後藤明生『夢かたり』生原稿流出・転売事件メモ ーOrange Diaryー
2018年1月に亡父・後藤明生が1975年に発表した小説『夢かたり』の生原稿が、作品の掲載元である出版社から返却されずに古書店で販売されていることを知り、著作権継承者として事態に向き合ってきた記録を時系列通りに残します。
今回の件で、私は多くの新しい知識を得、世の中には人の数だけの「言い分」があることを実感しました。
創作者の皆様、創作を愛する皆様、後藤明生のファンの皆様、そして出版業界の皆様、古書業界の皆様、等々に読んでいただき、ご意見、ご指摘、ご助言、などいただければ幸いですし、本文の中で私が疑問を投げかけていることに対してのお答えやヒントをいただければ大変助かります。
2018年1月某日
いつも通り、ツイッターの「アーリーバード・ブックス」のアカウントで、「後藤明生」を検索する。「アーリーバード・ブックス」は、私が運営する後藤明生の電子書籍レーベル専用のアカウントだが、後藤関連の情報全ての収集・拡散に活用している。いくつかヒットした中に、写真付きの投稿があった。
新着商品情報
後藤明生『夢かたり』原稿
1975年中央公論社『海』掲載 云々
写真を拡大してみた。原稿用紙に書かれた文字は父・後藤明生のもので間違いない。
2018年1月12日
原稿を販売している神田神保町の古書店「玉英堂書店」にメールで問い合わせる。
内容は
私が後藤の著作権継承者であること。
原稿をどのように入手したのか知りたい。
原稿を本人または親族が売った事実は無いので、盗難品の疑いがある。調査したいので、販売を控えてほしい。
この3点。
この時点では私は、盗難品を売ることは出来ないのだろうと思っていた。こちらがそれを伝えれば、店は自動的に売ることができなくなる、と。思い返せば実に「無邪気で無知」であった。
数日後、玉英堂書店 代表取締役 斉藤良太氏より返信
原稿は2017年末の古書の市場(いちば)で落札した。
それより以前の販売ルートは不明である。
私の申し出については、私と揉めたくはないので、とりあえずはカタログから外し、ツイッターの投稿も削除する。しかし、それではこちらの商売は成立しない。長くは待てない。
これが今回の件で受けた最初の衝撃だった。
現行の法律では、古物商は仕入れた商品の所有権を有する。盗品と認識して買い取ったのでなければ、販売できる。これを「善意の第三者」というらしい。被害者から盗難届がでていれば販売は出来ないが、盗難届は警察に提出し、認定されなければ販売を差し止める効力は無い。
同日
文藝家協会に電話する。
これまでのいきさつを電話対応してくれた担当者に話す。
「後藤明生本人が原稿を売却した事実は無いし、彼の死後親族が売却した事実もないのに、生原稿が古書店で販売されている。原稿を掲載、刊行した出版社から本人に返却されずに流出、転売された可能性が高く、その場合は盗難の可能性がある。このような場合どうすれば良いか」
担当者が中央公論新社(『夢かたり』掲載当時は中央公論社という出版社だったが、経営危機となり、読売新聞社の傘下で再建。現在は社名が変更されている)のライツ管理部部長と面識があるので、連絡してくれるとのこと。また、文藝家協会理事長の出久根達郎様にも話をしてくれることになった。担当者の対応は「原稿は作者のもの、返ってきて当然」という私の認識と一致しているという感触だった。
そして返ってきたのは、理事長出久根様の以下のご判断
「このような事例は、過去に多くあり、親族が古書店より入手価格で買い戻すのが常である。今回は中央公論新社を仲立ちとして、買い取りの交渉を進めるのが適当であろう」というものだった。
こうして、今後は中央公論新社と私が連絡を取り合うということにした。
この時点で私は、出久根様の判断を、中央公論新社がお金を出して、原稿を買い取って私に返してくれるという風に解釈していた。なぜなら、原稿は、もう40年以上前のこととはいえ、父が依頼を受けて執筆し、文芸誌に掲載され,のちに単行本化され、その後は中央公論社が父に返却すべきだった。その責務が果たされていないなら、今からでも果たしてくれるのが当然だから、と信じ切っていたからだ。
2018年2月1日、2日
中央公論新社ライツ管理部とのメールでのやりとり
中央公論新社(以下 ㊥)
出久根様から指示されたので、生原稿の買い取りの窓口を引き受けます。玉英堂と連絡を取り、「入手価格で松崎に譲渡してもらうよう」話をするつもりだ。
原稿の代金は私が払うこと前提であることがこの時初めてわかった。
㊥は、あくまで私と古書店の間に立って交渉のマネジメントをするつもりであること。
もし私が自腹で買い取るなら、㊥のヘルプは不要。日本語圏外の人間でもないし、外国に住んでいるわけでもない。
中央公論新社が、玉英堂書店から私が原稿を買い取る手伝いをすると言っている。つまり、原稿を流出させた側の人が、被害にあった人にお金を出させて買い戻す手引きをするということだ。
ここで私は1度中央公論新社とのやり取りを中断し、再度文藝家協会へ連絡をして、私がお金を出して買い取るのは納得いかないと訴えた。しかし、理事長判断が下された以上、私の訴えは意見の1つとして受理されるに過ぎなかった。かなり失望した。その判断には文藝家協会の「著作者の権利を守る」という理念が見えない、と感じた。
私は、中央公論新社と交渉を再開し、何が何でも原稿流出の責任を追及してやる、と決心した。
預かった原稿を返却する責任は中央公論新社にある。流出、転売を招いてしまった責任も中央公論新社にある。それは何十年たっても消えない。
これまでは、転売された原稿は親族が自腹で買い取ることが多かった。しかし、もし私が中央公論新社に原稿を買い取らせ、返却させることに成功すれば、今後同じような事件が発生した場合、良き前例として役に立つのではないか。
そしてまたメールでの交渉を再開した。
2018年2月6日
松崎(以下松)
原稿買い取りの仲介をするということは、御社が原稿流出について無関係ではないという認識の証拠と受け取って良いか?
㊥その認識はない。生原稿が流出していたことは、連絡があるまで知らなかった。
(私が聞いているのは、そういう意味ではない。流出したことは連絡後に知ったとしても、その事態は自分たちの会社でのなんらかの不正行為が原因で起こったと認識してるのか、ということだ。)
松 私が文藝家協会に相談したのは、原稿買い戻しの手段ではない。(ましてや自分が買い取るなんて不可解極まりない)
御社の前身である会社が預かった原稿を未返却のまま流出、転売という事態を招いてしまったことへの見解が知りたい。
『夢かたり』の担当編集者は健在である。何らかの事情を知る手掛かりが得られるかもしれないので、連絡を取ってほしい。
※『夢かたり』が書かれた1970年代ごろの出版界の体質は、現在とは全く違っていたと思う。非常にアバウトで、出版契約書など交わすこともゼロに近かったのではないだろうか。現に、父の遺品に契約書の類は見当たらない。作家は「対会社」より「対編集者」の関係を重視していた。当時父と仕事していた編集者はかなりのご高齢だろうし、亡くなった方々ももちろんいる。しかし幸いなことに『夢かたり』の担当編集者が健在であることは分かっていた。更に、その方と連絡を取ることが比較的容易であることも。
本当に今回の件を重くとらえ、解決に向けて動く気持ちがあるならば、まず最初にするのは、この元担当編集者と連絡をとることである。
ただし、私は、今回の原稿流出にこの担当編集者が関与しているとは考えていない。現在の彼の社会的立場から、そのような行動に出ると考えることに無理があるからだ。数年前に世間を騒がせた似たような事件を記憶している方も多いと思われるので、(その件では編集者が『犯人』だった)誤解を生まないよう改めて記しておく。
この後約1カ月、中央公論新社は連絡をしてこなかった。
このNo reply は、私の不信感をかなり高めた。私がメールで投げかけた質問や要請に即座に答えることができないという事情はわかる。個人ではなく企業としての対応であれば尚更そうであろう。でも、「検討して後で連絡する」とか、「少し時間が欲しい」とか、返信の仕方はあるはずだ。
「便りが無いのは良い便り」という諺がある。つまり、「便りがないのも便りの一種」ということだ。良い便りかか悪い便りかは場合よるが、今回はバッドアンサーと私は受け取った。残酷極まる「無視」であると。
今回の件で私が痛感したこと、それは「返事」と「時間」がコミュニケーションにおいていかに重要であるか、だ。
「返事」がなければ、コミュニケーションは成立しない。
「時間」はすなわち「タイミング」だ。時間をおくことで解決する事案もあるだろう。しかし一方で、タイミングを逃すことでコミュニケーションが破たんすることも多々ある。
約1ヶ月後 2018年3月12日
2月に私が送信したメールの返信を催促する為、改めて最後に送ったメールを読み返したら、あろうことか中央公論新社の担当者の名前を書き間違えていた。まさか宛名が違うから返事をくれないのか?間抜けな自分に呆れはしたが、だから返事がこないというのもばかげている。信頼関係のない相手とのやりとりは、つまらないことでも気になってしまうのだな、と思いながら、とにかく、私のメールが届いているのか、私の要求を聞くのか聞かないのか、考えるのか、何らかの意志を返してほしいという内容のメールを送った。
2018年3月13日
中央公論新社よりの返信
玉英堂に入手経路の聞き取りをし、社内の記録を調べたが、流出の経緯はわからなかった。
(わからないのは当たり前では?本来なら返却すべき原稿をこっそり持ち出した、なんて記録が社内に残っていたとしたら、それはそれですごい。)
『夢かたり』掲載時以降中央公論社は複数回社屋を移転しており、廃棄された記録もある。会社自体が譲渡されてもいるため、調査には限界がある。
玉英堂からは原稿の販売を再開したいと言ってきている。店の営業を止める権利は自分達にはない。
『夢かたり』の元担当編集者には、機会があったら事情を聴いてみようと思う。
これに対する私の返信
社内の記録とは、具体的にどのようなものか?行った調査の詳細は?
元担当編集者に話を聞く機会は、あなた方が作らなければ発生しない。それはいつなのか?
玉英堂には販売を再開しないよう再度要請してほしい。問題は解決していないのだから。そもそもこんなことになった原因は御社にある。
2018年3月27日
神田警察署に相談の電話をする。
中央公論新社との返却交渉中に玉英堂書店が原稿を第三者に販売してしまう可能性があったため、それを警察に止めてもらえないものかと思い、電話した。「盗難品の疑いがあるものなので、調査をする必要があるから」というのがこちらの言い分。玉英堂書店が神田神保町にあったため、神田警察署に電話したのだが、管轄が違う、とのこと。こういう時は中央公論新社の所在地を管轄とする丸の内署に言うべきだそうだが、とりあえず話は聞いてくれた。しかし警察が古書店に指示をすることはできないというのが結論だった。もし警察に訴えるなら、丸の内署に出向き、正式に盗難届を出し、受理されなければならない。その手続きにはかなり手間がかかるし、専門家の助けが必要だろう。弁護士に相談されては?と。
2018年3月28日
著作権情報センターに相談する
「法テラス」という法律相談窓口にメールで問い合わせ、「なにかしら情報が得られるかも」ということで教えてもらったのがここだ。このような団体が存在することを私は知らなかった。電話をかけ事情を話すと、「出版社に原稿の返却を求める私の言い分は正しいが、相手の責任をどう認めさせるかが難しいし、ネックになるのは『時効』ではないか。なにしろ40年以上前のことだから。」と言われた。そして「文藝家協会に再度連絡を取り、顧問弁護士につないでもらう方が良い。法的手段に訴えたいというこちらの姿勢を見せれば、それなりの対応をしてくれるかもしれない」と。
同日
著作権情報センターの人に言われた通り、文藝家協会に再度メールする。中央公論新社との交渉がうまくいかないので法的手段をとることを考えたい旨伝えると、素早い対応で、すぐに文藝家協会の顧問弁護士事務所に連絡をしてくれた。そして、4月19日に面会することが決定。文藝家協会の担当者も同席してくれるという。
当初私に自腹での原稿買い取りを勧めてきた文藝家協会は、私が法的手段に訴えたいと伝えると、すぐに動いてくれた。あの時は理事長の鶴の一声で、慣例に従うべし、という空気が作られたのかもしれないが、もう1度連絡して良かったと思った。
2018年4月6日
まるで音沙汰のなかった中央公論新社からメールが来た。
『夢かたり』の元担当編集者と会い、話を聞いてきた。報告があるので会いたい。という内容だ。
連絡が遅い・・・。元担当編集者に会うつもりがあったなら、まずそこで意志表示すればいいのに。「機会があったら聞いてみる」の後の私の「それはいつなのか」という問いにも返事しないから、またはぐらかされたと思ってこっちは早々に弁護士に頼むことにしたのだ。しかし会うからには、弁護士との面会の前に会う必要がある。そのため急いで翌週にセッティングした。
2018年4月12日
松崎の自宅近くの喫茶店で中央公論新社のライツ管理部部長、総務局長の2名と会う。
挨拶ののち、総務局長が「この度はご迷惑をおかけしてもうしわけありませんでした」
の言葉とともにお菓子らしき包みを差し出した。私は「話がすんでから」と受け取らず。
中央公論新社の報告
『夢かたり』の元担当編集者によると、当時原稿の管理は「資料室」という部署で一括して行っていた。担当者は作業が済んだ原稿をそこに預けた。原稿の保管や返却に関するチェック機能は万全ではなかった。自分も詳しいことはわからない。
以上。
松 資料室の管理責任は、たとえ会社が変わり、年月が経ったとしても、業務が完結していないのだから問われるべきである。報告に加えて今後のビジョンは無いのか。
㊥ 今日は報告のみ。
私の自宅は、都心から1時間以上かかるところにある。わざわざやって来て、(それも2人で!)お話は以上、なんですか?
元担当編集者からの聞き取りで、原稿の流出経緯について、何かしらの新情報が得られ、対応策を考えてきたとか、そういう展開を期待していたのだが。
松 私の希望は、御社が生原稿の流出について管理不行きの責任を認め謝罪すること。そして生原稿を古書店から買い戻し松崎に返却すること。
これはもう、繰り返して言っている。
今後私は、弁護士を立てて御社との交渉を進めるつもりである。そして、私の希望が叶わないならば、今回の件を世の中に問うべくSNSで拡散することも考えている。
目の前の2人は、私の話をじっと聞いていたが、一切の反応を封じているようだった。うなずきもしない、あいづちも打たない。目は合わせるが、感情は読み取れない。
会合は、あっという間に終わった。
帰り際に再度手土産を差し出されたが、「いりませんよ」と断った。
緊張していたこともあって、後からああ言えば良かった、ということも出てきた。例えば最初に言われた「この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」という言葉。何に対して謝っているのか詳しく聞かなかったのが、痛恨のミス。アバウトな表現が多い相手だということを肝に銘じておくべきだった。
2018年4月19日
都内の文藝家協会顧問弁護士の事務所にて弁護士と面会。文藝家協会の著作権担当者も同席。
これまでの事情を話すと、交渉する価値はあるだろうと言ってもらえた。しかし、自分達の立場は相手と近すぎるのでやりづらい、とのことだった。文藝家協会の顧問弁護士は、当然どの出版社ともつながりがあるからだ。そこで、この分野に詳しい外部の弁護士を紹介してもらうことにした。
2018年4月24日
文藝家協会の顧問弁護士から紹介してもらった弁護士と面会。今後の動き方について、道筋が見えてきた。
今回の件を法律的にみると、原稿の所有権が焦点である。
後藤明生は中央公論社によって、原稿の所有権を奪われた。そして転売によって現在は玉英堂が原稿の所有権を持っている。(前出の「善意の第三者」)
今後はこの「所有権の喪失」に対する損害賠償を訴えるということになる。所有権には時効はないので、著作権情報センターの人が懸念していた時効に関する心配はない。
ここまで理解した上で、弁護士に今後の交渉を正式に依頼し、中央公論新社に原稿返却を求める書面の作成、郵送してもらうことにした。資料としてこれまでに私と中央公論新社との間で交わされたメールを提出した。
また、弁護士の指示により、玉英堂書店に引き続き『夢かたり』の原稿の販売を控えてもらうようお願いする手紙を私が書いて投函した。
2018年5月2日
神田神保町にある玉英堂書店に行き、生原稿の実物を見せてもらった。思っていたよりも大量だった。ツイッターで拡散されていたのは一部だったのだ。全て投稿されていたのを見落としたか、または、投稿の途中で私のメールが入り、拡散が中断したのか、はわからない。
「夢かたり」 第1回30枚
第9回58枚
第10回 46枚
最終回 53枚 以上
代表取締役の斉藤良太氏の話をまとめると
以前伝えたとおり、原稿は市場で正式に取引されたものであるが、市場以前の流通経緯は不明である。
盗品の可能性があると言うが、まるでこちらが盗品を売っているかのような印象で不愉快である。
当然店は売る権利があるものを松崎の要求に応じて販売を控えている現状はレアケースであり、非常に迷惑である。
松崎からの手紙で弁護士を立てて交渉するということを知ったが、そんなことになれば解決に更に時間がかかるだろう。それならば、松崎か中央公論新社が原稿を買い取ったうえで交渉すれば良いこと。値段の相談には応じる。
斉藤氏は当然のようにそう言うが、私はこう思う。
玉英堂は、商品として売られていた「段階」で原稿を仕入れたのは間違いないだろう。
しかし、それは、流出・転売のプロセスにおいての瞬間的な状況にすぎない。
もともと、その原稿は商品に成り得ないのだから。中央公論社が後藤明生に返却すべきだったものだ。
それに、玉英堂が原稿を仕入れたのは古書の市場、ということだが、仕入れの正当性を主張するならば、市場に流れてくるまでの経緯まで明らかにされるべきではないか。少なくとも、どの業者が市場に出品したかは調べられるはず。例えば素人の私がリサイクルショップなどで買い取りを申し込む際でも、身分証明書の提示が必須なのだ。「わからない」でごり押しする態度は却って不自然に感じる。領収書なり見せてほしい。
ここに業界の「暗黙の了解」や「守秘義務」的なグレイゾーンがあるのだろうか?どなたか教えていただければありがたいです。
とはいえ、目下私が向き合うべきなのは、中央公論新社だ。玉英堂書店の主張に疑問があるとは言っても、法律に違反しているわけでもないのだから反論も空しい。とにかくもう少し、販売を控えて欲しいとひたすら頭を下げ、店を後にした。すさまじいアウェイ感だった。
この同じ日に、弁護士から中央公論新社あてに内容証明郵便が投函された。
通知の内容を要約すると
「『夢かたり』の原稿は作品の掲載元である中央公論社から後藤明生に返却の責務を果たされることなく流出し、転売された。よって中央公論新社は後藤明生の原稿の流出の経緯を詳細に調査、報告し、古書店で販売されている『夢かたり』の原稿を買い戻して松崎に返却してほしい。」
回答期限は2週間後。
2018年5月15日
中央公論新社の代理人である弁護士より回答書が届く。
その内容は
原稿流出の経緯についての調査結果は以前松崎に報告ずみであり、これ以上の調査は困難である。そして、これまでの調査結果から、中央公論新社の原稿流出の経緯に関する責任が明白であるとは言えない。
松崎は今回の件を弁護士を通じて交渉すると同時にSNSで公表する意向もあると話していたが、原稿の流出に関して中央公論新社の責任が明白であると事実確認ができていない状況で世間に公表するのは、弁護士を介した交渉の意義を損なうものである。
そして最後にこのような文で締めくくられている。
「この点が整理されることが松崎の要請を中央公論新社が真摯に検討する為の前提となる」
これは、私が今回の件をSNSで拡散しないことを約束しないと今後の交渉はしない、という意味だと思われる。はっきり書いていないので、あくまで私の解釈(私の弁護士も同意見)であるが、いい加減はっきり書いてほしいと思う。この期に及んであいまいな表現をすることにどんな利点があるのか。
個々の回答についての私の見解
調査はし尽くし、これ以上は無理という話を繰り返しているが、私の
「具体的にどんな調査をし、どんな結果を得たのか」という再三の質問には依然として答えていない。「これ以上は無理」と言うなら尚更、どれだけの調査をしたのか示してくれなければ調査の充実度について判断の仕様がない。
「これ以上の調査は無理」と自ら言うのだから、つまり調査は決して十分ではないことは自覚しているはず。そういう状況で「自分達に流出の責任があるとは断定できない」というのは都合よすぎないか?調査にベストを尽くし、こちらに報告責任を果たしたのちに言ってほしい。
SNSで世間に今回の件を公表する意志もあるという話は、面会の席では言ったが、それは今後の話し合いがうまくいかなかった場合には意見、判断を世の中に問う必要がある。そのためにSNSを活用する、という内容であった。それを実行するとしても弁護士を介しての交渉がまず先である。(前述したとおり私は中公論新社との面会が決まる前に弁護士に会う段取りをつけていた。)SNSは最終手段だということも明言した。従って、今回私が送った内容証明にはSNSについては一切書かれていない。回答書は、内容に即して答えるのが筋ではないか。話をはぐらかされているようで、不快感はなはだしい。
ただ、私の弁護士の考え方は少し違った。彼曰く
この文書から読み取れるのは、中央公論新社は今回の件を円満に解決したいと思っているが、現段階で私と和解する為の見通しが欲しいのではないか?
その主たる焦点となるのがSNSである。企業としてはネットの情報拡散の影響には非常にナーバスになっている。その申し合わせを確実にして、互いの言い分の合理的な落とし所の展望を双方の弁護士が共有できるか?と値踏みしているのだと自分は受け取っている。
ということだった。
確かにそういう読み取りもできる。独断だと思考が偏り、判断力が鈍りがちだ。冷静に分析してもらったことで私は新たに考え始めた。
私は、
原稿の返却義務を怠った上に流出させ、転売という最悪の結果を招いてしまった出版社の責任を認めさせることにこだわってきた。私の願いが叶えば、結果として原稿は手元に戻ってくるのが自然な流れではあるとは思っているが、原稿そのものを取り返すことには執着していない。ただ、私が出版社に原稿を買い戻させ、返却させればそれが前例となり、今後も起きるであろう同様の原稿流出、転売事件の際に著者側に有利に働く助けとなるかもしれない、と思う。
しかし、事態は思い通りには動かない。それは、各々の立場が違うからだ。守るべきものが、言い分が違うからだ。その折り合いをつけるために法律があるわけだが、法律に基づいて事を進めても全員が納得するのに相当な時間がかかる。私が納得できる結果がもたらされるという保証もない。
著作権継承者という役目を負った以上、これまで野放しにされてきた、原稿のずさんな管理が招く流出、転売という事態の改善、そして悪しき慣例として黙認されてきた著者や家族が「盗まれたものを買い戻す」という不条理のループを断ち切るために少しでも尽力したい。そのためにはどう動くのがベストなのか?
弁護士を通じての交渉はやめよう。
弁護士を通じての交渉は、意義はある。しかし、続けるなら先方の要求通り、今回の件については非公開にし続けなければならなくなるだろう。仮に交渉の結果、先方が過失責任を認め、原稿を買い戻し返却してきたとしても、そのプロセスを公表して、同じようなトラブルを解決する為の参考にしてもらうことができないから、というのが決断の理由だ。そして今、こうして事の顛末を記録に残すに至った。
弁護士には先方の弁護士に交渉取り下げの通知を送ってもらい、玉英堂書店には私から生原稿の販売を控えてほしいという願いをもうしないこと、そして自分には買い取りの意志もないことをメールした。2018年6月現在、原稿は商品カタログに掲載されているようだ。
(未完)
以上のように
今回の件は、明らかな決着を見たわけではありません。問題の解決が未来にあってほしいという願いも込めて記しました。作家が魂をかけて創造した作品のすべて、文学、絵画、漫画、音楽etcの所有権を守る法律を考え直していくべきではないか、と私は思っています。まずは、出版社、古物商といった現場の人たちが、これまでのままでいいとは思わないで欲しい。そういう気持ちをみなさんと共有することが未来への第一歩だと信じます。
私が今後変えて欲しいこと
① 古物商は、肉筆原稿を仕入れる際に、盗品、流出品ではないことを確認することを義務付けること。販売者、譲渡者等の情報を明確にすること。作者、親族、著作権継承者の承諾の有無の確認を義務付けること。
②肉筆原稿が作者の意志に反して販売される恐れがある場合は、販売を控えさせることができるようにすること。
です。
長くなりました。読んでくださった皆様に感謝します。
松崎元子