赤心部隊の第五

  • 題名 : 赤心部隊の第五

  • タイプ : イグBFC4強襲型

  • 積載上限 : 原稿用紙6枚

  • フィクションです


第1部 赤心報国

 ライトノベルは終わった。『パワー・アントワネットと近世パワー型君主の黄昏』散逸ロスト。『筋肉の神マッスルvs.記憶の人フネス』散逸ロスト。『生ポアニキ 死神永生篇』封鎖クローズ。潜在敵国は通信破壊のリソースをラノベらしき信号に集中させて日本軍の娯楽補給路を寸断する戦術を採りその結果として赤心部隊せきしんぶたいが駐屯する辺境の惑星にはもう情報量倹約娯楽ライトノベルの新作は届かない。超光速時代の国際法に一応の根拠を持つ合法駐屯兵の本分は無人惑星の実効支配すなわち長期間の待機である。極大日本主義という国家精神そして速攻拡張戦略に従って遠方の惑星に送られた兵士の帰属意識を維持するための情報線は限界まで引き延ばされた餅のように弱くなっていた。母語による娯楽の更新すなわち祖国の健在を確信する事ができなくなった彼らの間には禁断の娯楽である薬物や博打とそこから派生する暴力が蔓延し脱走兵が惑星の混乱に拍車をかけた。赤心部隊の誠五号せいごごうは根源日本列島での学校生活や擬似欧州での冒険の記憶を神経系に焼き付けられた第四世代型強化読者だが記憶発火のトリガーとなるラノベそのものを受信できない今、彼の心を糖蜜のような甘さで満たしてくれるのは耳鳴りの波形が変容した妄想の声だけである。わたしは古き飛道具オールド・ソマイ。ゆえにあなたは不名誉な尻穴イグ・アス。カードの暗示は〈五〉。つまり運命の交差点。第五次元は〈永遠〉の次元。時空の隔てを超える四次元縮地の福音。第三交衢こうく作戦をうまくさぼったSF作家への第二銀河帝国からの贈り物。そして妄想は一つの物体をくれた。赤いボタンの付いた小箱である。このボタンを押せば全ての時間がおしまいになります。自由はあなたの手の中にあります。そんなもん一生押すわと誠五号は応えた。名誉と不名誉の定義連鎖すなわち正史を延長させることしか考えられない国家精神。通信情報量ギガの値段をどこまでも釣り上げていく独占企業。仮初めの秩序を押し付けるIP封鎖機構。全てが木端こっぱになる。最高の報復だ。ボタンは確かな手応えを返し宇宙の中心で五次元站樁ごじげんたんとうの均衡が乱れた。

第2部 疑心暗鬼

 戦争は変わった。兵士や弾薬の多寡ではない。地勢や資源の出目でもない。人の形をしたもの全てに突如としてアクセス権が与えられた五次元筋肉による四次元遠投は三次元の隔たりを超えて宇宙全域への遠距離攻撃を可能にした。ついに狩人が狩られる夜が来た。飛ぶ矢は殺す。撃たなければ撃たれる。もしもぼくらが離れていたらと言う間もなく撃ち合った潜宙艦〈ゼルダ〉と対潜艦〈スコット〉の相互破壊を契機に列国は互いに互いを攻撃し合い独占企業に対しては投石民主主義が猛威を振るった。誰もが第五次元に大量の筋肉を隠している。完全な絶望は人類には不可能だが絶望率が五十%を超えると推定される個体は珍しくない。そうした個体が異次元の力を持てば人間秩序の崩壊はそこから始まる。そう考えるIP封鎖機構内の通戦会つまり〈通り魔の戦力を削減する会〉のさらに先手を打つべく危険因子は正当防衛の旅に出た。宇宙の各所で次々と地獄の門が破壊された。全ての命に対する罪により地獄惑星に幽閉されていたS級戦犯達は与えられた永劫の苦痛を無限の鍛錬と解釈し反撃の牙を研いでいた。強固な精神を有する囚人達にとってはもう宇宙の全ての生命体が獄卒すなわち打倒するべき対象であり解き放たれた彼らの遠投には容赦が無かった。そして宇宙の可能性の中心部では最古の銀河帝国に地獄のインスピレーションを与えた真の地獄が動き出していた。

第3部 井上陽水

 〈それ〉は巨大な井上陽水としか言いようの無いものだった。もちろん根源日本時代の歌手であった井上陽水その人ではなく巨大な井上陽水であるようにしか見えない何かである。巨大井上陽水は宇宙の可能性の中心部で永らく五次元站樁の状態にあった。右に偏らず左に偏らず前に歪まず後に歪まず未来に怯えず過去に頼らず。浮かず、沈まず、神と人の間で〈内側〉だけが揺らぎ続ける。その五次元的に完全な均衡は誠五号によって乱された。〈方向〉と〈座標〉を得た巨大井上陽水はゆっくりと動き出した。グラサン代わりにしている双子の虚実のブラックホールを指で押し上げてから宇宙最高の名曲『ワインレッドの心』を歌い始めた。第五元素の歌声が届く範囲にある全ての星がブラックホールに吸い込まれ、宇宙を練り歩く井上陽水の移動経路は完全な無になっていく。その進行を止めるべく人類が派遣した再編純文学艦隊による誠一号作戦は失敗に終わった。実体弾もエネルギー兵器もグラサンに阻まれ、失望した市民の遠投テロによって巨大戦艦〈強度〉大破。航宙母艦〈超林秀雄〉大破。特攻旗艦〈芥川〉および護衛艦〈当事者性〉轟沈そしてグラサンが吸収。宇宙の全てが長い坂の絵のフレームに収められていく。〈古き飛道具〉は〈不名誉な尻穴〉にささやいた。双子の虚実のブラックホールは究極の娯楽システムです。宇宙のあらゆる光景つまり名作映画の撮影風景も無名映画の編集工程も含めた全てをからめ取り、引き延ばされた時間の中で刹那の内に消費させます。それが井上陽水の観ている宇宙なのです。断じて許せないと誠五号は憤った。根源日本時代に流行していたという背徳行為についての記憶が発火。あふれる娯楽をもてあまし映画を早送りで観る贅沢三昧への嫉妬と憎悪。赤心部隊には最後まで与えられることの無かった娯楽だ。それを上回る愉楽をいま井上陽水は味わっている。全てを木端にしても全てが木端になるところを見られるわけではない。誠五号は井上陽水のグラサンに五次元の手を伸ばした。届かない。ならば六次元。そして七次元。どこまでも次元を高める誠五号の総身そうみにはやがて火が点き光を放ちブラックホールの中心部へと八万由旬ゆじゅんの落下を愉しむ陰火おにびとなって流れちる無辺際空むへんざいくう

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