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【クレイジーフォーユー】

「では最後の質問です。ダンスを始めたきっかけは何ですか?」「映画<フラッシュダンス>に感動したからです」

オーディションを終えたレイナは大きく深呼吸した。見上げると空が色鮮やかな茜色に染まっている。たまらず彼女は空に向って叫んだ。「夢は必ず叶うものなのよ」
そう言うとすっきりしたのか、夕日に微笑みスキップして会場を後にした・・。


12月も半ばを過ぎた頃、街はにわかに賑わいをみせていた。ストリートではサンタクロースの衣装を着た大道芸人が芸を披露し、白髪の老人はサックスでラブソングを奏でている。皆、クリスマスが待ち切れずにいるのだ。そんなメンフィスの町のカフェで学生時代からの親友、ジュードがレイナにこんな事を言い出した。

「来週、クリスマスパーティがあるんだけど君も来ないかい?」
彼女はすぐに頷いた。なぜなら昔から彼に友達以上の感情を抱いていたからである。
ずっと心に隠して言えなかった事、それは彼を愛しているという気持ち。もう伝えるしかない!オーディションに合格していれば10日後にはNYへ発たねばならないのだ。「勇気を出すのよレイナ!」
そう自分に言い聞かせた彼女は次の瞬間、彼にこんな質問を投げかけたのだった。

「ねぇ、ジュ―ド!今、好きな娘っているの?」
TVのNBA中継に夢中になっていた彼は面倒くさそうにこう答えた。
「え?何だよ急に。そうだな、ミッシェルかな」

彼は適当に答えたつもりだった。しかし一気に地獄へと突き落とされた気持ちにかりたたれたレイナは自分でも思ってもいないセリフを口に出してしまった。

「彼女は親友だし、素敵な娘よ!私が手助けしてあげるわ」

その後、彼と何を話したかは覚えていない。ただ、何度もトイレに行っては彼に気付かれぬ様、涙を流していた事は覚えている。それはそんな失恋映画にありがちな儚い夜の幕切れだった。

1週間後、グレースランドのクラブでは様々な衣装に仮装した男女が踊り、入り交じっていた。司会はジュ―ドの親友、デビットが務めている。「さぁ皆、シークレットサンタを始めるからクジを引いてくれ」
ルールは簡単。各々に持参したプレゼントの表紙に名前を記し、引いた番号の品が貰えるという仕組みである。

「WOW、ジョージありがとう!これ高かったんじゃない?」
相手の名前がわかるからこのゲームは面白いのだ。そして次はレイナの番だった。
「何よこれ!1枚しかないじゃない。私に一人で行けって事!?」
表紙にはデビットと書かれてある。
クラブ内は爆笑の渦に包まれた。
それは映画のチケットなのだった…。次は彼女が恋焦がれていたジュ―ドがクジを引いた。品はミッシェルからの贈り物だった。
「あれっ?クリスマスカードしか入ってないぜ」
箱の中身は空っぽ。ジュ―ドがカードの封を解くとそこにはこう書かれていた。
<1万回のキス券>と。

これはデビットとレイナが事前に仕組んだものだったのだが、クラブ内は大いに盛り上がり、ステージ上へと上げられた二人には
『キスキス』コールが鳴り響く。
そんなシーンを自分で演出したとはいえ、レイナは見る事ができなかった。「私、何やってるんだろう?バカみたい・・」

そう呟いた彼女は泣きながら一人、静かにクラブを後にした・・。


翌日の空港ロビー。ボストンバックを一つだけ抱え、デパーチャ―を待っていたレイナに犬を連れた一人の男性が声をかけてきた。「オーディションに合格したんだって?何で言わなかったんだよ」レイナは彼と目を合わせず、犬の頭を撫でた。
少し間をおいたジュードはこう言った。「俺、ずっと昔から君の事が好きだったんだ。でももう遅いよな・・」驚いたレイナもすぐに叫んだ。

「私もずっとあなたが大好きだった。やっと言えたのに、なんでこのタイミングなんだろう…」どちらからでもなく、二人は強く抱き合うとキスを交わした。
人はそんな二人を遅すぎた恋と呼ぶかも知れない。しかし二人は知っていた。それが恋の始まりだという事を・・。


三年後のNY。ブロードウェイの舞台では誰もが新人、レイナシンプソンの演技に魅了されていた。

「今日も素敵だったわよレイナ」
「サンクス!ドナ」公演終了後、スポーツドリンク片手に劇場から出て来た彼女に犬を連れた一人の男性が声をかけてきた。

「シークレットサンタのクジが一枚余ってるんだけど、次は君の番じゃなかったっけ?」
プレゼントの中身を開けたレイナは微笑むと彼に思いっ切り抱きついた。
「これはデビットが考えたヤラセじゃないわよね?」

中には<結婚しよう>と書かれたカードが入っていたのである。

 雪降るクリスマスイブの夜。
セントラルパークに教会の鐘が鳴り響き、三年振りに再会した男女が手を繋ぎ街を歩いて行く。

そんな二人にしっぽを振り、白い小さな犬がその後を駆けて行った・・。

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