても、街に対しても。どちらも変化し移ろいやすいからこそ、大切な誰かと特別な場所で過ごす日々が愛おしいのだろう。

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 今泉力哉監督が共同脚本も兼ねた「街の上で」を端的に言うなら、下北沢で暮らす青年と、それぞれに恋愛事情を抱える4人の女性たちをめぐる物語だ。元ミュージシャンで今は古着屋で働く青(若葉竜也)は、初めてできた彼女の雪(穂志もえか)から一方的に振られてしまう。美大生で自主映画監督の町子(萩原みのり)は青に出演を依頼する。古書店員の冬子(古川琴音)は青の演技の練習に付き合う。映画の衣装係・イハ(中田青渚)は、撮影が終わった晩に青を自宅へ招く。登場人物の職場や属性に音楽、文学、映画、ファッションといった要素を振り分け、彼らの日常を追うことでサブカルの街・下北沢の魅力をさりげなく多面的に紹介する仕掛けになっている。

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 撮影日の翌朝に訪れる、監督曰く「登場人物たちが4、5人集まって路上でわちゃわちゃするシーン」は、こんがらがった恋愛模様を描かせたら当代随一の今泉監督らしい名場面で爆笑必至だが、意外にもシナリオ段階で今泉が削ろうとしたのを、共同脚本を務めた漫画家の大橋裕之が止めたという。創作の難しさをうかがわせると同時に、共同作業の妙味を伝える逸話でもある。青とイハの恋バナから恋愛論・友達論に至る対話を真横からほぼ固定で撮影した9分超の長回しや、警官が職質から入って悩み相談めいた自分語りを始めるシーンなどでの、カットをまったく割らないか極力控えて独特の間をじっくり見せる演劇的な絵作りは、下北沢の小劇場文化に対する映画人からのリスペクトだろうか。

 小田急線の地下化に伴い再開発が進む下北沢駅周辺の2019年の姿を背景に写し込んだ本作の公開は、当初予定の昨年5月から今年4月9日に延期された。この間に主要キャスト5人は進境著しく、俳優各個人の精進の賜物であるのは言うまでもないが、今泉監督のキャスティング眼の確かさと、役者の持ち味を引き出し才能を伸ばす力量を裏付ける格好にもなった。

 2021年の春に本作を観ると、ライブハウスや映画館へ気兼ねなく出かけたり、訪れた店で店員や居合わせた客と仲良くなったり、飲み会の後に誰かの部屋に流れてとりとめなく語らったりといった、コロナ前は当然のようにあったささやかな楽しみが、昨年以降ずいぶんハードルが上がってしまったと痛感するし、それが作品のノスタルジックな味わいを深めてもいる。とはいえ、哀愁に暮れる必要はない。困難な時期も自然体でやり過ごせば、愛おしくかけがえのない日常がきっと戻ってくることを映画は教えてくれる。


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