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【エンジェル】

昼下がりのサンタフェナ動物園。飼育係のマークとヒュ―イがこんな会話を交わしていた。「彼女、俺の事どう思ってるのかな?」「聞いてきてやるよ!」
「待て!聞かなくていいよ。どうせフラれるに決まってるから」
「面倒くさい奴だな」
マークは告白どころか、デ―トにすら誘えないでいた。というのも3ヶ月前、恋人にフラれたショックから、自信喪失に陥り、<勇気>という大切な言葉を失いかけていたからである。
しかし園内の受付嬢、ジャネットに恋してしまった。<どうしよう・・>
彼の脳裏にはそんな想いが駆け巡っていた。
「お前ならうまくいくって!猿を手なずけるの、一番うまいじゃん」
「バカ!猿と彼女を一緒にするな。でもこの『ラッコマン』のチケット、無駄にしたくないな」「センス無さ過ぎだよ!そんな映画より、女の子は皆、港にOPENしたリッチモールに行きたいに決まってるだろが」
ふと、ライオンの檻を見つめたマークは呟いた。
「お前は強そうで羨ましいよ。告白しなくても、相手の気持ちがわかる薬ってないのかな?ある訳ねぇか・・」
その夜は、ものすごい嵐がサンディエゴの町を襲った。そんな中、マークは何度も寝返りをうっては寝苦しい夜を過ごしていた・・。


 翌朝、目を覚ましたマークはメキシコにいた。国境の町ティワナに。休日は決まって、この町を訪れる。ちょっとした旅行気分が味わえるからだ。
そんな彼が町を見渡すと、見慣れない一軒の店が彼の目に飛び込んできた。
「先週はなかったはずだけど・・」
そう思った彼が、恐る恐る中へ足を踏み入れると怪しげな店員が近寄ってきた。
「このオレンジのサプリメントを買わんかね?君には必要かと思うがね」
マークにはさっぱり理解できなかった。
<俺に必要なサプリメント?>しかし店員の風貌はホラー映画より恐い!
「いいよ。何ドル?」
遂、その透明のビンを購入してしまったマークは、それを三粒だけ飲み干すと店を出た。その後、どんな事が起こるとも知らずいとも簡単に・・。


 サンディエゴのダウンタウン。日帰りでティワナから戻って来たマークは仲間の集う、町の小さなBARへと足を運んだ。
「遅かったなマーク!」友人のリッキーが声をかけてきた。             <ヤベェ~コイツに金、借りてたんだ>彼は耳を疑った。
<まずい!マークだわ。気付かれないようにそっと店を抜け出さなきゃ>
振り返るとそこには、3ヶ月前にフラれた、元カノのステイシーが立っている。
「何が起こったんだよ!」彼は必死にその非現実的な出来事を理解しようと努力した。
それもそのはず、口を開けてない相手の<心の声>が自然と耳に飛び込んでくるのだ。
「ありえねぇ。待てよ!もしや、あのサプリメントの効力って・・」
慌ててビンの裏に書かれてある使用説明書に目を通したマークは、信じられない思いで一杯だった。「マジかよ!?」そこには『魔法の薬』と一行書かれていただけだった・・。


 翌日のサンタフェナ動物園。ニヤついたマークがジャネットと挨拶を交わす。
「どうしたの?」不思議がる彼女をよそに、彼は何度も魔法を試みる。
しかし彼女の<心の声>だけが、彼の耳には届かない!
<なぜだ!?>その後、何度も試みるが結果に進展がみられない。
仕方なく今日のところは諦めたマークは、自分を慰める様にこう呟いた。
「女は彼女だけじゃないからな」そう言うとスキップして走り去って行った・・。


 数日後のある日、園内で突然、ヒュ―イがマークを呼び出した。
「お前、最近おかしくねぇか?ジャネットの事はもういいのかよ!?」
すると彼は口笛を吹きながら、こう答えた。
「俺、不思議な能力を身につけたんだ。今、モテモテで忙しいんだよ」
彼をジッと見つめたヒュ―イはこう言った。
「後で俺について来い!見せたいものがあるんだ」
そしてその日の夜。二人は一軒のレストランの前でこんな会話を交わした。
「フレチェスタ?なんだよ、あの店が」「ジャネットが働いてる店だよ!」
マークは首を捻った。
「彼女、昼は動物園の受付係。夜はここで働いているんだ。父親の会社が倒産しそうで、少しでも力になりたいんだってよ。俺の話はそれだけだ。じゃぁな」
彼が立ち去った後も、マークはずっと遠くからジャネットを見つめていた。
1時間経っても、2時間が経っても・・。
そして意を決したのか、急に立ち上がったマークはこう叫んだ。
「俺ってバカだよな。彼女に効かないこんな薬、持ってたって意味ねぇじゃないかよ」
そう言うとそのビンを遠くへと投げ捨てた。その瞬間、急に目の前が明るくなった・・。  

「あれっ?俺、夢見てたのか?」目を覚ましたマークが外を眺めると、サンディエゴを襲ったものすごい嵐が、静かに通り過ぎようとしていた・・。
                                         潮風が染みるサンタフェナ動物園。マークがジャネットをデートに誘おうとしている。
「良かったら今度、リッチモールに行かないかい?」
視線をそらす彼女を見て、彼はフラれたと肩を落とした。
「『ラッコマン』の映画ならいいわよ」
 その様子を木陰から見守っていたヒュ―イは腹を抱えて笑い転げていた・・。


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