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●訃報2021 パート3 (7月~9月)

●訃報2021 パート3 (7月~9月)

(トップ写真はクラレンス・マクドナルド)

【Artists Who Passed 2020】

(本作・本文は約14000字。「黙読」ゆっくり1分500字、「速読」1分1000字換算すると、28分から14分。いわゆる「音読」(アナウンサー1分300字)だと47分くらいの至福のひと時です。ただしリンク記事を読んだり、音源などを聴きますと、もう少しさらに長いお時間楽しめます。本文は最後まで無料で読めます。読後サポートしてもよいと思われましたら、投げ銭感覚でサポートをよろしくお願いします。では、お楽しみください)

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●訃報2021~パート3

【Artists Who Passed 2021: 7-9】

2021年も多くのアーティストたちが鬼籍に入った。ソウル・サーチンのツイッター、ブログで紹介したものをまとめます。ツイッターのみのものはツイートをすべて。ツイッターで速報したあとブログでまとめたものは、ツイッターの速報第一報とその後の評伝などのブログのリンクを紹介します。

パート3は、2020年7月から9月に亡くなったアーティストたち。

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【7月】

訃報。ジェームス・デュークス・ジュニア James Dukes Jr. 2021年7月4日までに死去。年齢死因死去場所不明。60歳代半ばとみられる。シカゴのソウル・グループ、ヘヴン&アース(LP4枚発売)のベースシンガー。小ヒット「ゲス・フーズ・バック・イン・タウン」→https://www.youtube.com/watch?v=kkxNVPFBXBk… https://twitter.com/soultrackscom/status/1411861902406262787…

訃報。中山ラビ(本名宮本ひとみ)さん。2021年7月4日死去。癌で闘病していた。https://bit.ly/3AtlTOJ 69歳前後とみられる。息子の一平さんが発表した。ボブ・ディランに影響を受け、70年代から日本の「女ボブ・ディラン」として多数のレコードを発表。現在は国分寺の喫茶店「ほんやら洞」店主。

訃報 ビズ・マーキー Biz Markie (本名マーセル・セオ・ホール)ラッパー、ヒューマンビートボックス、プロデューサー、2021年7月16日死去。57歳。死因は公表されていないが長年糖尿病などを患い4月に入院していた https://n.pr/2TkW9n0 日本語記事→https://bit.ly/3esq3wG→

1964年4月8日ニューヨーク・ハーレム生まれ。1988年LP『ゴーイン・オフ』発売。1989年「ジャスト・ア・フレンド」が全米9位の大ヒット。https://bit.ly/3xPYO7g ラップだけでなくごく初期からヒューマンビートボックスを駆使した。またコメディー的な魅力も

1991年発表の3作目『アイ・ニード・ア・ヘアカット』収録の「アローン・アゲイン」はギルバート・オサリヴァンの同曲をサンプリング。https://bit.ly/3ro1vdO 許諾を取っていなかったために訴訟で敗訴。以後、サンプリングの許諾の必要性が大きくなった。

〇ビズ・マーキー57歳で死去~ビートボクサー、ラッパー|Soul Searcher @soulsearcher216 #note https://note.com/ebs/n/nb365fb074ee8… @BizMarkie

訃報。酒井政利さん。2021年7月16日心不全のため都内の病院で死去。85歳。音楽プロデューサー。https://bit.ly/3z9vmJu 1960年代以降、日本の歌謡曲界、ポップスの世界で南沙織、郷ひろみ、山口百恵、キャンディーズ、松田聖子など多数のヒットを送り出し、日本の音楽界に多大な影響を与えた。

訃報 クラレンス・マクドナルドClarence McDonald LAのキーボード/ピアノ奏者、アレンジャー、プロデューサー。2021年7月21日死去。76歳。デイヴィッド・T・ウォーカーのサポートで何度も来日。デニース・ウィリアムス初期LP、ビル・ウィザース「ラヴリーデイ」他多数に参加。→ https://twitter.com/cmcdonald999/status/1418698997477171202…

1945年2月24日LA生まれ。1964年大学を辞め、66年徴兵でヴェトナム戦争。68年1月戻り、LAでスタジオ、ライヴでピアニスト、アレンジャーとして活動。フレンズ・オブ・ディスティンクション、フィフス・ディメンションなど多数のセッションに参加→ https://pic.twitter.com/aGk8lQwTwK

デニース・ウィリアムスの大ヒット「シリー」はその後モニカの「エヴリシング・トゥ・ミー」にサンプリングされ知られるように。自身名義のアルバムも。ジャズ、ソウル、R&B、ポップと幅広いジャンルで大活躍した→ https://pic.twitter.com/RbmgoP5VE9

訃報 クラレンス・マクドナルド Clarence McDonald 76歳で死去~エモーションズの「ベスト・オブ・マイ・ラヴ」~デニース・ウィリアムス「シリー」など多数でキーボード、アレンジ、プロデュースで参加~評伝などブログ/ノートに→https://bit.ly/3x2Vqok

Clarence McDonald の訃報が海外のメディアにもで始めました→https://bit.ly/3ia6dsB ソウルサーチン→https://bit.ly/3rJxrJQ このデルズの曲も彼が書いてました→https://bit.ly/2V0qXKn 「バッドラック」に似てる。1980年産BPM120アレンジはトム・トム。

訃報。ZZトップのベース奏者ダスティー・ヒル Dusty Hill 2021年7月27日テキサス州の自宅で就寝中に死去。72歳。https://bit.ly/3yepKNV https://bit.ly/375g3pp

訃報。チャールズ・コナー Charles Connor リトル・リチャード、ジェームス・ブラウン、サム・クックなどのドラマー、2021年7月31日カリフォルニア州グレンデールのホスピスで就寝中に死去。ただしいくつも疾患があった。86歳。→ https://bit.ly/2VsS2pw

【8月】

訃報 デニス・DT・トーマス Dennis D.T. Thomas, ファンク・バンド、クール&ザ・ギャングの創設メンバーの一人、サックス、フルート、パーカッション奏者、2021年8月7日までにニュージャージーの自宅で就寝中に死去。70歳。グループのSNSで発表→https://bit.ly/3lCmkRQ https://bit.ly/3fJCd5f

クール&ザ・ギャング創立メンバー。デニスはグループ内の金銭面。ワードローブ(スタイリスト)、ステージでMCなどを担当。グループになくてはならない存在。このイントロのMCがデニス→https://bit.ly/3yKclOd グループとして初来日以降多数来日→

クール&ザ・ギャングは、7月4日ハリウッド・ボウルでの式典で演奏しており、それが公の場での最後の登場となった。グループは1964年ジャズ・グループ、ジャジアックスとして結成。69年クール&ザ・ギャングに名称変更。https://bit.ly/3CrHgRj

クール&ザ・ギャングの創設メンバー、ロナルド・ベルは2020年9月9日68歳で死去している。7人の創設オリジナルメンバーのうちチャールズ・スミス(2006年死去)、ロバート・ミケンズ(2010年死去)、リッキー・ウェスト(1985年死去)5人が他界

〇デニス・トーマス(クール&ザ・ギャング)70歳で死去~「ファンキー・スタッフ」のホイッスル 評伝などブログに|Soul Searcher @soulsearcher216 #note https://note.com/ebs/n/nad362fed36c3… #denisthomas #koolandthegang

訃報 チャッキー・トンプソン Chucky Thompson ヒップホップ、R&Bのプロデューサー、2021年8月9日までに死去。53歳。https://bit.ly/3jMr6tA 1968年7月12日ワシントンDC生まれ。同地のゴー・ゴー・バンド、チャック・ブラウンの元からスタート、その後、ショーン・パフィー・コムスのバッド・ボーイ・エンタテインメント(レコーズ)で、多数のアーティストをプロデュース。メアリー・J・ブライジの『マイ・ライフ』、ノトーリアスB.I.G.、フェイス・エヴァンス、アッシャー、ブライアン・マクナイト、シャンテ・サヴェージなどをプロデュース。1990年代R&Bシーンの重要プロデューサーの一人。現在はシャナイア・トゥエインのプロデュースのほか、自身のドキュメンタリー作品を製作していたという。

訃報 ブルース・コンテ Bruce Conte 2021年8月8日、現在居住中のフィリピンで死去。タワー・オブ・パワーの1972年~79年のギタリスト。同時期アルバムにも参加、その後も2006年あたりに単発でライヴにも参加。長く白血病、糖尿病を患っていた→https://bit.ly/3yFc2Uz https://bit.ly/37xPTLZ

訃報 ウォルター・イエトニコフ Walter Yetnikoff 2021年8月8日死去、87歳。膀胱がんだったという。https://bit.ly/3xD1DHF CBSレコーズ元社長。1975年~1990年在籍中にマイケル・ジャクソン、ブルース・スプリングスティーン、バーブラ・ストライサンド、ボブ・ディランなど多数をてがけた。

逸話にはことかかない。アルカホリック(アル中)でワーカホリック(仕事中毒)、コカイン中毒、2本の電話を操り、数字に強く、ひじょうにアクの強い個性。1987年にコロンビア・レコーズ(CBS)を日本のソニーに売却。才能を見出す力があったと言われる。

1歳年上の弁護士先輩クライヴ・デイヴィスがウォルターをCBSに迎えた。様々な実績、逸話があるが、マイケルのビデオに関してMTVと戦ったエピソードは、音楽史を変えることになった。イエトニコフは音楽的ジャンルにはとらわれず、なんでも聴いた。

悲報。新木場のイヴェント、ライヴスペース「スタジオ・コースト」2022年1月末で営業終了へ。https://bit.ly/3fVwyZT ここで行われていたイヴェント「アゲハ ageHa」も終了する。2002年開業以来5千本以上のイヴェントを行いのべ700万人が来場した。

訃報。マイク・フィニガン Mike Finnigan 2021年8月11日ロスアンジェルスで腎臓がんのため死去。76歳。https://bit.ly/3AFvmll オハイオ州出身のキーボード奏者。ジミ・ヘンドリックス、サム・ムーア、タジ・マハールなど多数のアーティストのサポート。2度ブルーズ・ミュージック賞受賞。

訃報。千葉真一さん。2021年8月19日コロナからの肺炎で死去。82歳。https://news.yahoo.co.jp/articles/491cf6a2444ce85b06b57d0a2dac174869018aab… 日本映画界を代表するアクション・スター。テレビ『キイハンター』他多数、映画『キル・ビル』などで海外でもサニー千葉の名で人気を集めた。

訃報。ラリー・ハーロー Larry Harlow 2021年8月20日ニューヨークの病院で死去。82歳。https://n.pr/2XFs5Eh 肝臓疾患からの心不全。ニューヨークのラテン、サルサ界の大御所ピアニスト、プロデューサー。ファニア・レコーズで多数レコーディング。ただし血統的にはブルックリンのユダヤ系。

訃報。ドン・エヴァリー Don Everly 1950年代から60年代にかけて人気を得たデュオ、エヴァリー・ブラザーズのドン・エヴァリーが2021年8月21日ナッシュヴィルで死去。死因未公表。84歳。2014年死去の弟フィルと兄弟デュオを結成。1957年「バイ・バイ・ラヴ」が大ヒット→https://bit.ly/3sAX7bK

衝撃速報。訃報。チャーリー・ワッツ Charlie Watts 2021年8月24日ロンドンの病院で死去。80歳。ロック・グループ、ローリング・ストーンズの創立メンバー、ドラマー。https://bbc.in/2XJTWDi https://bit.ly/3jbXKFz 入院のため秋のツアーに代打でスティーヴ・ジョーダンが発表されていた。

訃報。サム・ソルター Sam Salter R&Bシンガー、ソングライター。2021年8月27日カリフォルニア州で死去。46歳。死因は未発表。ベイビーフェイスのラフェイスから1997年から2000年にかけて2枚のアルバムをリリースした。https://yhoo.it/3DtiiBG 1975年2月16日ロス生まれ。教会育ち。

訃報。リー・ペリー。Lee Scratch Perry レゲエ、ダブなどの世界的アーティスト。2021年8月29日までジャマイカの病院で死去。死因などはまだ不明。85歳→https://bit.ly/3gKmIKR 自身のグループ、アップセッターズとして、リー・スクラッチ・ペリー名義でも多数の作品を残した。

訃報。リー・ウィリアムス Lee Williams 2021年8月30日ミシシッピー州ポントトックの自宅で静かに死去。75歳。ゴスペルシンガー。1968年頃から活躍1996年初録音。リー・ウィリアムス&ザ・スピリチュアルQCズを率いた。2018年に引退した。1946年7月28日同州トュペロ生まれ。https://bit.ly/3yuv7rG

訃報 折田育造さん。2021年9月1日死去。79歳。1941年11月29日満州生まれ。慶応卒業後65年ポリドール入社。70年ワーナーパイオニア。その後ワーナー・ミュージック・ジャパン社長、ユニバーサルに移籍、社長、相談役。ポリドール、ワーナー/アトランティックなどで数多くの洋楽ヒットを生み出した。
2013年ラジオ番組『パイレーツ・ラジオ』の収録でご一緒したときの様子→ https://amba.to/2WWIsMO 折田さんが作ったサックスマン、キング・カーティスの歌謡曲インスト作品→ https://amba.to/38Ivm8k そのことをさらに突っ込んだ鷲巣さんの記事→https://bit.ly/2WMZo81

●折田育造さん79歳で死去~ワーナー・ミュージック、ポリドールで社長|Soul Searcher @soulsearcher216 #note https://note.com/ebs/n/nbb74328f10a9… #折田育造 #ikuzoorita

速報 訃報 DJプラット DJ Pratt (David John Pratt) ハワイのグループ、カラパナ Kalapana のギタリスト、2021年9月7日急死。66歳。https://fb.watch/7Udz_6I1dD/ 70年代からカラパナのメンバーとして活躍、多くの作品を残している。詳細はまだよくわからない。

訃報 カール・ビーン(大司教)Carl Bean2021年9月7日ロスアンジェルスで死去。77歳。LGBTQの先駆者として同運動を推進。ゴスペルからポップまで歌った。1978年ディスコで「アイ・ワズ・ボーン・ディス・ウェイ」が大ヒット、これは後にクイーンの同曲へ影響を与えた→https://bit.ly/38MXHKD →

1982年ゲイであることを公表、ゲイの牧師に。自身の教会設立、大司教に。音楽界では前述のディスコ・ヒットで知られるが、教会活動、LGBT活動家としてのほうが知られる。https://bit.ly/3zXWWu3 ロング・ヴァージョンは長くディスコでプレイされている

訃報。キャロル・フラン Carol Fran ブルーズ・シンガー、ピアニスト。2021年9月1日死去。87歳。南部のエクセロ・レコーズからレコード発売。約60年にわたり南部を中心に「スワンプ・ブルーズ」 というジャンルで活躍。特にメンフィス・バーボン・ストリートのライヴ多数→https://bit.ly/3tmotTB

訃報 ロビン・ラッセル Robin Russell 2021年9月8日までに死去。68歳。R&Bグループ、ニュー・バース/ナイトライターズのドラマー。 https://lat.ms/3jYFsIB https://bit.ly/3laXarp 独学でドラムスを学び、リトル・リチャードらのバックから、ニュー・バースに。パサディナの自宅から毎朝グリフィス・パークに向かいいつもの場所で、ドラムスを叩くことを日課としていた。両親が彼が子供の頃よくこの公園に連れてきたことから、今は自分で来ているという。自身のCDも出した。

訃報 ハリー・J・クームス(Harry J. Coombs) 2021年9月3日現在居住のサウス・キャロライナ州マール・ビーチで肺線維症で死去。85歳。1972年~2002年フィラデルフィア・インターナショナル(PIR)の宣伝マン。72年オージェイズの「バックスタバーズ」を大ヒットさせた→https://bit.ly/3C1x0OW →

PIRではオージェイズの他、ハロルド・メルヴィン&ブルーノーツ、テディ・ペンダグラスなど多数のアーティストを宣伝、PIRの成功に寄与。1985年並行して自身のインディ・レーベル、テンプレを設立。オージェイズのエディー・リヴァートの息子達のグループ、リヴァート発掘。

リヴァートはその後アトランティックと契約大ブレイク。リードのジェラルドもソロへ転じヒットを出したが、ジェラルドが2006年、ショーン・リヴァートが2008年若くして死去。1935年9月19日ワシントンDC生まれ。地元レコード店からCBS、キャピトルなどを経てPIR入り。

訃報 マリア・メンディオーラ Maria Mendiola 2人組ディスコグループ、バカラ Baccara の創始者の一人。2021年9月11日スペイン・マドリッドで家族に看取られ死去。69歳。1977年「イエス・サー、アイ・キャン・ブギー」の世界的大ヒット。https://bit.ly/3C5H61b

元々スペインのフラメンコ・ダンサー。テルマ・ヒューストンの全米1位「ドント・リーヴ・ミー・ディス・ウェイ」を思わせるディスコで、日本でも「誘惑のブギー」の邦題で大ヒット。1981年に二人がそれぞれ別のグループに。

訃報 ジョージ・ウエイン George Wein 2021年9月13日ニューヨークで静かに死去。95歳。野外の音楽フェスティヴァルを始めたパイオニア。1954年ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルを開催。以後、1959年ニューポート・フォーク・フェスティヴァル開始。https://n.pr/3Cd9gXU

 ニューヨークタイムズ→https://nyti.ms/3k4Yc9g AP通信→https://bit.ly/3k79zNS レスター・ヤングとビリー・ホリディ―の共演を実現したり、マイルス・デイヴィスを早くからブッキング、ジャズ・フェスのひな形を作り、後のロック・フェスへ繋がった。

訃報 メルヴィン・ダンラップ Melvin Dunlap 2021年9月12日カリフォルニア州で死去。76歳。チャールズ・ライトがSNSで明かした。ベース奏者。https://bit.ly/2VDwirs 1945年6月オハイオ州デイトン生まれ。同地のオージェイズのバックを担当、彼らとともにロスアンジェルスへ。以後ロスで活躍→

ロスでチャールズ・ライト&ワッツ103rd(ワンハンドレッドサード)バンドに参加。同バンドにはジェームス・ギャドソン、アル・マッケイも。「エクスプレス・ユアセルフ」が1970年8月から大ヒット。このベースの音が後に多数サンプリングされた。→

その後ビル・ウィザースのレコーディング、ツアーなどに参加。ビルの大ヒット(「リーン・オン・ミー」「ユーズ・ミー」等)のほとんどを弾くように。以後は、LAをベースにスタジオ・セッション、ライヴなどで活躍。

2009年に”Holistic Funk Music for the Millenium Highway”、 2012年に”The World of Holistic Funk”の自身のアルバムを出している。「エクスプレス・ユアセルフ」が映画で使われたもの→https://bit.ly/3nrGwGY

訃報 レオナード・ドック・ギブス Leonard "Doc" Gibbs 2021年9月16日までに死去。70歳前後とみられる。フィラデルフィア在住のパーカッション奏者。同地のアート・スクールに通い、フレディー・ハバードなどに認められ、サックス奏者グローヴァー・ワシントンのバンドメンバーに→

グローヴァーは「ミスター・マジック」が大ヒット、以後、ツアー、レコーディングにパーカッション奏者として参加。1977年暮れに出たグローヴァ―の2枚組『ライヴ・アット・ビジョー』などで注目。以後ジャズ、R&Bのライヴ、スタジオで活躍→

1980年アリスタからディスコ/ファンク・グループ、ロックスミスのメンバーとしてデビュー。アルバム『アンロック・ザ・ハウス』はヒットせず。2枚目も録音されたが発売されなかった。(ドックは後方左から2番目、帽子の人) https://pic.twitter.com/yF7S6lcXDR

2000年代に入って自身名義のアルバムも出した。1997年から2007年までケーブルTVで放送された料理番組『エメリル・ライヴ!』(料理家エメリル・ラガース主演)の音楽ディレクターを担当。最近ではエリカ・バドゥーなどの録音にも参加。

訃報。ジョージ・ムラーツ George Mraz [Jiří Mráz]、2021年9月16日チェコのプラハで死去。77歳。ジャズ・ベース奏者、サックスも→https://bit.ly/3hO6DnS チェコ生まれ、ミュンヘン生活を経てバークリー音楽院に。1960年代後期から多くのレコーディングに参加。オスカー・ピーターソン・トリオ他。

速報訃報 サラ・ダッシュ Sarah Dash 2021年9月20日現在居住のニュージャージー州で急死。76歳。パティ・ラベル、ノナ・ヘンドリックスとともに1960年代にパティ・ラベル&ブルーベルズの一員。その後ラベルと改名。74年暮れから「レディー・マーマレード」が大ヒット→https://bit.ly/3CKgWS7 →

死因は未発表だが前日「気分が悪い」と言っていた。誰も予期せぬ急死だったようだ。1978年ソロに。「シナー・マン」がディスコヒット。以後、ソロとして活動。ダンス曲、ラップ曲などもリリース。1988年にはキース・リチャーズに誘われストーンズ・ツアーにも→

2006年以降ラベルの単発的再結成に参加、テレビなどにも登場した。シアターものなどにも登場。1990年代以降、ホームレスのためのチャリティー活動にも従事。「レディー・マーマレード」は2003年グラミー殿堂入り。コロナのワクチン接種広報にも参加。

追悼 サラ・ダッシュ イギリスのソウル・ミュージック・ジャーナリスト、デイヴィッド・ネイサンの1979年のインタヴュー記事再録→https://bit.ly/3hTljlu ここには2021年9月18日、死去2日前の元気なパティー・ラベルとのライヴ姿の映像も。 #sarahdash #pattilabelle #davidnathan

訃報 メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ Melvin Van Peebles 映画監督、作家、レコーディング・アーティスト、2021年9月21日ニューヨーク・マンハッタンの自宅で家族に看取られながら死去。89歳。いわゆる「ブラック・シネマ」の世界の開拓者。https://nyti.ms/3uhhcFb 70年代初期から活躍。作家として著作を発表しながら映像メディアに進出。「ブラック・シネマ」がまだメジャーから認められずインディでやりだした頃からの映像作家。1971年発表映画『スイート・スイートバック・バッドアス・ソング』はインディながらヒット→ https://pic.twitter.com/p628RZkwpn

● メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ89歳で死去~ブラック・ムーヴィーの立役者
【Melvin Van Peebles Dies At 89】|Soul Searcher @soulsearcher216 #note https://note.com/ebs/n/n77c698f5e5e9… #melvinvanpeebles

レオナード・ドック・ギブス、Leonard Doc Gibbsフィラデルフィアのパーカッション奏者72歳で死去 詳細ブログに→ https://note.com/ebs/n/nc1491ae0eea5… #leonarddocgibbs グローヴァ―ワシントン1983年9月武道館ライヴにドックの姿、そこにはなんとデクスター・ワンゼルも。サポートにピーセス・オブ・ア・ドリームら。

「ジャスト・ア・トゥー・オブ・アス」のヴォーカルにはなんとグレイディー・テイト。若きジャズ・グループ、ピーセス・オブ・ア・ドリームは当時グローヴァ―が発掘しエレクトラからデビューさせた→https://bit.ly/3ABVg9V https://twitter.com/soulsearcher216/status/1440693512119349263…

グローヴァー・ワシントン1983年9月武道館公演。「ジャスト・ザ・トゥ・オブ・アス」のヴォーカルにはなんとグレイディー・テイト。若きジャズ・グループ、ピーセス・オブ・ア・ドリームは当時グローヴァ―が発掘しエレクトラからデビューさせた→https://bit.ly/3ABVg9V


衝撃訃報 ピー・ウィ・エリス Alfred Pee Wee Ellis 2021年9月23日心臓の合併症で死去。80歳。https://bit.ly/3AIr3Ga ジェームス・ブラウンのバンドで音楽ディレクター的存在となり、「コールド・スエット」、「セイ・イット・ラウド、アイム・ブラック&プラウド」などファンクのルーツを創生→

1941年4月21日フロリダ州ブレデントン生まれ。ソニー・ロリンズに師事した元々ジャズ・サックス奏者。1967年初めブラウンのバンドに参加。レコーディング、ライヴで実質的なアレンジを施した。インスト曲として超名になる「チキン」発表→

●ピー・ウィ・エリス80歳で死去~ジェームス・ブラウン・ファンクの立役者|Soul Searcher @soulsearcher216 #note https://note.com/ebs/n/n8cc2d547aa76… #peeweeellis #JamesBrown #FUNK

訃報 バーバラ・キャンベル・クック Barbara Campbell Cooke  サム・クックの未亡人、2021年4月に85歳で死去。ニューヨーク・タイムズ紙が、クック家ウォーマック家と親しいデトロイトのラジオ・ホスト、デイヴィッド・ワシントンに明かしたことを報道→https://nyti.ms/3AKvYGF →

サム・クックの未亡人。サムは1964年12月11日ロスアンジェルスのモーテルで女主人に殺害されるが、その3か月後、バーバラはサム達もよく知るボビー・ウォーマックと再婚し、当時非難をあびた。サム・クックの未亡人。サムとバーバラの間に生まれた娘リンダ・クックはボビーの弟、セシル(スィースル)・ウォーマックと結婚。2人はデュオ、ウォーマック&ウォーマックとして活躍。ボビーとバーバラの間には息子ヴィンセントが生まれたが、ドラッグとアルコール中毒になり、1986年、21歳で自殺。ボビーは2014年70歳で死去。バーバラとサムが知り合ったとき、すでにバーバラは別の男性との子供を育てていた。ボビーはバーバラとも、セシルとも口を聞かないという。

サム・クックの娘リンダ・ウォーマックと結婚したセシル・ウォーマックの訃報→https://amba.to/3o30TdU セシルは2013年1月25日65歳で死去。サム・クックに特化した元親さん @motochi_
のブログにNYタイムズ記事の抄訳掲載→https://amba.to/3ALjRsV

●バーバラ・キャンベル・クック Barbara Campbell Cooke  サム・クックの未亡人、2021年4月に85歳で死去 詳細ブログに|Soul Searcher @soulsearcher216 #note https://note.com/ebs/n/n841fa1d9c170… #barbaracooke #samcooke

訃報 アンドレア・マーティン Andrea Martin 2021年9月27日までに死去。49歳。1972年4月14日ニューヨーク出身のR&Bシンガー、ソングライター。モニカで1995年大ヒットした「Before You Walk Out Of My Life」(作詞)を皮切りに多数のヒット https://bit.ly/39Ic8A3 →https://bit.ly/3icT81e →

同曲はデンマークのソウルショック&カーリンのプロデュースでR&B1位ポップ7位。以後SWV「You're The One」,アン・ヴォーグ「Don't Let Go(Love)」,アンジーストーン「Wish I Didn't Miss You」(オージェイズサンプリング)→ https://bit.ly/3COmc72→

メラニー・フィオナ「It Kills Me」など多数のヒットを生み出した。https://bit.ly/3zN6Uxp 多くはニューヨーク・ラガーディア高校の同窓生イヴァン・マティアスとの共作。女性視点の歌詞で女性アーティストへの楽曲提供多数。モニカの大ヒットはもともとトニ・ブラクストンに提供録音されたがボツになり、レーベルメイトのモニカに回ってきて大ヒットに。1998年アリスタから自身名義でアルバム『ザ・ベスト・オブ・ミー』をリリースした。https://bit.ly/3m7UpHW 多数のバックコーラスを担当。

●アンドレア・マーティン49歳で死去~90年代女性R&Bシーンを彩ったシンガー/ソングライター ブログに音源リンクなど|Soul Searcher @soulsearcher216 #note https://note.com/ebs/n/n3b7bc2318bcd… #andreamartin #アンドレア・マーティン

訃報 ドクター・ロニー・スミス Dr. Lonnie Smith 2021年9月28日肺の肺線維症[で死去、79歳。https://bit.ly/3zOLfoM ジャズの世界でハモンドB3オルガンの名手として知られる。1960年代からジョージ・ベンソン(ギター)、ルー・ドナルドソン(サックス)らと共演。多数のライヴ、録音を実施→

1942年7月3日ニューヨーク・バッファロー郊外生まれ。楽器店にあったオルガンを弾かせてもらうようになりオルガン奏者に。1964年ジョージ・ベンソンとのグループがコロンビア・レコーズの耳にとまり契約。以後ジャズ、ファンキーなR&Bの世界を構築→

1970年代から80年代にかけてコンスタントに活躍、90年代に入るとイギリスを中心に起こり始めたアシッド・ジャズの動きの中でロンドンなどで若者を中心に人気へ。2021年7月、79歳の誕生を祝う配信ライヴが行われた→https://bit.ly/39P1V4K

Dr. Lonnie Smith : Lonnie Smith, George Benson Afro-desia(1975) →https://bit.ly/3zKJEjK  ファンク・オールスターズ・ライヴで2008年5月来日。ライヴ評→https://bit.ly/3F4pvZC(ピーウィ、フレッド、そして、ドクター・ロニー)https://bit.ly/39TeAUd

●ドクター・ロニー・スミス、79歳で死去 詳細ブログに|Soul Searcher @soulsearcher216 #note https://note.com/ebs/n/n7f3987196bf1… #drlonniesmith #hammondb3

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本記事は有料設定ですが、このnoteで最後まで無料で読めます。読後、お気に召せば「記事を購入する」、あるいは、「サポートをする」(金額は自由に設定可)なども可能です。クレジットカード払いか、携帯電話支払いがお選びいただけます。アカウントを作らなくても支払い可能。アカウントを作ると、次回以降手続きが簡略化できます。

ソウル・サーチン・ブログは2002年6月スタート、2002年10月6日から現在まで約20年毎日一日も休まず更新しています。ソウル関係の情報などを一日最低ひとつ提供しています。

これまで完全無給手弁当で運営してきましたが、昨今のコロナ禍などの状況も踏まえ、広くサポートを募集することにいたしました。

ブログの更新はこれまで通り、すべて無料でごらんいただけます。ただもし記事を読んでサポートしてもよいと思われましたら、次の方法でサポートしていただければ幸いです。ストリート・ライヴの「投げ銭」のようなものです。

オリジナルはソウル・サーチン・ブログ
ソウル・サーチン・ブログ・トップ
https://ameblo.jp/soulsearchin/

noteでの記事購入、サポートのほかに次の方法があります。

送金側には一切手数料はかかりません。金額は100円以上いくらでもかまいません。

1) ペイペイ(PayPay) 使用の方法

ペイペイアカウントをお持ちの方は、こちらのアカウントあてにお送りいただければ幸いです。送金先IDは、 whatsgoingon です。ホワッツ・ゴーイング・オンをワンワードにしたものです。こちらもサポートは匿名でもできますし、ペンネーム、もちろんご本名などでも可能です。もし受領の確認、あるいは領収書などが必要でしたら上記メールアドレスへお知らせください。PDFなどでお送りします。ペイペイでのお支払いの場合、受領確認・御礼メッセージが送りにくいので、ツイッターなどのアカウント、あるいは、メールアドレスなどがあればメッセージにお書き添えいただければ幸いです。

2) ペイパル (Paypal) 使用の方法

ペイパル・アカウントをお持ちの方は、ソウル・サーチンのペイパル・アカウントへサポート・寄付が送れます。送金先を、こちらのアドレス、 ebs@st.rim.or.jp にしていただければこちらに届きます。サポートは匿名でもできますし、ペンネーム、もちろんご本名でも可能です。もし受領の確認、あるいは領収書などが必要でしたら上記メールアドレスへお知らせください。PDFなどでお送りします。

3) ノート(note)のサポート機能

本ブログ、ノート(note)には少額のサポート・システムがついています。購読(100円から、記事量によって変動)、また、サポート(金額自由設定)もできます。Noteのサポート・ボタンなどをご利用ください。

4) サポートしたいが、ペイペイ、ペイパル、ノートなどでのサポートが難しい場合は、 ebs@st.rim.or.jp までご連絡ください。銀行振込口座をご案内いたします。(ちなみに当方三井住友銀行です。同行同士の場合、手数料がゼロか安くなります)

コロナ禍、みなさんとともに生き残りましょう。ソウル・サーチン・ブログへのサポート、ご理解をいただければ幸いです。

ソウル・サーチン・ブログ運営・吉岡正晴

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