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【パパは悪役】

「お金はあげます。命だけは助けてください!」「金はもらっておこう。でも天国に行きな」
そう呟くとマフィアのボス、JJ・ジョーカーはマシンガンでその女性の心臓を撃ち抜いてしまった・・。「ハイ、カット!」
TVの撮影を終えたミック・カーター。そんな彼はすぐに娘の待つ保育園へと車を走らせた。

 「ハイ!サンディ。今日もお利口にしてたかい!?」
しかし、どこか娘の様子がおかしい。
「どうしたんだいハニー!?そんな顔してたらアリアナグランデみたいにはなれないぞ」
すると、車内でずっと口を閉ざしていた娘がやっと呟いた。
「パパは人殺しで、悪い人なの?」一瞬、驚いたミックは、気を取り直すとこう説明した。
「バカだなぁサンディ!あれはTVドラマなんだよ。普段のパパは優しくてハンサムだろ!?」「パパは悪い人よ!皆、そう言って私をイジメるんだもん。パパなんて大嫌い!」
自宅へ到着すると、娘はすぐに車から降りて、家の中へと駆けていった。
残された父親は一人、車内で頭を抱えた。
「困ったな。俺はヒール(悪役)しかできないからなぁ・・」

 翌日の撮影現場。周囲はピリピリとした緊張感を漂わせている。
それもそのはず、今日のシーンは主役のFBI捜査官=ビリーウッドが、恋人を殺害された復讐の為、マフィアのアジトへと乗り込んでくるクライマックスなのだから・・。
「ひっかかったなビリー。ここがお前の墓場だ!」20人ものマフィアに囲まれ、もはや逃げ場のないビリー。
するとボスのJJ・ジョーカーが、突如、仲間に向かってマシンガンを発砲したのだ。
「逃げろビリー!そうさ、これはおとり捜査で俺もFBIだったのさ」
一斉に戸惑うキャストの面々。「ハイ、カット!」
監督がミックに近づくと、彼の頭を思い切りぶっ叩いた。
「何やってんだよ!勝手に台本変えるなバカ!マフィアのボスが急に裏切ったら、ストーリーが無茶苦茶になんだろが」
「娘が保育園でイジメに遭ってるんだ!頼むよ、このシーンから正義のマフィアに変更してくれよ」
「お前正気か?一度死んでこい!さぁ皆、10分休憩にしよう」
 サンタモニカのBAR<ミューズ>。夜の11時を過ぎた頃、いつものカウンター席に座ったミックは、J・ダニエルをロックで頼んだ。「俺、どうしたらいいと思う?」
するとバーテンダーのユーラは笑顔で答えた。
「女の子には母親が必要よ!私だったらいつでもOKだからね」
三年前に妻に先立たれ、その後、男手一つで娘を育てているミック。
「バーボンをもう一杯くれ!」「ちょっとぉ!私の話、聞いてる!?それにこれはバーボンじゃなくて、テネシーウイスキーなのよ」
「カラマリ(イカリング)もつけてくれ」「私、今、すごい爆弾発言をしたと思うんだけど・・」
 数日後の夕方過ぎ。撮影が早く終わった為、いつもより早く保育園へ到着したミックは、そこで目を覆いたくなる様な光景を目の当たりにしてしまった。
「お前のパパはまた人を殺したな!殺人鬼の娘め。ビリーウッドは皆のヒーローだ。もしビリーを殺したら、絶対許さないからな」
そう言って皆で石を投げつけているのだ。しかもそれを見て見ぬふりする先生と親たち。
思わずフェンスによじ登り、娘を救出したミックは大声で怒鳴った!
「お前ら人間か?恥を知れ!必ず訴えてやるからな」
帰路へ向かう車中、娘の目からは大粒の涙が!
それはイジメによる悲しみの涙ではなく、父親を侮辱された事への悔し涙であることは、ミックにもわかっていた。
「パパは悪い人なの?」もはや彼にはどう説明したらいいかわからず、ただひたすら涙を拭って否定するのみだった・。

 「ちょっと飲みすぎじゃない!?」「俺、もう役者は辞める!」
深夜を過ぎたBAR<ミューズ>。「だから再婚するのが一番いいわよ!」
「カラマリもくれ!」「だから私の話、聞いてるの?」そんなユーラはふと、ある疑問を抱いた。
「ところでそのドラマはいつまで続くの?それが終わればイジメはなくなるんじゃない!?」すると面倒くさそうにミックが答える。「高視聴率だから、シーズン5まで延長するらしいよ。あと3年・・かな」

 そんな数ヶ月後のある日のこと。ミックにも突如、幸運が舞い降りてきた。人生とはある日突然、こうゆう事だって起きるものなのである・・。
「おめでとう!」なんとエミー賞の助演男優賞に彼が輝いたのだ。
「まったく他人なんて、勝手な生き物だよな」
それ以来、映画やCMのオファーが相次ぎ、一躍<時の人>となったミック・カーター!そして娘も転校した保育園では、大の人気者に。
「人生は最後には必ずハッピーエンドで終わるものなのかもね・・」
そう言ってそっと、指輪を渡すミックに、ユーラが号泣した。
「私の話、聞いてたの?」「カラマリをくれ!」
「あなたって本当に悪党ね!」

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