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【バーボンストリートで眠りたい】

バーボンストリート。言わずと知れたジャズの聖地である。
『HEY!ジョージ。10ドル渡すからM.デービスでも演ってくれよ』しかし男は首を振った。彼は何故か、一人のアーティストの曲しか演奏しないのだ。
白髪に白ひげ、年は70才を超えているであろう、その男の名はジョージニールセン。今夜も彼の奏でるサックスの音色が、深い闇の夜空へと鳴り響いていった・・。

11月のニューオリンズ。観光客で賑わいをみせていた昼と入れ違うように、日が沈むにつれ、常連客の足音が近づいてくる。
そんな中、ジョージはいつものように路上で準備をしていた。彼は8時半の時報とともに必ず、演奏を始めるのだ。
しかし今夜は少し違った。なんと彼の真横には、ボロボロのサックスを片手に、一人の少年が立っているのだから・・。
『ここは俺の島(場所)だ。遊びたいなら他へ行け!』しかし少年は動こうとしない。
『僕を弟子にして下さい。有名になってママを見つけるんだ』ジョージは彼の目をジッと見つめた。嘘偽りのない透き通った瞳をしている。
『~なら家へ来い!そんなオモチャじゃ、いい音は出せんだろ』微笑んだ少年は喜んで後を追った。名はマークリードという。年はまだ、15才にも満たない幼さの残る顔立ちをしていた・・。

フレンチクォーターの古びた雑居ビル。そのベースメントにある彼の部屋へ入った瞬間、少年は驚いてしまった。
『どうして何もないの?サックスと写真だけなんて・・』するとジョージは、壁に貼った数々のフォトを指差してこう言ったのである。
『人は時と共に、記憶や感情というものが薄れてゆく儚い生き物なんだ。どれほど親切にされた事も、どれだけ人に愛されてたって事さえも、いつかは薄れてゆく。だから俺はすべてを絶った。亡くなった妻の思い出とサックスだけを残して。そうする事であの頃の感情が少しでも甦る気がするんだ。少しでも・・』
『僕にはよくわからないよ』『ん?そうだな』
そう微笑んだジョージは、頑丈な鍵のかかった黒いケースを開けると、中から黄金に輝くサックスを取り出し、手渡した。
『<魔法の剣>という楽器だ。お前にくれてやるよ』それ以来、二人の特訓の日々は続いた。
スーパーボウルで沸く休日も、街が嵐で騒ぎ出す夜も・・。

二年後の冬。街は少し様変わりしていた。しかしバーボンストリートだけは変わらない!そして遂に、チャンスは訪れた。
『マーク!やっと今夜、夢が叶うぞ。信じろ、信じれば夢は必ず叶うものなんだ』
それはまさに待ち焦がれた出来事。ストリートで奏でる、一人の少年の噂が街で話題となり、TV局が嗅ぎつけたという経緯である。それも全米中で放送されるというのだから、心踊らずにいられる訳がない。
そしてその扉は今まさに開こうとしていた。そんな彼のこの一言から・・。
『5才の頃、母は僕を捨て家を出て行った。別に恨んでなんかいやしない!ただ、一目もう一度、会いたいだけなんだ。僕の名前はマークリード。母さん!これを見ていたらバーボンストリートに来てくれ。これが今の僕です』
たった4分しかない番組の枠の中、彼は精一杯サックスを奏でた。それはまるで夜空を駆け抜ける一筋の星の如く、魔法の光を放ち、また、時としてせつない音色を浮かべつつ・・。

ジョージニールセンという男。彼は今夜もバーボンストリートでサックスを奏でている。地元では有名なプレーヤーで、いつも会場は満員札止め。しかし癌で愛妻を失って以来、彼は毎晩、ストリートに立つようになってしまった。
しかも一人のアーティストの曲しか演らないのだ。それは病床での妻の最後のリクエストに応えられなかったのが原因。
彼はビリージョエルというアーティストを知らなかったから・・。
その後、ジョージは毎晩、ビリーの曲をまるで天国へ届けと言わんばかりに、夜空に向け奏でている。それも妻の亡くなった8時半という時間にストリートで20年以上も・・。
                                        『おいマーク!そんなに落ち込むなよ。今夜はクリスマスだぞ』『だって、あの中継から2週間も経ってるし・・』
するとそんな二人の前に、毎日通りかかる花屋の女性が涙ぐみながら近づいて来た。
『おばちゃん!今日は花が売れなかったの?泣かないでよ。僕が買ってあげるからさ』
その女性は突如、マークを抱きしめると叫んだ。
『ごめんなさい。こんな母親を許して・・』

 僕はこの街が大好きだ。尊敬するジョージに、気の合う仲間だっている。そしてこんな奇跡だって起こり得るのだから。ずっと思い描いていた夢が叶った。だから今夜、僕はバーボンストリートで眠りたい・・。

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