慣れ親しんだスパイクやペンは確かに調子がよくて、それでなくっちゃダメだと思える。とはいえそもそもスパイクが筆記具が足に手に馴染んだ所で、ボールや文章が意のままに操れる訳でもない。
(乗代雄介 ミックエイヴォリーのアンダーパンツ)

不思議なことに、今年のほうがいろいろ忙しかった気がするのに、テスト勉強は去年よりもずっと集中できたんだ。時間の使い方が上手くなったのかもしれないね。分からなかったことを、すぐにみんなに聞いたことと、授業だけは真面目に聞いていたのが良かったのかも。カレン女学院に入学した妹のぽっぷが、毎日家で熱心にピアノの練習をしていることにも、刺激を受けたのかな。ま、ぽっぷには言わないけどね。あたしはなんでも突っ走ってばかりだけど、勉強だけは落ち着いて取り組むことにした。それに、親友達はそれぞれが勉強以外の分野で、すっごい努力してるんだよ。将来の夢もハッキリ決まっていないあたしだならこそ、今できることを頑張らなきゃって思うよ。まあ、本当はもっといい点が取れてたはず....なんだけどね。
(『おジャ魔女どれみ16 TUNING POINT 』p188-189)

11時ごろ、キンダイチ君の部屋に行ってフタバテイ氏の死について語った。友はフタバテイ氏が文学をきらい____文土といわれることを嫌いだったというのが解されないと言う。あわれなるこの友には人生の深い憧憬と苦痛とはわからないのだ。予は心にたえられぬさびしさを抱いてこの部屋に帰った。ついに人は全体を知られることが難い。要するに人と人との交際はうわべばかりだ。
たがいに知り尽くしていると思う友の、ついにわが底の悩みと苦しみを知りえないと知った時のやるせなさ!別々だ、ひとりびとりだ!そう思って予は言いがたき悲しみをおぼえた。予はフタバテイ氏の死ぬときの心を想像することができる。
(石川啄木『ROMAZI NIKKI』p217)

8月9日附お手紙ありがたく拝見いたしました。あなたはいよいよご元気やうで実に何よりです。私もお蔭で大分癒っては居りますが、どうも今度は前とちがってラッセル音容易に除こらず、咳が始まると仕事も何も手につかずまる二時間も続いたり、或は夜中胸がぴうぴう鳴って眠られなかったり、仲々もう全い健康は得られそうもありません。けれども咳のないときはとにかく人並に机に座って切れ切れながら七八時間は何かしてゐられるやうなりました。あなたがいろいろ想ひ出して書かれたやうなことは最早二度と出来さうもありませんがそれに代ることはきっとやる積りで毎日やっきとなって居ります。しかも心持ばかり焦ってつまづいてばかりゐるやうな訳です。私のかういふ惨めな失敗はたゞもう今日の時代一般の巨きな病、「慢」といふものの一支流に過って身を加へたことに原因します。僅かばかりの才能とか、器量とか、身分とか財産とかいふものが何かじぶんのからだについたものででもあるかと思ひ、自分の仕事を卑しみ、同輩を嘲り、いまにどこからかじぶんを所謂社会の高みへ引き上げに来るものがあるやうに思ひ、空想をのみ生活して却って完全な現在の生活をば味わふこともせず、幾年かが空しく過ぎて漸く自分の築いてゐた蜃気楼の消えるのを見ては、たゞもう人を怒り世間を憤り従って師友を失ひ憂悶病を得るといったやうな順序です。あなたは賢いしかういふ過りはなさらないでせうが、しかしなんといっても時代が時代ですから充分にご戒心下さい。風のなかを自由にあるけるとか、はっきりとした声で何時間でも話ができるとか、自分の兄弟のために何円かを手伝へるとかいふやうなことはできないものから見れば神の業にも均しいものです。そんなことはもう人間の当然の権利だなどといふやうな考では、本気に観察した世界の実際と余り遠いものです。どうか今のご生活を大切にお護り下さい。上のそらでなしに、しっかり落ちついて、一時の感激や興奮を避け、楽しめるものは楽しみ、苦しまなければならないものは苦しんで生きて行きませう。いろいろ生意気なことを書きました。病苦に免じて赦して下さい。それでも今年は心配したやうでなしに、作も良くて実にお互心強いではありませんか。また書きます。
(昭和八年九月二十二日 柳原昌悦宛て※一部表記変えあり)

そうなのです。「完全な現在の生活を味わわない」者として、「過去」にあったものを味わい、考え尽くし、「銀河鉄道の夜」を書いた作家でさえ、そうなのです。何がそうなのですなのか、はっきりと言えませんが、そうなのです。そうなのです。、と僕は繰り返すほかない。あなたが「物言わぬ読者」であれば、わかってもらえると思います。リツイートもブックマークもしなくてよいですから。完璧を目指すとはこういうことです。
完璧の末路をうすうす知りながら引き寄せられ、「本気に観察した世界」の中で、「全世界を異郷に思う者」として、その通りの末路をたどる。
「空想をのみ生活して却って完全な現在の生活をば味わふこともせず」という箇所があります。「どうか今のご生活を大切にお護り下さい」というところもある。それだけが「ほんたうの幸い」だと賢治は考えています。
(乗代雄介 ミックエイヴォリーのアンダーパンツ)  

肩と目が疲れました。、

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