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almost fiction

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だいたいこんな感じのことがあったけれど、証明はできないので、潔く虚構化してしまうのが目的の短編小説集です。
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#小説

煙草と金星と失恋について

 私はあまり煙草は好きじゃないのだけれど、私がかつて愛していた女性は愛煙家だった。ふたりで休憩に行って、彼女が煙草を吸うのを眺める時間が幸せだった。最初の一回だけは1本吸ってみるかと訊かれたけれど、それから先は二度と勧めらなかった。身体に悪いから吸わない方がいいと、私をニコチンで燻してしまわないように風下にまわりながら、彼女はよく苦笑いしていた。当時の私はカフェインが手放せなくなっていて、たまにタブレットで補ったりしていたのだけれど、そのことについては秘密にしていた。一点の曇

ひとり遊びに花の装い

 平成の終わった年の冬、京都の繁華街にある店でのことでした。そこは酸味が爽やかなコーヒーを飲ませてくれるカフェとして知られているのですが、陽が傾き始めるとウィスキーを頼む客が増えてきて、夜にもなれば当時でもすでに珍しかった全席喫煙可のバーになる店でして、間口が狭くて見つけにくいし、夕暮れになると、周囲にある敷居の高めな老舗に灯が入ることから、賑やかな人たちが少し離れた別の界隈に流れていくので、遅い時間を選んで入りさえすれば、まず窮屈を感じさせない店でした。とはいえ、なにせ小さ