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【パームツリーの見える丘】

「ダイアナ!そのリンゴを一つくれないかい?」
妻から手渡されたリンゴを持ってカーティスは車のエンジンをかけた。5才になる愛娘のクレアは父親をジッと見つめるとこう言った。「お出かけするの?じゃぁ、帰りにアイスクリーム買ってきてね」
カーティスはウインクすると南カリフォルニアにある母校へと車を走らせたのである。
ハイスクールを卒業して10年が経つ、懐かしい小道を走り抜けると遠くに一本のパームツリーが見えてきた。「皆、元気かな?」
あの夏の思い出が頭の中を駆け巡る・・。

それはとても暑い夏の日の出来事だった。キャンパスには少し小高い丘があり、そこが5人の溜まり場だった。
ある放課後、そこに集った若者達は各々に好きな事をしているとJJがこう言ってきた。「カーティス!あそこに一本のパームツリーがあるだろ?あの木がどこから運ばれてきたか知ってるか?」
その問いに首を横に振ると彼は得意気にこう語り出したのである。
「あの木はマイアミから友好の意味で贈られてきたんだ。何度かマイアミを襲ったハリケーンにもビクともしなかったあの木は守り神みたいなものさ!願い事でもしてみろよ」
すると興味を持ったキャンディスとオリビアは目を瞑ると願い事を祈り始め、他の三人の男達も後に続いた。
「ロスは何を祈ったんだい?」JJの質問に彼は答えた。
「俺は将来、ハリウッドスターになるんだ!そう願ったのさ」
「私はダンサーよ!」キャンディスもそう答えた。
少しはにかんでいたオリビアは「私はシンガー・・」
と呟いた。
JJは待ってましたと言わんばかりにこう叫んだ。「俺は世界で活躍するフォトグラファーになるのさ」
すると皆は大声で笑い出した。「お前、カメラ持ってないじゃん!」
ムキになったJJは半泣きそうになりながら言い返してきた。「家は貧乏だけど卒業したらNYへ行ってバイトしながら助手から始めるんだ。見てろよ!絶対、有名になってやるからな」
そう言うと′ビッグアップル′と称し大きなリンゴをかじってみせたのである。
そして皆の視線はカーティスへと注がれた。「お前は何を願ったんだ?」
カーティスは困り果てた末にこう答えた。「世界平和が続きますようにと・・。」
するとJJが不機嫌そうに言った。「一気に冷めた。お前、真面目過ぎるんだよ」
カーティスは真実を言う事ができなかった。まさか′ダイアナと結婚できます様に′なんて願った事を・・。それに彼は将来、何がしたいのかもまだ決まっていなかったのである。
パームツリーの見える丘で5人の若者達は沈み行く夕日を見つめていた。これが5人で見る最後の夕日になろうとはこの時、誰も気付かぬままに・・。

「お前どう言う事だよ」ある日、校内で突然JJが殴りかかってきた。カーティスには理由がわかっていた。三日前にダイアナ本人から告白されつき合ってる事が彼の耳に入ったのである。ずっと彼女に猛アプローチしていたJJはカーティスにも相談していたのであった。「お前とは絶交だ」
そう捨てゼリフを残し去って行ったJJと会ったのはこの日が最後だった。

卒業式の後、いつもの丘に集うと互いに10年後の再会を約束し、皆で肩を寄せ合いハグを交わした。「やっぱりJJは来なかったわね」
オリビアがポツリと呟くと、カーティスは風に揺れるパームツリーを見つめた。そしてそれぞれの道へと旅立って行ったのである。

10年後のあの丘に上がると懐かしい仲間達が立っていた。「久し振りだな」
髭をたくわえたロスは現在、映画会社で営業をしていた。「久し振りね」
少し髪の色を変えたキャンディスはNYで子供のダンス教室を開いている。「遅れてごめんなさい」
最後に登場したのはオリビアだった。5人の仲間の中では彼女が一番出世したのではないだろうか?彼女は今や『世界の歌姫』としてロンドンから駆けつけてくれたのだった。「ここでいいかしら?」キャンディスが地面を掘り小さな墓を作り出した。4人は各々に思い出の品を入れ、カーティスは一つのリンゴをその中に入れた。そしてまた次の10年後の再会を約束して皆と別れたのである。

帰宅途中、カーティスは一枚のCDをかけて口ずさんだ。「『イマジン』か・・。懐かしいな」それは戦争中の中東へ写真を撮りに行き死亡したJJの好きな曲だった。「JJ!今なら言えるよ。俺の夢は幸せな家庭を築く事なんだ!やっと見つけたよ」
パームツリーの木の横を通り過ぎたカーティスはそう呟くとある事に気付き車のアクセルを強く踏んだ。「やばい!アイスクリーム屋が閉まっちゃうよ」


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