自己紹介

こんにちは。私です。

これだけnoteに記事を書いてきたものの、トップを飾れるようなまともな記事がなかったので、これでお茶を濁そうというわけです。


名前:eee
(これは本名のイニシャルからとっています。3つ並んでいるのに特に意味はありません。丸っこいものが並んでいる様子は可愛いでしょう。)

年齢:21

誕生日:2002/11/17

職業:大学生
(地元の美大に通っています。一浪しているので、この春から3年生です。)

好きなこと:コスメ集め💄とにかくコスメが好きです。推しや担当はいませんが、その分コスメに金をつぎ込みまくっています。月の収入の半分以上をコスメに充てる女になっています。

嫌いなこと:合理的、効率的じゃないこと

以下 大学に入るまでの私の人生をざっとまとめたものです。

幼稚園編

同級生が幼く見え、周りの人類全てを見下していた。
当時描いたダチョウの絵は現在でも傑作と評される。

小学生編

月500円のお小遣いで、500円のちゃおを購読。
『ナゾトキ姫は名探偵』にはまる。付録のDVDも全て視聴し、応募ハガキもしっかり送るほど熱心な読者であった。
また、『どうぶつの森~ホヒンダ村だより~』や『いじめ』などにドンハマりし、この影響で漫画のトレスと模写を日々何十枚も積み重ね、着実に画力をつける。

小学生2年生の頃から厨二病を発症。1人ジャングルジムの上で佇むという休み時間を過ごす。
クラスメイトに自分の言っていることが伝わらず、やむなく一匹狼がかっこいいというスタンスで1年間を送る。

3年生では、最高の担任に出会い更生する。
クラスで好き放題に騒ぐ陽キャと化す。
家の駐車場で野良猫を拾い、飼い始める。

4年生になり、オタク文化に目覚める。
友人に紹介されたゲーム実況から始まり、アニメやボカロ、とくにカゲロウプロジェクトにはまる。
うごメモでカゲプロのなりチャ(なりきりチャットの略。キャラクターになりきってチャットをするという黒歴史の坩堝。)にヒビヤとして参加したが、一言も発言しないまま脱退させられる。

5年生にして、ハマったコンテンツについて母親にオタク特有の早口で語っていたため、母親がニコニコ動画に会員登録してくれる。
このせいで、毎日家に帰るやいなやニコニコ動画を開き、動画を見漁る日々。同時にニコ生にもハマる。
過疎雑談枠をいくつもハシゴし、コメントしまくって生主に構ってもらうTheニコ厨に。

また、パソコンを日常的に使うようになったせいで、様々なブラウザゲームやオンラインゲームにも手を出しはじめる。
それぞれのサイトや日によって、年齢や口調などのキャラ設定を変えて、チャットを楽しんでいた。
中には電波キャラのような人格も存在し、オープンチャットで「うひひひひひひひひひ」「おほほほほほほほほ」などのコメントを連投。心優しいユーザーから、やんわり荒らしだと注意される。

この経験がトラウマとなり、中学生以降は一生ROM専としてニコニコ動画のランキングを徘徊するゾンビと化す。と同時に、「半年ROMれ」の真の意味を理解する。

このような生活を小学生の終わりまで送っていた。
ちなみに、勉強は全くしていなかったが頭は良かったため、テストはきっちり100点を取っていた。

中学生編

全く勉強しないまま、無難に公立の中学へと進学。
3年間を通して、学級委員や美術部部長、卒業式には卒業生の言葉的な役目も果たすほど、よく言えば真面目、悪く言えば陰キャの鑑であった。

家に帰ればニコニコ動画を徘徊するルーティーンは小学生の頃から変わらず、というか、むしろ悪化。
ある程度のミームやその元ネタ、有名な動画は見切ってしまい、ついに24時間ごとのランキングや、酷い時は1時間ごとのランキングを漁り、新しい動画を発掘することに命をかける。

このように、2年生までは全く勉強しないで生きながらえたのだが、3年生になり、いよいよ勉強せねばと重い腰をあげる。

塾に通い始めると、たまたま論理思考の鬼のような講師に会い、論理思考の鬼の私は勉強に目覚める。
その結果、無事進学校に合格。
ちなみに、私より先にその塾に通っていた友人や、塾に行きたくなさすぎて泣きながら勉強していた元カレは同じぐらいの偏差値の高校をめざしていたがみんな落ちた。

高校編

高一の後半で不登校になる。
鬱と対人恐怖症を発症。ついでに自分がADHDのケがあるということを知る。
ただし、登校さえすれば進級はできると担任に教えてもらい、2週間丸々休んだあとは這いつくばって登校。
今までの人生が順調すぎたため、ここで挫折を経験したことがかなり大きい。
結果として、3年で留年せずそのまま卒業は出来たものの、高校の間は鬱状態が回復しないまま終わる。
今思えば、この経験があったからこその今の私なので、すごく良かったと思っている。

しかし、鬱状態だったためほとんど記憶は無い。
強いて言えば、今でも仲がいい友人はみんな高校の人達なので、この高校に入って本当に良かった。

浪人期

という名の鬱回復期。

元々私は高校三年生まで理系の大学に行こうとしていたのだが、ちょうどコロナで登校できなくなったことをきっかけに、自分を改めて見つめ直す機会になった。
そこで出た結論が、「このまま理系に進んだら私の才能がもったいなくね?」だった。
よって高3の6月から急激な方向転換をし、美大を志望することに。

しかし、現役時代は補欠不合格でおわったため、河合塾に入り浪人へ。

美大ということで、勉強面でみれば私大文系の更に下というかなりゆるゆるなスケジュール。
一日一コマを1週間続けるといったような、受験生とは思えない日々を送る。このおかげで鬱が回復に向かう。
しかも、駅チカの塾だったため、美味しいご飯が山ほどあり、授業終わりのご飯のために登校していたも同然だった。

その結果、突然頭からキリが晴れたような感覚に陥り、急激に点数が伸びる。
特に得意だった国語では、記述式にもかかわらず偏差値73をたたき出し、チューターに「どうしちゃったの?」と逆に心配される。

その後もなんやかんやありながらも(詳しくは言いませんが、この年の共通テスト数ⅠAは平均点が30点台でした。詳しくは言いませんが。)無事第1志望に合格。今に至る。


こうして歴史を振り返ると、やはり人間の人格形成は小学生の頃がかなり重要ということが、文字数の偏りからも分かりますね。

相当長くなってしまいました。
全部読んだあなたは、ワタクシマスターと言っても過言ではないでしょうね。



で、これのどこがトップを飾れるページなんですか?

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