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#教師のバトンとはなんだったのか?

みなさんこんにちは!!

今、我が子たちとカラオケに来ています。
娘たちの歌うボカロ曲をBGMに、パソコンでパチパチ仕事をしようと思ったものの。

全くはかどりません。笑

ということで、久しぶりにnoteでも書こうかなと。
#毎度久しぶり 。すいません。

さて、と。

ブログのタイトルの本が出たようです。

読みたいなぁと思ったのと同時に、

「#教師のバトンとはなんだったのか?」

その本の題名である問いに惹かれました。

そして、
自分も読む前にその問いに向き合いました。

出てきた答え・考えを書いておきたいと思いましたのです。
#先に本を読んだら 、確実に引っ張られてしまう

まず、教師のバトンとは?というと
(このタイトルで読んでくださっているみなさんはご存知だとは思いますが、自分にとってのおさらいの意味で)、
学校の未来に向けて、バトンをつなぐためのプロジェクトということで、当初は、教職の魅力の向上に向けた 広報の充実をねらいとしていたと思います(たしか。。。)

具体的には、Twitter等のSNSの投稿を通じて、全国の学校現場の取組や、日々の教育活動における教師の思いを社会に広く知っていただくとともに、教職を目指す学生・社会人の方々の準備に役立てる取組だと。

ところが、開始早々瞬く間にこのプロジェクトは本来のねらいとは、違う方向へ。

現場の教師に文科省へ直接声が届けられるハッシュタグと解釈され、どんどん現場からの悲痛な声が投稿されました。魅力が語られるどころか、「ブラックだ」「崩壊寸前」「やめた方がいい」と。
いわゆる大炎上しました。

#なんでやねん
#と当初ぼくは思いました

でも、みんな本気で学校を良くしたいんだ。無関心ではない層が必死で発信しているんだよな。と思いながら、

#「品のある言葉で」by文科大臣 はぼくもちょっとそうおもったw

自分はあくまでキラキラツイートをしながら参加していました。

#やっぱり最幸  とか
#未来を創る夢のある職業  とか
#転換期で希望しか無い  とか

そんなこんなで現在でも、#教師のバトン で投稿がちらほらみられるという、ロングランハッシュタグとなっています。

さて、と。
ここからが本題です。
#前置き長い
#すいません

この期間に起きた現象から、
自分の考えをまとめるのは難しいけど
今時点でぼくが感じている三つの事を書きたいと思います。

①これを機に、現場で、おかしいことをおかしいと言える先生が増えて欲しい

これまでも度々、
「おかしいことをおかしいと言えない学校はおかしい」
とぼくは発信していました。

これは、子どもが学校で先生に言えないのがかわいそう、という意味もありますが、
先生たちが職員室で、そういった類の対話がとても少ない、
と普段から感じていたからです。

今回、文科省から、
「言っていいよ」と言ってもらえたら、
めちゃくちゃ言えるんだなぁって
ちょっと嬉しくもなってきました。
思考停止しているわけじゃないんだって

#本当はそういう趣旨じゃなかったような
#でも文科省が膿を出させてくれた
#よく我慢してくださり愛だよなって思った

だったら、これからは、
職場でも対話が増えていくといいなと思いました。

#文句言うだけはきいてもらえないので
どうしたらいいかもセットで考えるようになる
#はず

今のが一点目。

②つぎに、バックキャスティング思考が教員のベースに根付くといいな

この、#教師のバトンプロジェクト ですが、
未来へのバトンをつなぐものという発想がフロントキャスティングな思考なので、
どうかなぁって当初は思ったりもしました。
未来の学校からバトンをもらったっていう視点でみれるようになると、
#教師のバトンは面白かったと思います

これを機に、
バックキャスティング思考を基本OSにもつ教師が増えて欲しいです。

それはどういうことかというと、

「現状をどうかえたいか?」
 ⇨
「未来はどうなっているだろうか?」
「そのために今できることは何か?」

って具合に未来思考に思考パターンが切り替わることです。

#あれ
#教師のバトン関係あるかな
#いいや !笑

③最後に3点目
教師という職業に、そして、
教師であるという自分にもっと誇りを持って、
本当に自分のことが好きだっていう教師が増えて欲しい。


ぼくは、#教師のバトンを機に、
Twitterのアカウントを実名にしました。

それは、なぜかというと、
文科省が公式にSNSの発信を認めたからです。
HPに「投稿にあたり、所属長からの許諾等は不要です」って明らかに示したから。
これは大きかったと思います。

1番目に書いたことにも繋がりますが、
おかしいと思う事をおかしいということは、
何にも悪くないと思います。
もしそれが間違っていたとしても、それから対話をすればいいと思います。

一人一人が自分に責任をもって、
未来(子ども)志向で発信をして、
教員同士が現場で対話をし合うと、
本当に(これはキラキラでもなんでもなくて)、学校の未来は明るいと思います。

なんか、少し脱線しますが、
リスペクトしがいがある教師になりたいんです。
いきいきしていて、楽しそうで、前向きな教師です。

そして、それはイコール、
ディスりがいがない教師だと思います。
何を言われてても
「ありがとうございます」
って感じの人。いますよね?

大人が前向きって、
子どもにとってとっても大事じゃないですか!



はい。
過去一と言っていいほど長文になりましたが、
最後まで読んでくださった方、
ありがとうございました。

みなさんは、
#教師のバトンとは何だったと思いますか

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