バランスを取って生きる

noteの記事を読んでいると、様々な人の生活模様を知ることができる。そのような中で、〇〇をやってみた、〇〇をやめてみた、〇〇を選択してみたと行動の軌跡とその結果が書かれている。何かやってみただけあって、その変化はドラマティックだ。変化を報告した人の中では、思いがけない幸運に恵まれた人もいるし、大変な事態に巻き込まれた人がいる。

記事を読むと感化されるが、私が抱く感想はバランスを取ることが一番なのではないかなということだ。

新しくダイエットを始める、アルバイトを始める。新しく始めただけあって、変化が起こる。その様子をリアルに語る。学校を辞めてみた、仕事を辞めてみた。やめると環境が変わる。そこから本人の生きづらさや大変な状態が楽になったりもする。しかし、長い目でその人の様子を追っかけていると、節々で悩んでいる。それはお金であったり、健康であったり、人間関係であったり様々だ。しかし、記事にも出ているのだが、その人が一番不安を感じているところで何かしら囚われがあって何かに巻き込まれている。

体験談は経験しただけあってその記事は大変面白い。しかし、全員が全員、その人と同じ選択をしたからと言って同様の効果を得るとは限らない。極端な選択は大きな結果を連れてくるが、ハイリスクハイリターンといったところだ。

私は日頃、より満たされるために関連する記事を書いているが、その主張は一つである。休むこと = 頭を空っぽにする = エゴのない意欲にこたえる = 仮面から逃れる = 囚われのある人から距離を置く ということだ。結局のところ、不安が生きづらさを生じさせている。なんだかやる気が出なかったり、他と比べて焦る気持ちを生み出している。

不安を解決するためには、上記に書いた 休むこと = 頭を空っぽにすることに尽きるのだが、これは”バランスを取って生きる"ことに繋がる。むしろバランスを取らないと、不安な状態に戻るとも言える。

人により置かれた環境は違い、やってみることによって得られる効果は違う。他の人があれこれ取り組んでみて、うまくいったと嬉しそうに報告していると、自分もそうなりたくてたまらなくなる。なんだか大変な人は特にそうだ。その出口のないトンネルの中に光を差し込ませたいと思う。

光を差し込ませる時に、極端な選択を取る必要はない。まずはゆっくりと休むことである。すると、自分にしかできない活路が出てくる。余裕は更なる余裕を運んでくる。バランスを取ることが、より満たされるための一番の近道だ。

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