【松本医院】 国家などいらないという「アナーキズム」を主張したい訳ではありませんが、“日本”という国家(=政府)には期待しない方が身のためです

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こういう方に対しては、こちらがどう申し上げたとしても理解されないと思うので、これ以上のやり取りは避けたいところなのですが、これは当院のフォロワーの皆さんにも是非とも述べておきたいこと。

当たり前の話ではあるのですが、本来個人の「自由」や「権利」というものは、国や政府から与えられるものでも、逆に(不当に)縛られるべきものでも決してありません。

国が存続することが、その自由や権利があることの必要条件などでは決してありません。

“自然権”など、人は生まれながらにして諸権利が与えられていると考えるべきです。

例えば“日本”という国としての基盤がなくなったとしても、日本列島には実際に我々日本人(と呼ばれる民)が大勢住んでおり、そこではさまざまなコミュニティができており、個々が自由に権利を行使しながら生きているわけです。

“日本”という国の基盤がなくなったからといって、個人の自由や権利すらなくなるというのは全くの間違いです。

それは、単に「自分が生きていく上で、自由や権利が保障されるためには国という基盤が必要なんだ」と洗脳されているだけ。

まずは、その洗脳から目覚めるべきです。

さらに重要なことを、ここではっきり述べておきましょう。

本来は「国家」というものは、我々一般市民からすれば最悪の暴力装置であり、民衆の敵です。

国家などいらないという「アナーキズム」を主張したい訳ではありませんが、“日本”という国家(=政府)には期待しない方が身のためです。

“大きな”政府になればなるほど、暴力装置としての破壊力は凄まじく、実際に今現在我々は国家に蹂躙され、搾取されまくっています。

歴史上人類の最大の過ちは、この国家権力(=リヴァイアサン)をのさばらせてしまったこと、と言っても過言ではないと私は考えています。

ですから、国に頼るとか、国を基盤として考えるということは、いますぐにやめるべきです。