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大学の人事監査

”Audi et alteram partem.”(他の人の意見も聞きなさい)は,監査の原義であるが,人事部門の業務監査の要諦は、 この原義に立ち返り利害関係者の話を「良く聞くこと」が大切である.

※このノートは,2018年8月7日に行った講演の概要である.

1 大学における人事監査の特性

大学の人事部門の業務監査は,財務等における業務監査とは異なるアプローチが必要になる事が多い.コンプライアンスについて言えば,財務部門においては,法令遵守は当然のこととした上で,さらに,内部組織におけるコンプライアンスが達成されているかを業務監査でチェックすることが通常である.一方,人事部門においては,労働関係諸法の遵守をどのような形で達成するかについては,常に気を配らなければならない課題であり,組織内部のコンプライアンスが法令遵守以上の意味を持つ部分は,財務部門に比べて限定的なものになることが多い.

2 労働関係諸法への配慮

大学の人事部門において労働関係諸法に常に気を配らなければならない理由は,労働関係諸法の特性にある.労働関係諸法は,判例と法理を積み重ねて,やがてそれを反映した法改正を行うというプロセスが一般的である.それがために.人事担当者は,現行法の法解釈だけでは法令遵守を達成できず,常に最新の判例などから必要な情報を学び取る必要がある. ただし,現実にすべての人事担当者がそのような知識を持ち合わせているわけではない.このため,労働紛争への備えとしては,人事部門は不十分な体制に陥りやすいという課題を抱えているという点は留意しておく必要がある.

これに加えて,労働関係諸法の新しい傾向として,行政指導の強化という問題がある.近年の正規雇用に比べて弱い立場の有期雇用の労働者は,労働紛争を裁判で争うことを好まないため,有期雇用労働者の増加と反比例して労働紛争の裁判例は減少してきており,結果として,従来のような労働関係諸法の判例と法理の積み重ねが難しくなってきている傾向が著しい.これに対して,行政の側では,法理の積み重ねによる法改正よりも,労働基準監督署等による行政指導の役割を増大させようとする傾向が見られるのである.今後,人事部門の担当者は,こうした行政との対応を巡り,ますます難しい課題を抱えることになろうとしている.

労働関係諸法の性格が,人事部門におけるコンプライアンスを法令遵守以上の意味を持ちにくくさせている.

3 大学組織内部の問題

一方で,組織内の要因として,人事担当者は日々の人事を巡る多様な問題を抱えていることがある.休暇の取り方,出退勤を巡る些細とも言える問題がその解釈を巡って対立になる事もあり,人事異動や離退職を巡る機微に触れる問題もある.それらにすべての事象について,人事担当者が,コンプライアンスの課題を解決し,労働関係諸法を遵守維持し続けるためには,多大の努力を要する.この事情もまた,財務上の意味でのコンプライアンス遵守の体制を人事部門において構築することを困難にしている.そのような例を一つ紹介したい.

4 大学非常勤講師の有給休暇の例

大学の非常勤講師は,労働契約の締結方法にもよるが,年間を通じて契約をしている場合は,労働基準法第39条により年間10日間の年次有給休暇を比例付与しなければならないと考えられる.しかし,大学設置基準第21条では,1単位は授業前後の主体的な学修を含めて45時間を確保しなければならないとされており,講義回数の確保を前提にしながら,年次有給休暇を付与する余地があるのかという問題がある.時季指定変更権の行使や代講を10日に及ぶ年次有給休暇に適用することは現実的な解決にはならないであろう.この場合,大学の人事担当者は,労働法と大学設置基準の間の矛盾についてどのようにして整合性を採るかについて,発生する個別の事例ごとに常に心を砕いていかなければならないのである.

5 監査-Audi et alteram partem-

大学人事部門の業務監査は,人事部門の諸事情を理解して行う必要がある.監査とは, Auditの原義に立ち返れば「聞くこと」であるといわれ,ラテン語の法諺 ”Audi et alteram partem.”(他の人の意見も聞きなさい)という言葉を思い出す必要があるとされている.この法諺は,欧米では,裁判所の入口などに刻まれていることからもわかるように,正義(Justice)を行使する場合の精神として言われることが多いが,監査においては,この法諺には二重の意味が付与されている.一つは,監査は多様な意見を聴取して行う必要があるという意味であり,もう一つは,監査そのものが「他の人の意見」として貴重な意味を持つという意味である.人事部門の監査は,そうした本来的な意味で「監査」の性格を強く持っている.人事部門は,労働関係諸法とその他の社会的な制度の間の矛盾,さらには,社会的な諸制度と内部的な制度との矛盾という課題を常に抱えている.業務監査を実施する場合には,そこから派生する様々な問題について,多様な意見と最新の情報に関する調査を踏まえる必要があり,その上で,監査人としての価値ある「他の意見」”altera pars”を述べる必要がある.

 


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