【ウィズ・カタナ・スシ・アンド・ヒダル】#6
遠くで声がする。遥か遠い昔。(((ムトー、確かにお前の剣は速い。切れる。だが、それだけだ。それじゃあダメだ。まだ免許はやれねえ。イアイで切るべきなのは敵の)))あれは、最早顔も忘れた……
「親父!?」「アイエッ!?」隣でカオルがひっくり返った。河原の石に手をつき、起き上がろうとする。「ここは…グワーッ!」たちまち四肢に激痛。少なからぬ本数の骨が折れている。
「無理しないで!」「カオル=サン、ナンデ……?アンタは屋敷の中に…」「遠くでものすごい叫びがしたから木によじ登ってみたら……貴方が谷底へ転げ落ちていくのが見えたから…」「木に!?アンタが!?ハッハッグワーッ!?」脇腹に激痛!
「無茶をしないで!」「無茶はアンタもだ!こんなアブナイなところにまで!」「もう会えたら平気よ!ところで、屋敷にあったこのカタナ使えるかしら?」カオルがカタナを差し出す。
「いや、カタナは自分のが…」タケミツは未だ右手で握ったままの柄を見やった。ナムサン…、イクサで折れたか、谷を落ちる途中で砕けたか、刀身も鍔もなくただ柄の一部が残るのみだ。
タケミツは溜息をついて柄を投げ捨て、代わりにカオルのカタナを受け取り、そしてその奇妙な軽さに再び溜息をつきながら抜きはなった。
鞘から現れた刀身は怜悧な鋼色ではなく、古い竹の色だった。それは「竹光」。柄や鞘や鍔こそ本物であるが、刀身は竹製のイミテーションだ。これではタヌキ一匹切れるまい。
「まあいいさね。サムライの腰にカタナがないんじゃ歩きづらい。あとは素手で…」タケミツの苦笑は中途で凍りついた。全身にカラテを漲らせ、バネ仕掛けめいて跳ね起きる。
ドクン…!心臓が大きく一打ちし、主観時間が泥めいて軟化、カオルを脇に突き飛ばす自分の腕の動きがスローで見える。そしてその奥、マバタキしてきたオウガジェイラー……!
「イイイイイイイイ…」泥のように緩やかな主観時間の中、オウガジェイラーの張り手がゆっくりと近づいてくるのを他人事のように眺めた。指の指紋まではっきりと見える。今一度受ければ耐えられぬだろう。自分は爆発四散するのだ。
「イイイイイイイイ…」そして、自分自身が懸命に竹光を抜こうとしていることに今更ながら気付いた。遅い…。間に合わぬだろう。否、間に合ってどうする…。自分は死ぬのだ。その後、カオルも死ぬ。カイデンはできなかった。タケミツで切れるものは何一つ……
(((イアイで切るべきなのは敵の肉じゃねえ、魂だ!魂を切ってこそのイアイだ!!!)))
遥か古い声が鮮明にニューロンに響く!
「イイイイイイイイヤアアアアアアアアアア!!」
目の前で、白い光が走った。
………………………………………………
タケミツは、いつまでもザンシンを解こうとしなかった。オウガジェイラーは後ろで倒れ伏し、もう動かない。その身体には傷は全くついていない。タケミツの神速の抜き付けに耐え切れず、脆弱な竹光は鞘の中でへし折れていた。
タケミツはカタナではなく魂で、敵の肉ではなく魂を斬ったのだ。
1分近くが経って、カオルが泣きながら抱きつき、タケミツは尻餅をついた。柄だけになったカタナから右手を離そうとしたが、石のように固く張り付いた指はなかなか離れなかった。カオルが指を一本ずつ優しく引き剥がした。
【ウィズ・カタナ・スシ・アンド・ヒダル】#6終わり エピローグに続く
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