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子どもの泣き声が聞こえてきたら、せめて笑顔を返そう。
子どもを産んでから分かったことの一つに、親に対する考え方の違いがある。
「あまりに泣くので布団を巻きつけた」。産む前の私だったら多分、「子どもがかわいそう」、「子どもが泣くのは当たり前だ、そんなことで布団を巻き付けたら窒息するに決まってる。想像力の無い親だ」とか、考えたはずだ。
想像力の無いのは私の方だったなあ、と思う。
「この住宅では、母親と父親、それに2歳の双子の4人が暮らしてい」たという。別の記事を見るとこう。
「近所迷惑」。
想像しなければいけなかった。子どもが寝ない。大声で泣き続けてる。(もしかしたら)近所からは声がうるさいと言われる。(もしかしたら)夫はまだ仕事で帰ってこない。(もしかしたら)自分はまだ晩御飯も食べられていない。(さらにもしかしたら)トイレにすらいけない。昨日も、その前の晩も寝ていない。泣くのは仕方がない。せめて、毛布でくるんでおいてあげたら泣き疲れて勝手に眠ってくれればいい。そうしているうちにもう一人も泣き出してしまうからあやさなきゃ。
だから、「泣き止まないから、2歳児を巻き付けて放置した」。
双子の育児の壮絶さは計り知れない。エンドレスで子どもをあやし続ける。親だって人間だ。この見出しだけでそれを想像することを、以前の私はできなかった。
逮捕された母親を許したいわけじゃない。でも、もしかしたらもういっそ自分も死にたかったかもしれない。そうでもなければ、かわいいに違いない自分の子どもを危険に追いやることなんてできない。だって、布団にくるんだのはどうにか、なんとかして泣き止ませたかったからだよね。
「子どもがかわいそう」。当たり前だ。でもその子どもを守れなかったのは、私たち一人ひとりが子育てするその親を守れなかったからだ。せめて、子どもの声が近所迷惑だなんて考え方、過去のものになりますように。子どもの泣き声が聞こえてきたら、せめて笑顔を返そう。
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