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きたかわを読んだ感想

まにお先生による百合漫画『きたない君がいちばんかわいい』および同作品からの公式同人誌2冊の感想や考察などを話そうと思います。最初に読み終えたのは結構前の事ですが、何周か読んでようやく感想を固められたという感じです。単行本や同人誌以外にも特典の小冊子の内容にも触れるのでネタバレに注意です。


まずこの作品についてですが、愛吏とひなこの2人による背徳と愛と性癖に満ち溢れた物語になっています。後述しますが後半には破滅的な要素もあり、それら全ての要素が私に刺さりました。背徳・破滅が好きなジャンルなのはこの作品に触れる少し前に自覚したというのもあって読んでてドキドキしっぱなしでしたね…。また出てくる人達の感情や移り変わってゆく物語の背景がとても丁寧に描かれているので、読むたびに新しい発見があって本当に凄いなと思っています。


この作品は大きく分けると3つの章に分けられると思っています。
最初は2人が秘め事を繰り返していくなかで、仲良くなり秘め事をするようになった経緯や2人の周りの人達との生活が細かく描かれていきます。友達グループもカーストもお互いに異なる2人ですが、それぞれの生活の様子が細かく描かれているおかげで秘密の集会の背徳感が増しています。その秘め事での行為は首締めだったり昆虫食だったり赤ちゃんプレイだったりと多岐に渡っています。性癖詰め合わせなんですよね…とても好きです。結構ハードなプレイにも付き合わされるひなこですが、嫌がりつつも受け入れてるんですよ。というのも初めて愛吏と知り合った時は引っ越したばかりで知り合いも土地勘もなかったんですよね。そうした中ずっと一緒にいてくれる愛吏に半ば依存する形になったしどんな要求も受け入れるようになったのかなと思っています。嗜虐的な趣味を持つ愛吏ですが、ひなこのへそにピアスを開けた時は上手くいかなくて焦り、無事にピアスを付けられた後はぐったりしている事からひなこの事を大事に思っているようにも見えますね。

次に秘め事の露呈とそれによる愛吏の孤立が描かれていきます。連絡アプリを通じてクラス中に写真がばら撒かれたのですが、友人が少ないかついじめの被害者に見える(行為を受け入れていたのは確かですが)ひなこに対してカースト上位にいて加害者に見える愛吏が失うものがあまりにも大きく、1人の人間が社会的地位を失うのがとてもリアルで他人事とは思えないような気持ちで読んでました。直前まで愛吏は自分が属するグループで1日中楽しく遊んでいたので日常が唐突に終わってしまう感じがありありと伝わってきました。そして露呈してからも何とかして周りの信頼を回復させようとする愛吏の行動は何もかも空回りしていて、共感出来すぎて辛かったですね…。またそれに伴う周りの人達の悪意が凄くリアルでした。自分達とは違う異質な存在だから攻撃しても良いという思考はいじめに通ずるものがあります。ばら撒かれた写真はいじめにしか見えなかったというのも悪意に拍車をかけたのかなと思えますね。

そこから愛吏の孤立の深まりとひなこへの依存が高まっていく中で破滅への道が見え始めていきます。愛吏は今まで築き上げてきた人間関係や信頼を全て失って部屋に引きこもるようになったんですが、ひなこにとってこの状況は愛吏を独り占めする絶好の機会だったんですよね。ひなこは自身の好意を拒否する愛吏に対してあることないことを言って孤独に追い込んでいるのですが、よく考えるとひなこの性格的にあまりしなさそうな事を平然とやってるんですよね。愛吏からの虐待を受ける内に愛が歪んだのか、あるいは元々そういう性格でそれが表に出てきただけなのかは分からないですが…私は前者だと良いなと思ってます。愛吏はひなこしか頼れる人がいなくなって半ば依存の関係のまま話が進んでいきます。ただ好意ではなく依存なので部屋で行われる数々の行為も内心拒絶しながら付き合ってました。ただ本当に嫌な相手なら本気で拒否した気がしますし、後述する同人誌の内容からもある程度はひなこに対して特別な感情があったのかな…と私は思っています。そして色んな行為の中でひなこが愛吏の髪を切る場面が1番印象的でした。伸ばしていた髪をバッサリ切られて「軽くなった」と言っていますが、今まで他者からの評価や期待に応えるように生きてきた愛吏にとって伸ばした髪は自分の中で大きな意味を持っていたんだなと思います。自分より他人からの評価を優先するとどこかで全て失ってしまう、そんな気がしています。

愛吏の孤独を決定的なものにしたのは一叶です。学校に来なくなった愛吏と連絡をとって信頼を得るのですが、心配ではなく好奇心で動いていた為結果として裏切る形になり、その時の愛吏の心境は想像に難くないですね。こんな状態で上げて落とされたらもう誰も信用出来なくなりますよね…。本性を晒すのがちょっと早いなと思いましたが、距離を探りつつ面白いものに近付くといった経験は今まで無かったでしょうし上手くいかないのは当然かもしれません。愛吏からの「秘め事を晒したのは一叶なのか」という質問に対して黙秘したのが少し謎に思いましたが…正直に答えても信じて貰えるかは怪しいですしどう答えても結果は変わらなかったでしょうね…。

その後2人は旅行…というより逃避行に出かけるわけですが、2人の気持ちのズレがここからだんだん大きくなっていきます。ひなこと違って愛吏は最初から帰る気が無かったんですよね。序盤、中盤とはまた違う距離感で進んでいくのがものすごく不穏で何度読み返してもドキドキしてしまいます。表面上は楽しそうですがふとした瞬間に破滅の兆しが見えるのでそういった見せ方に引き込まれました。愛吏の提案で冬の海で2人で一緒に死のうとする描写があり、愛吏は自分から死ぬ勇気はないだろう、というのをひなこが理解してたのが辛かったですね。こんなこと言うのも何ですが、死にたいのに死ぬ勇気が出ないというのはめちゃくちゃ共感出来るんですよ…。愛吏は作中で「死にたい」と何度も言っていますが、彼女の場合自殺願望というより破滅願望というのが正しい気がしますね。

不安と絶望に呑まれた愛吏はついに死ぬ事を決めるんですが、それを自分の事をずっと好きでいてくれるひなこに託すというのがとても印象的でした。決意する直前に今までのひなことの思い出を振り返り、そしてシャワーを浴びて戻ってきます。初めて読んだ時は分からなかったんですが、読み直した時にこの場面は走馬灯を見て死ぬ為に身を清める行為だったんだなと気付きました。愛吏は自分達を『永遠』にする事を願いますが、その抽象的な言葉だけでひなこは自分に求められてる事を理解したんですよね。明確に言葉で伝えなくても通じ合える程2人は密接な関係にあり、そしてその時にはもう取り返しがつかなくなってました。ひなこは愛吏のことを独り占めする事を願っていたけど、秘め事をしていた時みたいに明るい愛吏にも戻ってほしかったんですよね。滅茶苦茶になった気持ちのまま愛吏の首を締めていってて、愛と憎しみのままに人を殺すってこんな感じなんだろうな…と思いました。愛吏は自分の首を絞めながら泣き続けるひなこを見て(きれい…)と思うんですが、今まできたない姿のひなこをずっと見てきた愛吏の最後の言葉が『きれい』なんですよね。でもその言葉はひなこに届くことがなかったという。愛吏らしくはありますがとても切ないですね…。ひなこの「いかないで」という言葉がいまだに私に刺さり続けていますし抜ける事はないでしょう。そして動かなくなった愛吏を背負って行き先もなく外に出たひなこですが、公園に着いたところで力尽きてしまいます。行く先もなく歩いていましたが、愛吏を死なせてしまった時点でこの世界にいる理由が無くなったんでしょうね。本当に愛吏のことを愛していたんだなって思います。そして寒さで意識を失う直前にひなこが見た幻覚(あるいは走馬灯)なんですが、暖かい世界の中愛吏に手を取られて歩いていくんですよね。ひなこの本当の願いが表れていたのかなと思いましたし、最後に見る夢が幸せなもので良かったなとも思いました。ちなみに第9話の扉絵にて夏の海辺で2人が背を向けて立ってて、読み直した時に気付いて息が詰まりました。もしかしたらその時にはもう2人の結末は決まっていたのかもですね。

という感じの物語でした。2人の気持ちに最初から最後まで共感出来すぎて辛かったですね。後も先も無くなって破滅願望だけが残った愛吏と好きな人に対する愛と憎しみでぐちゃぐちゃになったひなこ、それぞれの思いが重なり合った結果の心中が私に深く刺さりました。上手く言葉に出来ないのですが、初めて読み終えた時私は一度死んだんだなって思います。2度目3度目と読む中でようやく2人の結末を見届けることが出来るようになりましたが毎回泣いちゃいますね。悲しさと切なさと同時に羨ましさも出てきて自分の気持ちに整理がつかなくなります。私自身子供の頃からそういった願望があるのは何となく知っていましたが、きたかわを読んでようやく言語化が出来たんですよね。自分の一面を知る機会にもなったのでそういった意味でも本当に良い作品との出会いをしたなと思っています。


次に主人公以外の人物について話します。
松下好美について。悠子の事が好きでひなこと悠子を引きはがす為に秘め事の写真をばら撒くという非合理的な事をしていて、周りのことがよく見えていなかったのかな…という印象を受ける人物です。ひなこの机や靴箱に隠し撮りした写真を置いて遠回りに脅す、という事をしていますが直接会って話をしないと意図がちゃんと伝わらない気がするんですよね。最終目的は2人が秘め事を止める事じゃなくてひなこが悠子から離れる事ですし…。写真をばら撒く行動も、悠子の性格を考えると友達がたとえ異質な事をしていたとしても簡単に切るような人では無いはずなんですよ。なので好美は周りの事どころか好きな人の本質すら見抜けていなかったのかなと思います。悠子の写真に対する反応に怯える好美の場面からもその事が伺えますね。またひなこが他のクラスメイトからのいじめを受けた時に初めて自分の行為の重大さに気付いたのも好美らしいな、と。あまり細かく描かれていないので想像の域を出ないですが、おそらく好美は今まであまり人付き合いというのをした事がなかったでしょうし、一連の行動は経験不足による暴走なのかなと思いますね。驚いたのは、仲良くなったばかりの一叶に自分が写真をばら撒いた事を簡単に明かしてて、またその事を黙っていてほしい等の言葉がなかった事です。後者のくだりは描かれてないだけな気もしますが…どちらにせよバレたらひなこと愛吏の2人ぐらい、下手したらそれ以上にいじめの的になることは少し考えれば分かりそうなものですけどね…。とここまで色々話しましたが、ばら撒く行為に至った心情だけは共感出来る部分があるんですよね。好美が激怒した理由として、悠子がひなこと一緒に遊んだ時の写真を見せられたというのがあります。2人きりで遊びに行ったのは当然許せないことだったでしょうし、自分が用事で行けなかったからひなこを遊び相手に選んだ、つまり悠子にとって自分とひなこは同一の存在だったと見てとれるのも怒れる要因だったのかなと思います。好きな相手からは自分だけを見ていてほしい、というのはかなり共感出来るものがありましたね…。

宮園一叶について。退屈な日常から抜け出して常に何か新しい刺激を追い求め続ける人物です。愛吏のグループで刺激的なことを求めてみんなで色々遊んだり共有したりしますが、メンバーの中でそれらに対して1番冷めている人物でもありました。好美と仲良くなった時に「何も考えてない人かと思ってた」と言われて一瞬止まってから笑う場面がとても印象的でしたね。ある意味本質を突かれたんでしょうね…。学校に来なくなった愛吏と何とかして連絡を取ろうとしたのも好美と仲良くなろうとしたのも全て面白いものを見たいが為なので、この作品で1番自由に生きている気がします。好美と仲良くなり悠子と好美の仲を戻した後に全て壊した時の事を楽しみにしつつタイミングを伺う…といった場面が作中最後の出番になるんですけど、まにお先生曰く「どうやっても一叶はこの物語の主人公にはなれないからあえて続きを描かなかった」という事を言っていてなるほどな、と。一叶はひなこと愛吏の2人を見た上で私も主人公のようになれてるかなと1人思う場面があるので、そう考えると1番一叶が輝くであろう場面が全カットされているのはかなり皮肉が効いてますね…。


最後に特典の小冊子や同人誌の内容について話したいと思います。

単行本第1巻のメロンブックス特典の小冊子について。私がきたかわを知った時にはもう無くなっていて読めなかったのですが、きたかわ最終巻発売記念で1〜5巻全て買うと再配布という形で貰える特典でした。内容ですが、公園で愛吏がひなこを脱がせて全裸で砂遊びさせるというものです。…私が好きなシチュ詰め合わせなんですよね、この話。最高過ぎます。6ページとは思えないほどの内容の濃さで、この為だけに全巻2冊目を買う価値があると思えました。本編でじっくりやってほしい内容ではありましたね。ただ物語の構成上本編に入れるのは難しかった気もしますね…

単行本第5巻の特装版に付く小冊子について。
色んな作家様の支援アートとまにお先生による小漫画が載っています。家で引きこもっていた愛吏がひなこの誕生日の為にケーキを作るといったほのぼのした内容です。ですがひなこの誕生日が7月26日だと明かされていて、物語後半が冬な事を考えるとこの話はifの話なんですよね。温かくて幸せな話だなと読んでたら途中で矛盾に気付きました。最終話を読んだ後に読むと情緒が滅茶苦茶になりますね…最高です(?)

C100にて頒布された同人誌について。タイトルが『Warm summer 』です。最初に情報が出た時タイトル名を見て泣きそうになりました。この同人誌は本編後半とは打って変わって夏にひなこと愛吏で海に出かける暖かい話になってます。愛吏がまだ上位カーストのグループにいた時の話ですね。内容としては、2人で海に出かけて楽しく遊んでいたけど愛吏は段々とトイレに行きたくなってきて…といったものです。後半にひなこが愛吏に放尿プレイをさせるのですが、愛吏が受けに回ってるのでおそらくこの話もifの話なんでしょうね。本編でもひなこが攻めに回ってる場面はありますが、そこだと愛吏が全てを失った状態なんですよね。この同人誌では愛吏が終始楽しそうだったので幸せで良いなと思いました。後あまり関係ない話ですが2人の水着、露出度的に着る方逆じゃない?って思うのですが私だけなんでしょうか…?とはいえひなこは愛吏が好きそうな水着を予想して的中させてるので好きな人に対する理解度が高くて良いなと思いましたね。

C101にて頒布された同人誌について。タイトルは『そういえばそんなこと』です。中学時代の2人を知るクラスメイトの1人が2人の訃報のニュースを見ながら過去を思い出す、といった内容になってます。そのクラスメイトは愛吏がひなこのきたない姿を見たいと思うようになったきっかけであるマラソンでの嘔吐の場面を目撃するんですよね。愛吏の嗜虐趣味に誰よりも早く気付いたわけですが、結局2人とは縁がないまま違う高校に行って疎遠になってしまうんですよね。その後愛吏がひなこに性的ないじめをしていたという噂がそのクラスメイトにも伝わってるんですけど、学校を超えて噂が広まるほどに愛吏は優等生だったのかなと。少し話が変わって前述した内容の話なんですけど、本編にて部屋に引きこもった愛吏がひなこの言葉を聞いて絶望する場面があったんですよ。読んだ当初は愛吏を絶望に落とすためにあることないことを言ったと思っていたんですが、噂が広まっていたのは本当の事だったんですね。そのクラスメイトは愛吏のひなこに対する感情が単なる嗜虐的なものには見えなかったと回想していますが、その事実に辿り着いたのはきっと彼女だけでしょうし今後他の誰かが知ることもないんでしょうね…。またこの話に出てくるニュースで死亡という明確な言葉が使われていて、もしかしたらひなこだけでも生きているかな…というあってなかったような淡い希望は見事に打ち砕かれましたね。流石です。


といったところでしょうか。かなりの長文になってしまいましたが、沢山話す事があるぐらい私に刺さった作品なので本当に出会えて良かったと思ってます。まにお先生の次の作品である『愛したぶんだけ愛してほしいっ!』は今現在連載中で、Twitterで軽く情報を見ただけではありますが私はこの作品を絶対好きになりそうだな…と思っています。単行本が発売されるのを楽しみに待ってます!

最後に、愛吏とひなこの行く末に幸福がありますように、と願いつつ感想を締めくくりたいと思います。

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