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【ウィズアウト ユー】

フルーツの香り漂う、南国の島ハワイ。ワイキキビーチは今日も晴天!時折、激しく吹く風がサーファー達の士気を高め、浜辺で寝そべる女神達のしぐさ一つ一つに、男どもの心も踊る。
『Hi、ベネッサ!こいつを飲んでみろよ。世界に一つしかない、君だけのカクテルだぜ』
そんなバーテンダーの恋人に勧められるがまま、それを口に含んだ彼女はこう訊ねた。
『何て素敵なフレイバーなの!?名前を付けてよ』
浅黒く、笑顔が魅力的なジャスティンは付け加えた。
『ウィズアウトユー=<君なしじゃいられない>ってのはどう?Wラムをベースに、ココナッツミルクとマンゴージュース、更にブルーキュラソーで染めてクランベリージュースを下に沈めてみたんだ。青い海に夕日が沈む感じでいいだろ?つまり海の俺に夕日の君が溺れていくって意味だよ』
まるで子供の様にはしゃぎ、説明するジャスティン。そんな彼に愛想をつかせながらも、微笑み返すベネッサ。
今日も浜辺に隣接するハワイアンBAR<サザンドリーム>は大いに賑わいをみせ、潮風の香りがよりいっそうカクテルの味をひきたたせていた・・。

ダイヤモンドヘッドに、大きな月が隠れかけたある夜の浜辺。ずっと言い出せなかった事をベネッサに告げる為、ジャスティンは今夜、彼女を呼び出していた。

『NYに一緒に行かないかい?』
『え?何よ突然・・』
『実は先月、カクテルコンペで優勝した時、NYの大手飲食店を経営しているオーナーからスカウトされてたんだ。年収もいいし、結婚だって・・』

彼はベネッサが頷いてくれるものと信じていた。しかし次の瞬間、彼は自分の耳を疑った。
『ごめんなさい。私、行けないわ・・。病気の母を置いて行ける訳ないじゃない!?だから私はナースになったんだし、この島が大好きなの!』
するとジャスティンは落胆してこう告げた。
『男には夢がある。こんな小さな島で一生を過ごすなんてまっぴらだ。君なら理解してくれると思ったんだけど、残念だよ』
泣き崩れるベネッサ。そして彼女はこう叫んだ。
『勝手に男の夢とやらを追いかければ?私は母とハワイが大切なの!でもあなたの事も愛しているのよ!お願い、理解して・・』
しかし翌朝、ジャスティンは島を離れて出て行った。そんな恋人に後ろ髪を引かれつつも・・。

数ヶ月後のニューヨーク。街はまもなく訪れるクリスマスに踊り、若者は愛する恋人へのプレゼント探しに急ぎ足をみせている。
『ジャスティン、昨夜の女とはどこまでいったんだ?もう付き合ってるのかよ!?』
『別にそんなんじゃないよ』
その後、仕事を終えた彼は一人、地下鉄に乗り込むと目を閉じて、そっと故郷を思い浮かべていた。

<この街にも慣れてきた。女や金にも何不自由ない生活。友人とて少なくはない!夢に見た大都会の暮らし・・。でも何か違うんだ、ハワイにいる時と比べて。それが何なのかわからない!これで良かったのだろうか?>

よく晴れた休日の午後。常連客の女性へのプレゼントを買う為、五番街へ立ち寄ったジャスティンはふと、さほど高価ではないハワイアンジュエリーのネックレスに目が止まった。
『これはあの時の・・』
そう呟くと同時に、それを購入して空港へ急いで向うジャスティン。

彼は急に大切な約束を思い出したのだ。
そして空港に着いた彼は泣き出した。それは出発掲示板に表示された<ホノルル>の文字が妙に懐かしく愛しかったから・・。

南国の島、ハワイ。ワイキキビーチは今日も晴天!この島の事は何だって知ってる。スコールが起こる理由だって?そんなの簡単だよ。それは誰かが恋人を泣かせたからさ。
一年振りに<サザンドリーム>を訪れたジャスティンはバーテンダーの女性にこう話しかけた。

『君の欲しがってたクリスマスプレゼントを買ってきたよ。約束だからね』
その女性は少し驚くも、すぐにこう話した。
『お客さん!このカクテルを飲んでみて。<ウィズアウトユー>って名前なの。青い海に夕日が沈む感じで素敵でしょ!?つまり海の私に夕日のあなたが溺れていくって意味なのよ。わかるでしょ?』
ジャスティンは苦笑いを浮かべるしかなかった。

すると彼女は更にこう語ったのである。
『メリークリスマス!ようこそ南の楽園、我がハワイへ。あなたには客は似合わないわ、早くこれに着換えて私に夢を作ってくれない?』

 遠くではフラに合わせたハワイアンのメロディが聞こえてくる。

『今夜はこっちだな』

そう言ってジュークボックスへクオーター(25㌣)コインを入れマービンゲイ&ダイアナロス
が歌う【Stop,Look,listen to your heart】という曲をかけると二人はキスを交わした。
そして彼はこう呟いた。


<NYのサンタはきっと、淋しがってるだろうな。何故かって?だってこんな日に俺の作る最高のカクテルが飲めないんだからね・・>

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