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絲室、静かな狂詩曲

2016年「ガンジーからのおくりもの」というカディ(インドの手織手紡ぎ布)のグループ展に参加していただいてから、ほぼ毎年、EDANEで展示をしていただいている「絲室」の磯部祥子さん。鎌倉で活動されているセラピストのkai(Junich Ogawa)さんに紹介をしてもらって以来、EDANEとも長い付き合いです。

磯部さんと話していると「落ち着く」とkaiさんも言っていたけど、私たちも同じように思っています。ただ、語り口は静かですが波瀾万丈の人です。決して器用ではない生き方に、私たちも人間らしさと親しみを感じています。
本人曰く、何事も続かず「ごちゃごちゃしていた」という20代の日々から、どのようにして今の「絲室」の活動へと至ったのでしょうか。

挫折した服づくり

今回の展示は、黒澤明監督の映画「八月の狂詩曲」からのインスピレーションを受けているそうですが、磯部さんは子供の頃から映像など視覚的なものへの興味があったそうです。あとは工作。手を動かして何かを作ることが好きでした。

思春期になると古着に興味を持ち、ウラハラ(裏原宿)のストリートファッションに憧れて、服の世界に進みたいと思うようになります。
女子美術大学のファッション造形学科に進学するも、緻密な服作りが性格に合わず、ミシンをかけることも好きになれなかったそうです。ファッション熱は一気に冷め、卒業はできたものの、服の世界に身を投じることはありませんでした。卒業後は、食材の店や、インド料理店、セレクトショップなどで働きました。
このあたりは「ごちゃごちゃ」の時期であり、仕事、プライベート共々、ボロボロになったこともあったそうです。

Zakkaとの出会い

そんな時代の中にも一筋の光明がありました。
それは渋谷の「Zakka」のスタッフになれたことです。元スタイリストのオーナー吉村眸さんのセンスや人間性に憧れている人たちがたくさんいて、磯部さんもその一人でした。

Zakkaの企画展の中で、吉村さん、そしてOBスタッフの方々と現スタッフが鍋つかみを作る「鍋つかみ展」というのがありました。大変人気のある催しで、現スタッフとして磯部さんもそれを作ります。当時、ドリンクスタイリスト「ノミモノヤ」として東京で注目されていたkaiさんもZakkaのファンでした。磯部さんとはこの「鍋つかみ展」で出会うことになるのです。

Zakkaの鍋つかみは、オーナー吉村さんの鮮やかな色のパッチワークと、その影響で制作された原色を使ったものが人気だったそうです。けれど磯部さんはあまり色を使わず、地味なパッチワークの表現でした。展示に訪れたkaiさんは、磯部さんの鍋つかみだけが「異質」だと感じましたが、とても気に入り購入してくれました。デザートの人気店「歩粉」(恵比寿から京都に移転)のオーナー磯谷さんも購入してくれました。服づくりの入口で挫折した磯部さんは、

もう私は物づくりをすることはない

と思っていました。ところがこの「鍋つかみ展」での制作が、今の「絲室」の活動へとつながっていくことになるのです。

ないようであるもの

30歳を機に東京から鎌倉へと拠点を移しました。
先に鎌倉山に移住していたkaiさんから頼まれたクッションやコースターを作ったり、インドの雑貨店で仕事をしながら、小さなアパートで細々と制作活動をしていました。

磯部さんは、自分が作る作品の布地はカディと決めていました。それは、20代の頃に勤めていたお店で取り扱いのあったブランド「dosa」の影響です。
「dosa」は、世界の民族の中で受け継がれている伝統的な手仕事や、職人の技術を採り入れて、服や小物を制作しているロサンゼルスのアトリエです。
「dosa」のアイテムの中にはカディを使ったショールや服があり、私たちもカディと言えば「dosa」というイメージを持っていました。磯部さんにとって「dosa」は今でも憧れの存在なのだそうです。

手織手紡ぎの布は世界中に数多くあるけれど、「dosa」を通じて触れたカディの不均一性を心地良く感じていました。インドの風土と自分の大ざっぱな性質との間に馴染むものを覚えたのです。そして「絲室」として活動するようになってからは、自らインドのジャイプールへ毎年カディを探しに行くようになります。

「絲室」のカディは、生成りの素地と薄いパステル色が特徴的です。
インドでの現地染めは私たちもその大変さを知っているので、どうやっているのだろう、と思っていたのですが、磯部さんの従姉妹が植物染色家で、染めをお願いしているそうです。「絲室」の染めは、染料として一度使用された植物を再利用して、薄く薄く色を重ねていきます。それでも、染まっているか、いないかというレメディの一滴のような植物のエッセンスにとどめています。

ないようであるもの、消えそうで消えないものが好きなんです

極薄の皮膜や、存在感の無さに惹かれる自分がいて、その自分らしさ「絲室」らしさは、Zakkaの「鍋つかみ展」からすでに始まっていたのです。

心象線形

パッチワークは端切れをつなぎ合わせて大きくしていきます。
小さなものがつながれて大きくなっていく。
けれど、磯部さんのパッチワーク手法の一つはとても独特です。それは大きなものをどんどん小さくしていく、というやり方です。

大きな布にハサミを入れて分割しそれをつなぎ合わせます。するとそこに線ができる。それをまたハサミを入れて切り、つなぎ合わせる。そうすると線が増えます。このやり方をランダムに繰り返して線を増やし、線形のコンポジション(形の構成)を作っていくのです。

洋裁は一枚の布からパーツを切り取り、組み合わせて形にしていきますが、磯部さんは切っては元の一枚に戻すという作業を繰り返します。
線が増えすぎても、少なくてもいけません。でもハサミを入れて線形が壊れていくことが面白いと磯部さんは言うのです。私たちはこの手法の話を聞いて、なるほど洋裁の緻密さとは真逆の発想だと思いました。

仕入れたカディの反物が増え、数年前に制作拠点を鎌倉から出身地である栃木に移しました。今後の「絲室」は進化し、カディ以外のことにもチャレンジもしてみたいと話してくれました。

私は白が好きなんです。だから白への追及をしていきたい。
いろんな国の心地良い白を組み合わせた表現をしてみたいと思っています。

今回はどのような作品が届くのか、とても楽しみです。
「三月の狂詩曲」は3月18日金曜日より始まります。

21日(月)の祭日、春分の日は菓子工房パルフィさんのスモールバーも開店します。ぜひお立ち寄りください!

三月の狂詩曲

2022年3月18日(金)〜27日(日)お休み23日(水)
Open 12:00〜17:00
作家在廊日18、19、20日(金、土、日)
21日(スモールバーのためにチラっと)

3月21日(月、春分の日)スモールバー
お菓子とお茶:菓子工房パルフィ
美味しいものを追求している兄妹の菓子工房。
私たちが大好きなパルフィさんの喫茶です!

美しいものも そうでないものも
悲しいことも うれしいことも
見えるものも 見えないものも
すべて狂詩曲に乗せて

the beautiful and the not so beautiful
the sad and happy 
the seen and the unseen 
all in a rhapsody

狂詩曲という言葉がずっと前から頭の片隅にありました
狂うという字があるので怖いイメージなのかと思っていたら 芸術上の自由な展開 という意味だと知ってとても魅かれました

自由奔放に散りばめられるかけらに想いを込めて

絲室 磯部祥子

絲室(いとしつ)Sachiko Isobe 
インドのコットンとシルクを使い、粗や密、直線と曲線、硬さと柔らかさ、こんな要素をつなげてパッチワークをしている。

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