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■■ソウル・サーチン・アーカイヴ・シリーズ 018 ~ メンフィス・ファンクのレジェンド、バーケイズ・ライヴ ■■

2020年6月8日記

バーケイズというファンク・グループは、本当にオールド・ファッションなリアル・ファンク・バンドだ。今では、メンバーも年齢が高くなり、こうしたヘヴィー・ファンクなパフォーマンスがしづらくなっているが、それでも、やはり1970年代から1980年代を通じてもっとも生きのよかったバンドのひとつ。日本でも根強いファンが多い。

ライヴ評をいくつかまとめて読んでいたら、その時のことがフラッシュバックしてしまったので、ぜひ2020年の読者の方たちとシェアしたくなったので、お送りする。

中でも、ジョン・ブラックウェルの飛び入りはすごかった。

バーケイズ、コンファンクシャン、レイクサイド、オハイオ・プレイヤーズなどのファンク・バンドはまたぜひ来日して、コロナ禍収束後に密密のところでがんがんにライヴをやって欲しい。

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(本作・本文は11000字。「黙読」ゆっくり1分500字、「速読」1分1000字換算すると、22分から11分。いわゆる「音読」(アナウンサー1分300字)だと37分くらいの至福のひと時です。ただしリンク記事を読んだり、音源などを聴きますと、もう少しさらに長いお時間楽しめます。お楽しみください)

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2020年6月8日記


①  2006年10月のライヴ評~その1

October 19, 2006
Bar Kays: Funk Explosion!! Sooooo Dynamite!!

http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200610/2006_10_19.html

(若干ネタばれになります。これからショウをご覧になる方は、あなたのリスクにおいてお読みください)

【バーケイズ・ライヴ、ダイナマイト・ファンク炸裂】

大爆発。

まさにファンクが炸裂、大爆発。完璧なファンク、エンタテインメント・ショウ。息つく暇もなく、次々とメドレーになって繰り出されるバーケイズのソウル、ファンクのヒットの数々。結成40周年を向かえる大御所ファンク・グループ、バーケイズの久々のライヴ。この肉感的な、ソウル度、ファンク度超満点のバンドの見事なことよ。Funk To The People!

伝説のR&Bシンガー、オーティス・レディングのバックバンドから、成り上がったファンクバンド、バーケイズはこれまで、赤坂ムゲン(1971年6月から7月)、渋谷「ライヴイン」(1986年頃?)、日比谷野外音楽堂で行われたファンク・フェスティヴァル『レッツ・グルーヴ』(1996年、他にコン・ファンク・シャン、エモーションズ、キャメオが来日)などで来日している。

ブログ バーケイズ ワッツタックスライヴ写真

下記セットリストで1から4まで一気。MCをいれてさらに5から最後までこれまた一気。ミディアムからアップテンポの曲ばかり(1曲だけスロー)による一気は、コットンクラブの気温を5度は上げ、うっすらと湯気が立ち込めた。一気飲みならぬ一気ファンクだ。More Funk To The People!

1970年代から1980年代にかけてのバーケイズのヒット曲、特に「シェイク・ユア・ランプ」から「ドゥ・イット」~「ホーリー・ゴースト」までの流れなどもう最高。つなげてスローの「アティテュード」へ。おどろくほど何の変哲もないこの作品が、超エロエロに変身。ここで若干の宣伝をしつつ、後半はロジャーへのトリビュート。キーボードのエズラが、ヴォコーダーを使いロジャーになりきった。

リード・シンガーのラリー・ドドソンの衣装は、まさに1970年代オールドスクールのファンク・グループらしい「ど派手」なラメいりのもの。こんな大げさなデザイン今時誰が作るというくらい、徹底してる。まさにソウル・ファッション。飛行機事故(1967年12月10日、オーティス・レディングとともに飛行機に乗ったバーケイズのメンバーが事故で死去)の生き残りメンバー、ジェームス・アレキサンダー(今回も来日しているベース奏者)とベン・コーリーがバーケイズを再結成し、その後何度かのメンバーチェンジ後、1970年にグループに入ったリード・シンガーがラリー・ドドソン。ラリーも36年間バーケイズのメンバーだ。

ところで、ラリーが「1987!」とか年代を言って歌い始める曲。かえって調べてみるとそれぞれ、ヒット年号が違っていた。(笑) ま、ファンクだから気にしない、気にしない。Give More Funk To The People!

よく動き、同じステップをふみ、観客を巻き込み一体化して、ファンク・エンタテインメントの頂上を極める。40年、ライヴバンドとしてたたき上げてきた連中はさすがに年季が違う。まさに究極のファンクバンドのライヴ・パフォーマンスだ。

来年(2007年)12月10日は、グレイト・オーティスを奪った事故からちょうど40年になるのか・・・。事故機に乗らなかったジェームス・アレキサンダーは、まさに究極のソウル・サヴァイヴァー。ここでひょうきんに、そして元気にベースを叩く姿にオーティスの遺影が浮かぶ。まさにソウル・バンドに歴史ありだ。 今週土曜まで、今からでも遅くはない。

マネー・トークス
マネー・トークス
ザ・バーケイズ
ブルース・インターアクションズ (1996/08/10)

■ライヴ

2006年10月21日土曜まで、丸の内コットンクラブ。一日2回。
http://www.cottonclubjapan.co.jp/ccj/top.html
TEL : 03-3215-1555
(11:00 a.m.~11:00 p.m.)

■メンバー

Larry Dodson(vo), Darrell Stanley(vo), Archie Love(vo), Kurt Clayton(Key), Ezra Williams(key), Michael Anderson(g), James Alexander(b), Hubert Crawford(ds)

Setlist (Bar Kays @ Cotton Club, 10/18/2006)

show started 21:30
01. Intro
02. Boogie Body Land (1980)
03. She Talks To Me With Her Body (1983)
04. Hit & Run (1981)
MC
05. Traffic Jammer (1981)
06. Sex-O-Matic (1984)
07. Move Your Boogie Body (1979)
08. Do What U Want 2
09. Shake Your Ramp To The Funk (1976)
10. Do It (Let Me See You Shake) (1982)
11. Holy Ghost (1978)
12. Attitude (Tribute To Roger) (1978)
13. More Bounce To The Ounce (1980-Roger/Zapp)
14. Freakshow On The Dance Floor (1984)
15. Your Place Or Mine (1985)
Enc. The Slide (1995)
show ended 22:48

(2006年10月18日水曜、丸の内コットンクラブ=バーケイズ・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Bar Kays
2006-194

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②  2006年10月のライヴ評~その2

October 23, 2006
Bar Kays: Integrity Of The Soul
【ソウルの律儀(りちぎ)~バーケイズ】

http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200610/2006_10_23.html

律儀。

バーケイズ最終日最終公演。いつになく、始まる前から観客が熱くなっている。これまで見たどのアーティストのライヴがよかったなど思い思いに談義が進んでいる。この日来ていた観客はみな、バーケイズやソウル、ファンクが好きでたまらなくて、楽しみにやって来た熱心な音楽ファンばかりのようだった。ライヴハウスを作るのは、結局はこうした観客なのだ。そして、そうした観客を集めるのは、ブッキング(どのアーティストを呼ぶか)に尽きる。ぜひいいアーティストを呼んで、いいお客さんを集めて欲しいと思う。

バーケイズの律儀その1。驚くことなかれ、バーケイズのメンバーは開演9時半の2分ほど前から続々とステージに上り、準備を始めた。開演時間より前に準備にのぞむアーティストとは、おそれいった。(笑) そして、ほぼ定刻にライヴ開始。この日は一曲目から半分以上の人たちが立ち上がり、腰を揺らし始めた。

ハイエナジー、エンジン全開、ファンク度大爆発のバーケイズのライヴ。音楽も熱いが、観客のファンクへの思いも熱い。会場もほぼ満席。このファンクを律儀に徹底的にやり通すところ、これがバーケイズのファンクの律儀、その2だ。

それにしても、ベース奏者のソウル・サヴァイヴァー、ジェームス・アレキサンダーは、舌を出しながら迫力満点のベースを聴かせる。映画『グリーンマイル』の主人公ジョン・コフィーを演じる俳優マイケル・クラーク・ダンカンに似ているように思った。舌を出すという点では、バスケットボールのマイケル・ジョーダンがダンクシュートを打つときに舌を出す、ということをマーヴィンが教えてくれた。

バーケイズの律儀、その3。ライヴが終わると10分も経たぬうちに、入口でサイン会を始めていた。売ってるグッズは、10年前のどこかのパンフレットや、自分たちで焼いたDVD-Rなどだが、サイン会をしてファンと直接話すというところが、律儀ですばらしい。

まさにソウルの律儀であった。毎年とは言わない、2年に1度くらい律儀に来日はいかが? 

■メンバー

Larry Dodson(vo), Darrell Stanley(vo), Archie Love(vo), Kurt Clayton(Key), Ezra Williams(key), Michael Anderson(g), James Alexander(b), Hubert Crawford(ds)

Setlist セットリスト (Bar Kays @ Cotton Club, 10/21/2006)

show started 21:31
01. (Medley 01-04)Intro
02. Boogie Body Land (1980)
03. She Talks To Me With Her Body (1983)
04. Hit & Run (1981)
MC
05. (Medley 05-12) Traffic Jammer (1981)
06. Thank You (Sly & Family Stone)
07. I Wanna Take You Higher (Sly & Family Stone)
08. Sex-O-Matic (1984)
09. Move Your Boogie Body (1979)
10. Do What U Want 2
11. Shake Your Ramp To The Funk (1976)
12. Do It (Let Me See You Shake) (1982)
MC
13. (Medley 13-16) Attitude (Tribute To Roger) (1978)
14. Holy Ghost (1978)
15. Freak Show On The Dance Floor (1984)
16. Your Place Or Mine (1985)
Enc. The Slide (1995)
show ended 22:39

(2006年10月21日土曜、丸の内コットンクラブ=バーケイズ・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Bar Kays
2006-197

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③ 2008年7月のライヴ評~その1

△バーケイズ・ライヴ(パート1)~ファンク大爆発の夜
2008年07月31日(木)
https://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10121887681.html

◎Bar Kays (Part 1) : Funk Party Till Dawn, Too Hot To Stop 


【バーケイズ・ライヴ(パート1)~ファンク大爆発の夜】

大増量。

暑すぎて、熱すぎてもう止まらない。メンフィス・ファンクの雄、ヴェテラン・ファンク・グループ、バーケイズの2006年10月以来、1年9ヶ月ぶりのライヴ。火曜セカンドは、最後ということもあってか、超大盛り上がりで、それまでの4日の中でもっともエネルギーが爆発したパフォーマンスになった。今回何回も見ているソウルメイト(複数)によると、この火曜セカンドが一番曲数も多く、時間を長くやったようだ。実際、僕が前回来日時に見たときよりも、かなり長くなっていた。(前回セットリストがアンコール含めて16曲だったのに比べ、今回はなんと27曲!)久々に「どファンク」のライヴをエンジョイした。

9時半になるかならないかで、バンドの6人がステージに立つ。(前回も1分前にはステージ入りしていたその律儀ぶりを書いていた) そして煽りのMCが「バーケイズ!!」とシャウトすると、オリジナル・ベース・メンバー、飛行機事故からのサヴァイヴァー(正確には事故機に乗らなかった唯一のバーケイズ・メンバー)ことジェームス・アレキサンダーと、1971年以降リード・シンガーとして、現在のバーケイズの顔となっているラリー・ドドソンがステージにかけあがる。こうして8人になったバーケイズはイントロから、そのファンク・エネルギーを大爆発。1曲目からもはや観客はほぼ総立ちだ。アップテンポで、怒涛のファンクに観客もひれ伏し狂態。いやあ、あいかわらずすごい。今回はギターとドラムスが前回メンバーと変わっていたが、そのファンク度合いは、まったく変わらず最高のままだ。しかもこの火曜セカンドは見所たくさんで、書ききれないほどだ。(でも、全部書く。のでパート2までいくと思います)

イントロから7曲目までのノンストップ・メドレーで完全に観客を掌握。客は彼らのファンクの手玉にとられる。バーケイズはファンクのコントロール・タワーになった。そしてノンストップで、初のスロー・ジャム「アンティシペーション」。ちょっと箸休めでほっとするのもつかの間、今度はバック・ヴォーカルのひとりダレル・スタンリーが前に出て1曲披露。これがまた実にいい声の持ち主で、リヴァート(父・息子)を彷彿とさせるシンガー。なんと、彼は今回のドラマー、エマニュエル・コールの実兄だそう。歌うはオージェイズの大ヒット「レット・ミー・メイク・ラヴ・トゥ・ユー」。

さらにマイクを次のコーラス担当アーチー・ラヴに手渡し、彼がレニー・ウィリアムスの「コーズ・アイ・ラヴ・ユー」を熱唱。まさにサザン・フィールたっぷりのディープ・ソウルの喉を聴かせた。このアーチーは、メンフィスのソウル・ヴォーカル・グループ、ソウル・チルドレンらと親交が深く、同グループのリード・シンガー、Jブラックフットのバック・コーラスとしても来日したことがあるという。

今回このレニー・ウィリアムスの楽曲を選んだのは、アーチー自身がレニーとJブラックフットのデュエット作品をプロデュースし、その2人でこの曲をレコーディングしたからだという。彼はその昔、ライト・チョイス、さらにメイン・アトラクションに在籍していたヴェテランだった。1990年ごろ、ライト・チョイスのメンバーとして、六本木の「ペペルモコ」という店の箱バンドとして3-4ヶ月来日していたこともある、という。

2曲の客演を終えて、再びバーケイズ・ファンクへ。「トラフィック・ジャマー」から、なんと今度来日する予定のスライの曲をメドレーで。そして、おなじみの「セックス・オー・マティック」さらに「ムーヴ・ユア・ボディ」。観客は休むことなく、腕を宙に上げ、振る。フロアは狂乱のダンス・フロアに。

そして、ギターのトニーGが、前にでて話始めた。「今日、僕の素晴らしい友達がここにきています。こんなドラマーは見たことがありません。たまたま彼とは同じ誕生日でね、9月9日」といってドラマーを招き入れた。彼はそのまま、ドラムスに。流れてきたイントロはおなじみの、いや、プリンスでおなじみの「パープル・レイン」だった。なぜ? 

Two Baaaaadest Drummers!! Double Dynamite: John(left) & Emanuel (right)

(この項明日につづく)

■ 過去関連記事 バーケイズ

October 19, 2006
Bar Kays: Funk Explosion!! Sooooo Dynamite!!
http://blog.soulsearchin.com/archives/001339.html

October 23, 2006
Bar Kays: Integrity Of The Soul
http://blog.soulsearchin.com/archives/001343.html
前回来日ライヴ評。

■メンバー

ザ・バーケイズ
Larry Dodson(vo), James Alexander(b), Darrell Stanley(vo), Archie Love(vo), Ezra Williams(key), Kurt Clayton(key), Anthony Gentry(g), Emanuel Cole(ds) 

■セットリスト バーケイズ
Setlist Bar Kays @ Cotton Club, July 29, 2008
[ ] indicates original artist ( ) indicate singer, otherwise Larry take all the lead

show started 21:30
01. Intro
02. Boogie Body Land (1980)
03. Shake Your Ramp To The Funk (1976)
04. Too Hot To Stop (1976)
05. Do It (Let Me See You Shake) (1982)
06. She Talks To Me With Her Body (1983)
07. Hit & Run (1981)
08. Anticipation (1982)
09. Let Me Make Love To You [O’Jays] (Darrell Stanley)
10. Cause I Love You (I’m Just A Fool) [Lenny Williams] (Archie Love)
11. Traffic Jammer (1981)
12. Thank You [Sly & The Family Stone]
13. I Want To Take You Higher [Sly & The Family Stone]
14. Sex-O-Matic (1984)
15. Move Your Boogie Body (1979)
16. Do What U Want 2
17. Drum Solo – Purple Rain (Drums by John Blackwell) [Prince](Sung by Anthony G)
18. Otis Medley(18-21) : I Can’t Turn You Loose (James Alexander)
19.Try A Little Tenderness (Larry)
20. (I Can’t Get No) Satisfaction (Larry)
21. (Sitting On The) Dock Of The Bay (Larry)
22. True Love (Archie Love)
23. What’s Going On [Marvin Gaye] (Darrell)
24. Holy Ghost (1978) (Jaye Kouyama sung)
25. Freakshow On The Dance Floor (1984)
26. Outro
Enc. Your Place Or Mine (1985) (Drums by John Blackwell)
show ended 23:15

(2008年07月29日火曜、丸の内コットンクラブ=バーケイズ・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Bar Kays
2008-129

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4 2008年7月のライヴ評~その2

◎バーケイズ・ライヴ(パート2)~ファンク大爆発の夜
2008年08月01日(金)
https://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10122258684.html

◎Bar Kays (Part 2) : Funk Party Till Dawn, King Of Old School Soul

(バーケイズ・ライヴ=パート2=昨日からのつづき)

【バーケイズ・ライヴ(パート2)~ファンク大爆発の夜】

オールドスクール。

特別のゲストが来ていて、ドラマーが交代した。そして、流れてきた「パープル・レイン」。すると、そのドラマーを見たソウルメイト、ハセヤンが言った。「おおっ、あれ、ニューヨークで見たプリンスのときのドラマーじゃないか?」「ええっ、なんで日本にいるの?」 よくわからない。

調べてみると、なんと、メンバーのエマニュエルに代わってドラムスの席についたのは、元プリンスのドラマー、ジョン・ブラックウェルだったのだ。ギターのトニーが、まるでプリンスの如く歌い、プリンス・バンドのジョンがドラムを叩いた「パープル・レイン」はフルサイズ10分以上になり、やんやの大喝采を集めた。それは手馴れたはずだ。いやあ、スローなのに盛り上がった。いいドラマーだ。

メンバーが彼を紹介する。「ジョン・ブラックウェル!!」 拍手の中、いったんステージ横に退出。そして、今度は何をするかと思ったら、ベース奏者のジェームス・アレキサンダーが前に進み出た。MCによって、「われわれはグループを結成して40周年になる。(筆者注、初ヒットからはすでに41年、結成からは42年) 以前、オーティス・レディングのバックをつとめていた」と紹介され、怒涛のオーティス・メドレーが始まった。しわがれ声のジェームスの歌声は、オーティスを真似たものか。なんと渋い声。いっきにコットンクラブが1960年代のR&Bワールドにワープした。

オーティスのバックを務めたバーケイズが、しかも、実際にオーティスの後ろでベースを弾いたジェームス・アレキサンダーがそのオーティスの曲を歌う。「オーティス・レディング!! ウイ・ミス・ユー!!」とジェームスが叫ぶ。感動だ! 忌野清志郎さんに見せたかったな。「アイ・キャント・ターン・ユー・ルーズ」から始まり、ノンストップで「トライ・ア・リトル・テンダーネス」に。リードはここからいつものラリーに。これは最近は映画『マイ・ブルーベリー・ナイツ』でも、コーヒーショップ、スターバックスでもかかっていて、ちょっとしたブームだ。さらに「サティスファクション」。ストーンズのカヴァーをオーティスがやったヴァージョン。そして、そのまま「ドック・オブ・ザ・ベイ」だ。途中のサビの部分を、ラリーはマイクを観客に向け歌わせようとしたが、ちょっと歌詞部分がわからず、あまり歌えなかった。でも、口笛の部分はみんながなんとかやった。「ドック・オブ・ザ・ベイ」の歌詞は基礎教養として覚えておかないとだめか。(笑) このオーティス・メドレーは前回になかったので、定番にすればいいのにと思った。

そして、アーチー・ラヴが再度登場し、彼の持ち歌「トゥルー・ラヴ」を披露。さらにもう1曲マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」をダレルが。この時点で、もう20%増量なんてものではなく、50%増量くらいになっているのではないか。そして、これを終えて、バーケイズ・ショウへ戻る。「ホーリー・ゴースト」だ。なんと、この「ホーリー・ゴースト」では客席にいたジェイ公山さん、ステージに上げられ、熱唱! なんという増量。(笑) グッドジョブ! ジェイさんはバーケイズと一緒にレコーディングもしているわけだし、ステージにあがってもなんら違和感なしだ。そして、ノンストップで「フリーク・ショウ」。これで一度本編を終わり、アンコールに「ユア・プレイス・オア・マイン」。

「You Ready Go Home? (家に帰りたいか?)」 「ノ~~~~」

なんとこのアンコールでは、キーボード、エズラとカートのソロがあり、その後にジョンがドラム・ソロに再突入。これがすごかった。ドラム・ソロをやっている間、メンバーはドラマーを見つつ、手で仰ぐしぐさ。そして、ジョンのドラム・ソロ。あいた口がふさがらないとはこのこと。元ドラマー、ハセヤンも「これはすごいわ」とえらく感激。

そして、ジョンがドラムに入ったことから、バンドの本来のドラマー、エマニュエルがあぶれたと思いきや、ジェームスが彼を手招きし、エマニュエルにベースを手渡すではないか。彼もかなり巨漢なので、ベースが小さく見えるが、いきなりバチバチものすごいソロを叩く。チョッパーだ。ええっ、彼はベースもできるんだ。みな、器用。しかも、ドラムスとベース(実際はドラマー)のインタープレイがまたまたおもしろい。これが結局15分近くになるロング・ヴァージョンで大団円となった。

しかし、エネルギッシュですごい。50%大増量のライヴであった。しかも、よくセットリストを見ればわかるように、スライ、マーヴィン、オーティスまで、ある意味「オールド・スクール・ソウル(&ファンク)」のデパートではないか。

ライヴが終わると、DJアトムが手招き。すでに目もうつろ状態。相当よっぱらっている様子。聴けばファーストとセカンドを通しで見て、前日も見たという。都合3回見て「僕は1回しか見てない」というと、「(オレは)3回で、吉岡くんに勝ったよ」と自慢げ。ジェイさんに「グッドジョブ」と声をかけると、「今日はただの客ですから」。そして、『ソウル・トレイン』のDJリュウが。「今、ジョン・ブラックウェルのめんどうみてるんですよ、今回だけですけどね」と。あ~~なるほど、それで。「今回のバンマスはキーボードの学史だよ」 ああ、なるほど。それはすごいや。あさって(31日・木曜)ダブルやるから来てくださいと、ということで急遽行くことに。

ライヴ後、汗を拭くまもなくメンバーはサイン会にでてくる。何人かと話したことをまとめてみる。

ステージ向かって左のスキンヘッドのキーボード、エズラ。右側のキーボードもスキンヘッド。右がカート・クレイトン。これまでにも何度も来ている、愛称KC。ヴォーカル・ダレルとドラムス、エマニュエルは兄弟で、ダレルが兄。エマニュエルは3年ほど前にバーケイズに入ったが、前回来日時(2006年)は別の仕事が先に入っていてバーケイズの一員としては来日できなかった、という。最初3年前にバーケイズ入りしたときは、キーボード奏者として入ったそうだ。ということは彼はドラムス、キーボード、そして、ベースも弾くのか。まさにマルチ・プレイヤーではないか。

アーチーは先に述べたとおり、南部メンフィスを中心に活躍するヴェテラン。1958年11月23日シカゴ生まれ。スタックス周辺で活躍し、ソウル・チルドレンらと関係のある仕事をしてきた。最近ではJブラックフットの最新作『イット・エイント・オーヴァー・ティル・イッツ・オーヴァー』やソウル・チルドレンの『スティル・スタディー』などに曲提供したりプロデュースをしていたりする。レニー・ウィリアムスとJブラックフットのデュエットをプロデュースしたのは書いた。

キーボードのエズラは3年ほどバーケイズに在籍。Jブラックフットなどとも仕事をしてきた。ワーナーから1995年に出たRAWというグループにもいたという。オリジナル・メンバー、ジェームス・アレキサンダーは「足ががくがくするよ」と言ってぼやく。誕生日はと訊くと「1月19日」。「年号は?」「1950年、58歳だ、もうオールドだよ」との答え。資料によっては1948年生まれ説もあるが、果たして。

それにしても、これだけ熱いファンクを聴かせてくれるバーケイズ。おそらく日本のファンのリアクションも十分楽しんでいるようだ。いいミュージシャンといいファンのいい関係ができて、いいライヴが行われる。最高に素敵だ。今回彼らに新たな名前を授けたい。「キング・オブ・オールド・スクール・ソウル」。

(セットリスト、メンバー表は昨日付けの日記に)

(2008年07月29日火曜、丸の内コットンクラブ=バーケイズ・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Bar Kays
2008-129

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⑤ ベン・コーリー訃報2015年9月

バーケイズ創立者の一人、ベン・コーリーの訃報。バーケイズの簡単な評伝も

●ベン・コーリー(バーケイズ創立者)67歳で死去
2015年09月26日(土)
https://ameblo.jp/soulsearchin/entry-12076567663.html

【Ben Cauley Dies At 67】

訃報。

メンフィス・ファンクの雄、バーケイズのオリジナル・メンバーの一人、トランぺッター、ベン・コーリー Ben Cauley が2015年9月21日夜メンフィスのメソジスト・サウス病院で死去した。67歳。しばらく体調を崩していた。1989年に心臓発作を起こしていた。

http://goo.gl/0Z6ded  

http://www.dailymail.co.uk/tvshowbiz/article-3245684/Trumpeter-Ben-Cauley-dies-age-67-surviving-1967-plane-crash-ended-life-friend-Otis-Redding.html

コーリーは、オーティス・レディングとバーケイズのメンバーの命を奪った飛行機に搭乗しながらも事故から唯一生き残った人物。

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The Bar Kays – Soul Finger (1967)

https://www.youtube.com/watch?v=AfK1IPLpcqs


一番左のトランペットがベン・コーリーと思われる。左からベン・コーリー、ファロン・ジョーンズ(サックス)、ジミー・キング(ギター)、ジェームス・アレキサンダー(ベース)、オルガンがロニー・コールドウェル、ドラムスがカール・カニンガム。アレキサンダーとコーリー以外がオーティスととともに飛行機事故で死去。

珍しい映像。コーリーが2015年の「エルヴィス・ウィーク」で「ザ・ドック・オブ・ザ・ベイ」を歌っているシーン。

https://www.youtube.com/watch?t=26&v=u8Lic2CmD_A

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評伝。

ベン・コーリー・ジュニアは1947年10月3日メンフィス生まれ。1960年代初期に学校の仲間とバンドを結成。60年代半ばまでにメンバー変遷などを経て、バーケイズに。バーケイズはメンフィスのスタックス・レコードと契約。同レーベルのハウス・バンドとして活躍していたブッカーT&ザ・MGズのドラマー、アル・ジャクソン・ジュニアが彼らのことを気に入り、MGズに続くスタックス第二のハウス・バンドと育てるべく彼らの面倒をみた。

バーケイズのメンバーは多くのスタックス・シンガーたちのバックを、レコーディング・スタジオ、ライヴなどでも担当。オーティス・レディング、カーラ・トーマス、サム&デイヴなどのバックもつけた。

1967年夏からスタックスのナンバー・ワンR&Bシンガー、オーティス・レディングが彼らをツアー用バンドとして起用。そんなツアー中の1967年12月10日、オーティスの自家用飛行機で移動中、これが北部ウィスコンシン州マディソン近くの湖に墜落。このベン・コーリーを除くバーケイズのメンバーとオーティス・レディングの命を奪った。コーリーは、安全ベルトをしていなかったため、墜落時に飛行機から機外に投げ出され、湖でクッションにつかまっていた。他のメンバーは、ベルトをしていたために、飛行機から脱出できず機とともに湖に沈んだ。

またメンバーのジェームス・アレキサンダーは、飛行機の席がなく別の飛行機で移動したために助かった。

コーリーとアレキサンダーはその後、バーケイズを新しいメンバーを集め再結成。ラリー・ドドソンが新たなリード・ヴォーカルになり、ヒットを放つようになる。ただし、コーリーは1971年に2人の娘を育てるためにツアーの多いグループを脱退。地元での音楽活動に専念するようになった。バーケイズは、スタックス倒産後の1976年、メジャーのマーキュリー・レコード(現在はユニヴァーサルが権利を所有)と契約して以降、多数のヒットを放った。

代表ヒットは、スタックス時代に「ソウル・フィンガー」、アイザック・ヘイズの『ホット・バタード・ソウル』のバック全般、映画『ワッツタックス』、「ソン・オブ・シャフト」、マーキュリー以降は「シェイク・ユア・ランプ」、「ホーリー・ゴースト」、「ブギー・ボディー・ランド」、「フリーク・ショー・オン・ザ・ダンス・フロア」などなど。

バーケイズ自体は、1971年赤坂ムゲンのハコバンドとして初来日後、1986年頃渋谷ライヴ・イン、1996年「ファンク・フェスティヴァル」、最近では2006年10月、2008年7月に来日しているが、前述のように1971年にグループを脱退しているコーリーは帯同していなかった。

また、バーケイズは、日本のソウル・シンガー、ジェイ公山が一緒にレコーディングをしている。

コーリーの娘たちもバンドを結成、地元メンフィスのライヴハウスなどで活躍している。

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■バーケイズ過去記事

バーケイズ・ライヴ(パート1)~ファンク大爆発の夜
2008年07月31日
http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10121887681.html

バーケイズ・ライヴ(パート2)~ファンク大爆発の夜
2008年08月01日(金)
http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10122258684.html

October 19, 2006
Bar Kays: Funk Explosion!! Sooooo Dynamite!!
http://blog.soulsearchin.com/archives/001339.html

October 23, 2006
Bar Kays: Integrity Of The Soul
http://blog.soulsearchin.com/archives/001343.html

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OBITUARY>Cauley Jr., Ben (October 3, 1947 – September 21, 2015, 67 year old)

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⑥ バーケイズ・ライヴに飛び入りしたジョン・ブラックウェル訃報

●ジョン・ブラックウェル43歳で死去~プリンスに愛されたドラマー
2017年07月06日(木)

https://ameblo.jp/soulsearchin/entry-12289966648.html

【John Blackwell Dies At 43】

訃報。

プリンスのニュー・パワー・ジェネレーションのドラマーとして活躍、その後さまざまなアーティストのサポートとして人気となったジョン・ブラックウェルが2017年7月4日フロリダ州の病院で死去した。43歳だった。2016年6月来日時に体調不調を訴え精密検査をしたところ脳腫瘍が2つ発見され、帰国後手術をし、リハビリテーションをしているところだった。

ブログ バーケイズ ジョンブラックウェル 写真

ブラックウェルは日本の宇多田ヒカルなどのバックも担当していたことで、日本にも友人が多く、彼自身日本を愛していた。

評伝。

ジョン・ブラックウェル・ジュニアは1973年9月9日、サウスキャロライナ州コロンビア生まれ。父親、ジョン・ブラックウェル・シニアは1960年代から70年代にかけて活躍したソウル・アーティスト、メリー・ウェルズ、キング・カーティス、ジョー・サイモン、スピナーズなどのサポートをしていたドラマー。

幼少時から音感が鋭く、3歳頃からドラムスを叩き始め、高校時代にはパーフェクトピッチ(絶対音感)があったという。

17歳のとき(1990年頃)ビリー・エクスタインのバンドメンバーとなり、その後バークリー音楽院に進学、1995年にバークリーを辞めたあとファンク・グループ、キャメオに3年ほど在籍した。

1998年(24-5歳)、本拠をロスアンジェルスに移し、パティー・ラベールのバンドメンバーに。1998年のラベールのライヴ・アルバムにも参加、同作品はグラミー賞「ベスト・トラディショナル・R&Bヴォーカル」部門を獲得。ラベールがミネアポリスでライヴをしたときにプリンスと出会い、プリンスに気に入られた。

ブラックウェルは日本のR&Bデュオ、ダブルのツアー、さらに2000年5月には宇多田ヒカルのバンドメンバーともなり、日本にも長期滞在していた。

その後、宇多田ツアー終了後の2000年9月からプリンスのニュー・パワー・ジェネレーションのメンバーに。その後2004年後半までプリンス・バンドのメンバー。以来、2012年まで出たり入ったりしてプリンスおきにいりのドラマーとなった。

2003年のインスト・アルバム『N.E.W.S.』ほかプリンスのレコーディングにも参加。同作もグラミー「ベスト・ポップ・インスト・アルバム」部門にノミネート。

プリンスの他、ジャスティン・ティンバーレイク、メイズ・フィーチャリング・べヴァリー、さらに、ディアンジェロのバックバンド、ヴァンガードのメンバーともなり、売れっ子ドラマーとなった。

プリンスの作品では『レインボー・チルドレン』『ワン・ナイト・アローン・ライヴ』、『N.E.W.S.』、『ミュージコロジー』などにも参加している。

2016年6月末、ニック・ウェストのサポートで来日時、腕に力が入らず、ドラムスが叩けなくなり、途中からプリンスの思い出話などをした。翌日病院で調べると、脳腫瘍が2か所発見され、帰国後手術。リハビリテーションをしていた。

2017年7月4日、妻がフェイスブックなどSNSで死去を伝えた。

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■関連記事

バーケイズのライヴに飛び入り
http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10122258684.html

翌日のダブルのライヴ
http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10122617748.html

ニック・ウェスト2度目の来日~ジョンはプリンスの思い出話を披露
2016年07月04日(月)
http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-12176981902.html

ジョン・ブラックウェル、手術無事成功~メディカル・ファウンドを継続
2016年07月24日(日)
http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-12183257183.html

ジョン・ブラックウェルの後釜に選ばれたロナルド・ブルーナーについて

ロナルド・ブルーナー・ジュニア、プリンスについて語る (パート1)
2017年06月28日(水)
http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-12287477588.html

ロナルド・ブルーナー・ジュニア、プリンスについて語る (パート2)
2017年06月29日(木)
http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-12287608803.html

OBITUARY>Blakwell, John(September 9, 1973- July 4, 2017, 43 year old)

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