見出し画像

王陵璃華子を見ろ。或いはPSYCHO-PASS一期の拗らせた承認欲求担当について

 ――見出し画像:PSYCHO-PASS第9話「楽園の果実」より

 見て!王陵璃華子が絵を描いているよ! かわいいね。

無題

――画像:PSYCHO-PASS第8話「あとは、沈黙。」より

…………

 誰も王陵璃華子のことを見ないので王陵璃華子は■■■になってしまいました。お前らのせいです。あ~あ。

 2019年4月よりフジテレビでアニメ「PSYCHO-PASS」の再放送が始まっ……てからもう一年も経ってしまった……嘘だろ。いや,そんなことより,一年経っても尚ほとんどだれも王陵璃華子の話をしていない。これは由々しき事態だ。このままでは王陵璃華子が■■■になってしまう! 「何になってしまうのか」だと? 虫かな? 虎かな? それは先ず自分の目で確かめてもらえると嬉しい。「PSYCHO-PASS」シリーズは各種サイトで配信中だ。……ということで,以下ではアニメ本編の内容に触れつつ王陵璃華子を■■■にさせないために王陵璃華子のことを見ていこう。ネタバレ注意という意味です。


1 PSYCHO-PASSについての基礎情報

 こんなタイトルの記事を読んで下さるのだ,きっと本編を履修済みの方も多いだろう。あらすじや登場人物の詳細については公式サイトへのリンクに代えさせていただきたい。

PSYCHO-PASS公式ページ https://psycho-pass.com/archive/

 それでもざっくり,王陵璃華子を見るにあたっての要点をまとめると,こう。

”シビュラシステム”によって心の健康度=”犯罪係数”を監視される社会
・犯罪係数が高くなった人間は”潜在犯”として犯罪者扱い
・主人公らは潜在犯を捜査して裁く,刑事兼執行官
槙島聖護(まきしましょうご ラスボス)は犯罪係数が上がらない特異体質
・物語前半で槙島は様々な人間を唆して犯罪に手を染めさせており,王陵璃華子もその一人
・槙島の目的はシビュラシステムに支配された社会へのテロ

 とりあえず上記を押さえておいてもらえれば大丈夫。きっと。多分。


2 王陵璃華子とは? 

 学歴は? 年収は? 彼氏いるの? 調べてみました!
 王陵璃華子は私立桜霜学園の生徒。高名な画家を亡父に持つ美術部の部長。人望が厚く品行方正で才色兼備。全寮制の女子高においてこれが何を意味するのか。
「立てば芍薬,座れば牡丹,歩く姿は百合の花」
つまりそういうこと。高嶺の花でもあったわけです。因みにCVは坂本真綾さん。本当にどうもありがとうございます。

 そんな彼女が黒幕である槙島に唆されて何をしたか。同じ学園の女生徒を誘惑して親密な中になったところで殺害し,その死体を用いて画家である父の作品を模倣したアーティスティックなオブジェを作り白昼堂々街中に展示する……ということを繰り返していた。
 深窓の令嬢,その正体は血も涙もない異常な猟奇殺人鬼,サイコパスだった! 
 ……とはならない。ならないのだ。お前はまだ王陵璃華子を見ていない。それは何故か。

 王陵璃華子は黒幕の槙島に捨てられ無惨な最期を迎えるのだが,実はこの”槙島に捨てられて”というところから彼女が真性の異常者ではない理由を探ることが出来る。そしてようやく王陵璃華子を見ることが出来るのだ。


3 槙島聖護と「サイコパス」

 ここで彼女から一度離れて槙島について詳しく触れねばならない。
 前述のとおり彼の目的はシビュラに支配された社会へのテロ行為である。そしてCVは櫻井孝宏さん。


”僕はね、人は自らの意思に基づいて行動したときのみ、価値を持つと思っている。だから様々な人間に秘めたる意思を問いただし、その行いを観察してきた。” ――第11話「聖者の晩餐」より
”僕は人の魂の輝きが見たい。それが本当に尊いものだと確かめたい。だが己の意思を問うこともせず、ただシビュラの神託のままに生きる人間たちに、はたして価値はあるんだろうか?” ――第11話「聖者の晩餐」より

 いずれも槙島自身の言葉であり,彼の行為とその目的を自ら語っている。似たようなことについて哲学者やらジョージ・オーウェルやらから引用するシーンもあった。格好いい。
 しかし,主人公の一人である狡噛慎也(こうがみしんや)が後に彼をこのように一蹴した。

”いい気になるな! 貴様は特別な人間なんかじゃない。ただ世の中から無視されてきただけのゴミクズだ! たった一人で人の輪を外れて爪弾きにされてきたのが恨めしいんだろう。貴様は孤独に耐えられなかっただけだ。仲間外れは嫌だって泣きわめいてるガキと変わらない!” ――第21話「血の褒賞」より

 そこまで言わんでもええやん。これには流石の槙島もブチギレ。というのも,どうやら図星だったようで「孤独なのは自分に限ったことではない,この社会ではみな孤独だ」と開き直る。人間らしいね。
 槙島の孤独は,シビュラシステム犯罪係数を測定されない特異体質(免罪体質)によるものである。シビュラを基盤にした社会ではあらゆる場面で犯罪係数が生活に関わってくる。そんな中,自分だけがまともに計測されない。ある種の疎外感に苛まれるのも無理はなかろう。
 実際,狡噛は著名な心理学者の助けを得て槙島の心理を分析して上記の「槙島孤独論」に至った,ということになっている。
 つまり,客観的に分析すると槙島の行動は疎外感や孤独に起因しており,その真の目的,無意識レベルの目的は自分と似ている仲間を探すことだったのではないかと考えられる。その裏付けにというか,装着した者を一時的に槙島と同様の免罪体質にするヘルメットが第14話以降に登場するのだが,これも同類や仲間が欲しいという思いの表れのように読めなくもない。きっと読める。
 犯罪係数は過度なストレスを感じたり強い負の感情を抱いたり,また周囲の人間のそれらに晒されたりすることで上昇するようである。怒ったり絶望したり良心の呵責に苛まれたり,そういう人に共感したりすると上昇する。まあ今風に言えば「メンがヘラるとあがる」と思っていい。単なるメンタルつよつよウォーリアではなく,これらと一切無縁な人間が免罪体質=本当のサイコパスなのである。
 サイコパスは,精神医学的には精神病質,心理学では反社会性パーソナリティ―障害などとされる人間のことを指す。主な特徴として良心の著しい欠如や共感能力の低さが挙げられる。「俺サイコパスだから~笑」「私ぃ結構サイコはいってて~」とか言うやつは躊躇も高揚もなく他人の頭に角材をフルスイングしてから言え。

 で。要約すると,槙島聖護は自分と同じサイコパスを探し求めていたのである。


4 本当の王陵璃華子と人々


 先に,王陵璃華子は槙島に見捨てられたと述べたが,槙島が王陵璃華子を見限る決定的なシーンがある。第8話のAパート冒頭である。

画像1

――画像:PSYCHO-PASS第8話「あとは、沈黙。」より

 槙島に,次の作品(死体アート)はどこに展示するのかと問われた王陵璃華子は,なるべく人目につく場所を選ぶとの旨を伝えた。そのあと,返答を聞いた槙島の怪訝そうな表情が窓に映るカットが入る。短いカットだが確かに,意味ありげに入る。ここしかない。このやり取りを以て槙島は王陵璃華子が自分の求めている人物ではないと判断し,失望して見限ったのである。
 サイコパスを(無意識にではあるが)探し求める槙島に捨てられたのだから必然,王陵璃華子サイコパス説は棄却される。P=0だ。王陵璃華子は異常者の類ではない。ヒトを殺して死体アート作って展示までしてるけどサイコパスじゃない。本当か? 本当です。
 それでは王陵璃華子は一体どういうキャラクターとして描かれているのか。第8話,先ほどのやり取りの前にもう一つ,王陵璃華子を見るために重要な会話があるので引用させていただく。同時に,本記事序盤の王陵璃華子とその行動についての記述を是非注意深く読み返していただきたいので,合わせて引用する。スクロール,めんどくさいもんね。

槙島「何故、同じ学園内の生徒ばかりを素材に選んだのかな?」
王陵璃華子「全寮制女子学校というこの学園の教育方針を、槙島先生はどうお考えですか?」
槙島「時代錯誤ではあるが、それ故に希少価値がある、かな(中略)」
王陵璃華子「貞淑さと気品、失われた伝統の美徳。それが桜霜学園の掲げる教育の理念。男子には求められない、女子だけに付加されるプライオリティ。それを刻みつけられた後で私たちは深窓の令嬢というブランド品として出荷され、そして良妻賢母というクラシックな家具を求める殿方に購入される。結婚という体裁でね。この学校にいる生徒は誰もが、淑女という工芸品に加工されるための素材なんです。磨き上げられ完成されるのを待つ原石。悲しく、そして退屈な命ですわ。他に花開くはずの可能性はいくらだってあるのに」
槙島「面白い見解ではある。そこに君の初期衝動があるわけか」
                ――第8話「あとは、沈黙。」より
 王陵璃華子は私立桜霜学園の生徒。高名な画家を亡父に持つ美術部の部長。人望が厚く品行方正で才色兼備。全寮制の女子高においてこれが何を意味するのか。
「立てば芍薬,座れば牡丹,歩く姿は百合の花」
つまりそういうこと。高嶺の花でもあったわけです。因みにCVは坂本真綾さん。本当にどうもありがとうございます。

 そんな彼女が黒幕である槙島に唆されて何をしたか。同じ学園の女生徒を誘惑して親密な中になったところで殺害し,その死体を用いて天才画家である父の作品を模倣したアーティスティックなオブジェを作り白昼堂々街中に展示する……ということを繰り返していた。  
               ――本記事「2 王陵璃華子とは?」より

 前段は昨今のフェミニズムに関する諸論争を想起せずにはいられないような内容だ。まあ人生を加工されるのは男であれ女であれ関係なく嫌だよね,という点には完全に同意である。私からはそれだけ申し上げるに留める。どうかそれ以上は勘弁して頂きたい。
 後段は本記事の上の方の記述なので2回目だろうが少し注意深く読んでほしい。何となくだけど,父親についてとか怪しそうじゃない?
 今しがた否定された王陵璃華子の残虐性を取り除き,そこに残った要素を槙島に失望を与えた言葉で繋げると見えてくるのが,王陵璃華子です。

 大正解です。王陵璃華子は子供だ。それも,年相応の子供。環境と自分自身との両方にフラストレーションを抱え、それをアートの模倣という方法で発散する典型的な拗らせキッズだ。Twitterで神絵師のイラストをトレスしてアップする陰キャオタク,心酔するアーティストの曲を演奏してどや顔でネットに披露するボッチ。
 学園とその背後にある傲慢で身勝手なイデオロギーから解放される自分を学友(の死体)に投影し,尊敬する父の模倣的な手段で「淑女」という工芸品ではない別の作品へ作り変えて人に見てもらうことで満足している王陵璃華子,だ。やっていることはその辺の子供と本質的に何ら変わりない。
 ただ環境がいけなかった。窮屈な学園や天才画家の父親,それと槙島聖護。もちろん彼女自身の知能や美貌も手伝っただろうが,それらは決して常軌を逸するほどのものではなかった
 作品の展示場所に人目の多い所ばかり選び,自己顕示欲を満たすことに終始する王陵璃華子を,自分の同類などではなく,成長のないガキだとして槙島は見限ったわけである。第8話終盤,槙島に捨てられて窮地に陥った王陵璃華子は今際の際,既に亡き父へ電話をかける。実は王陵璃華子の父は第7話まで一応生きて登場している。詳細は省くが,シビュラシステムの普及により芸術家としての役目を終えたと自認した彼は生きる意味を失い,療養施設で抜け殻の様な人間となって穏やかで無意味に生かされていた。その目は常に虚ろであったと言わんばかりのカットが印象的だ。きっともう娘のことなんて見えていない。
 ひょっとすると王陵璃華子の承認欲求は「お父さん,私を見て」から始まっていたりするかもしれない。
 王陵璃華子は最期まで子供だったが,最期の最後には銃口を突き付けられながらも気丈に振る舞ってみせた。その姿はとても愛おしい。散弾で首を飛ばされる彼女の姿は桜か霜のように儚く美しいものでしたとさ。

 とにかく,王陵璃華子はちょっと頭と顔がよくて拗らせてるだけの普通の女の子だった。
 いや普通の女の子だったらそうはならんやろ,と思うかもしれないがPSYCHO-PASS一期の前半は正にそれがテーマでもあったように思う。王陵璃華子の他にも二人,なんてことないちょと拗らせただけの人間が槙島の手によって凶悪犯罪者に仕立て上げられる。一話から順に視聴すればこの3人のエピソードを通じて人間が段々と堕ちていく過程を見ることが出来るはずだ。どんなに凶悪で異常な人間に見えても,彼ら彼女らと貴方はマジでとってもシームレス。絶対の隔たりなどない。各位,心して視聴してほしい。アマプラのリンクを貼っておきますね。(問題あったら消しますが,多分問題ないですよね……?)

PSYCHO-PASS 一期 https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B019EGAJN8/ref=atv_dp_share_cu_r

5 最後に

画像2

――画像:PSYCHO-PASS 第6話「狂王子の帰還」より

 見て! 王陵璃華子だよ! かわいいね。

無題2

無題5

泉宮寺豊久「このパイプは,マウスピース以外は王陵璃華子の骨だよ」
槙島「ほう」
――画像・台詞:PSYCHO-PASS第9話「楽園の果実」より

 誰も王陵璃華子のことを見ないので王陵璃華子は猟奇趣味サイボーグおじさんのパイプになってしまいました。お前らのせいです。あ~あ。

 パイプというのは勿論刻み煙草を吸うときに使うあのパイプであり,立派な工芸品だ。とても美しい工芸品。
 私は悲しくて仕方がない。俺はこういう話が大好きだ。本当にどうもありがとうございました。
 余談だが,10代後半の少女の骨からパイプを切り出すとして,一体どれくらいの量がとれるものだろうか。本編を見る限りだとそれなりに立派なサイズのパイプが8~10本くらいありそうだが,肩甲骨,骨盤,大たい骨辺りでぎりぎり削り出せるサイズのように思える。それよりデカい骨には心当たりがないし,あまり量はとれなさそうだ。私が死んだら骨は煙管にして欲しい。ダイヤでもいいぞ。
 ということで,喫煙具になりたくない皆さまは是非,王陵璃華子を見てほしい。王陵璃華子を見ろ
 ご精読有難うございました。

追記


 この度pixiv様の第2回百合文芸コンテストで拙作「キリンジ・フィールド」が佳作を賜りましたのでそちらもよろしければご一読ください。カンボジア,ポル・ポト政権下の百合です。
作品ULR https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12071383

お金/Zeroなので気軽に投げ銭下さい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?