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波音

『ねぇ、夜の波の音って素敵よね!?特にこのサンタモニカの波音が私、大好きなの』『他のビーチの音と違うのかい?』『全然違うわよ!』『え~本当かな・・』『本当よ!』

遂、先週まではこんな会話を交わしていた。人生には幾度か、一生に関わる決断を迫られる時がやってくるものだ。

例えば、進学の事だったり、仕事による事だったり・・。でも月日が経つとどの選択も、今でも修正できることに気付く。所詮、この世の中に起こり得る事など、さほどたいした問題などないのだ。ちっぽけな事なんだと。

でも恋愛だけは違うと思う。だって選択を誤ると、二度と会えない事にもなるからだ。

そして僕はまさに今、そんな人生のターニングポイントに直面している。この青いサンタモニカの海を一人、見つめながら・・。

それはよく晴れた三日前の午後だった。サンセット大通り沿いの某有名ホテルで働いていた彼に、恋人のアンジェラからこんなTELがかかってきたのだ。

『マシュー聞いて!私、月曜日からミラノ店に転勤になっちゃったの。どうしたらいい!?』

運命のいたずら?それともナイトメア(悪夢)なのか?TELを切ったマシュ―は、暫く放心状態に陥った。

そしてその夜、彼はサンタモニカのBARへ仲間を集めた・・。

BAR<ムーンライトビーチ>での会話。

『絶対、イタリアへ行かせるべきよ!ファッション業界にいて、ミラノへ行けるなんてすごいチャンスじゃない!?いくら彼氏でもそれを止める権利なんてないと思うわ。むしろ応援してあげるべきじゃないのかしら』

『俺は反対だね!かっこつけない方がいいと思うぜ。5年もあの美人なアンジェラをミラノへ行かせるんだろ?現地の男に寝取られるに決まってるって!結婚する気でいるんだろ!?俺は止めるべきだと思うよ』

『僕もイタリアへ行かせるべきだと思うよ。それで別れる程度の間柄なら、それまでって事だよ。別れたらまた、他の女性を好きになればいいんだよ』

『マシュー!俺の言う通りにしろって。この二人はきれい事を言ってるだけさ。俺の経験上、連絡が来るのは最初の一年間だけさ。かっこつけても後悔するだけ。絶対、今すぐ止めるべきだね。俺は経験者だからな』

三人の仲間達が各々の意見を出し合っている。しかし彼には、どの意見も正論だと感じられた。

『わかんねぇよ俺・・』

頭を抱え込むマシュ―。だって理論的には、二人の意見の方が理にかなっているし、いくら恋人だからといって彼女の成功を止める権利などないのだ。

でも感情的には違う!むしろジミ―の意見が正しくあってほしいと思う自分がいる・・。

5年も離れて、互いの心が繋がりあえるものなのだろうか?かっこつけて、いい人にならない方がいいのではないだろうか?よく考えろマシュ―!今ならまだ、止める事ができるのだから・・。

そして三日後の午後。結局、アンジェラはミラノへと旅立って行った。三日三晩一睡もせず、二人は話し合いを続けた。その結果、彼がこの選択を彼女に選ばさせたのだ・・。

そんなサンタモニカへと帰る途中のこと。ラジオからは懐かしのラブソングが流れてきた。車のハンドルを握り締めたまま、泣き崩れるマシュ―。

彼の心にはジミーのあの一言が突き刺した。<かっこつけんなよ!>

帰り道の遠い、そんな夜だった。ふと、窓から海を眺めたマシュ―。その日は、月が憎らしいほど、輝いて見えた事だけは覚えている・・。

1年後のBAR<ムーンライトビーチ>。仲間達はこんな会話を交わしていた。

『マシューがホテルを辞めたって本当?』『一ヶ月も休暇くれる会社なんてないからな』『なんでミラノへ行くのに一ヶ月も休暇を?』『アイツは高所恐怖症なんだ。だから船で行ったよ!もう随分、前の話だけどな・・』

イタリアのミラノ郊外の教会。式を終えた男女が、コモ湖を眺めていた。

『ねぇ、どうして私を信じてアメリカで待っていてくれなかったの?』ポケットから録音機を取り出したマシュ―はこう語った。

『君に大好きなサンタモニカの波音を聞かせてあげようと思って・・』

沈黙するアンジェラ。そしてこう話した。

『仕事も辞めちゃって、これからどうするつもり?』

笑顔で答えるマシュ―。

『この世で一番大切なモノは手に入れたよ!あとはどうにかなるさ』

録音機に耳を傾けた彼女は、波音を聞いた。そして微笑むとこう囁いた。

『それもいいかもね』

 教会に七度目の鐘が響き渡った午後。そんな二人の心を遠い故郷の波音がそっと、優しい音色で包み込んでいった・・。


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