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スミレはただスミレのように咲けばよい

数学者の岡潔(おか・きよし)さんの言葉が好きだ。岡潔―日本のこころ (人間の記録 (54))から抜粋すると、以下のように語っている。

「私は数学なんかをして人類にどういう利益があるのだと問う人に対しては、スミレはただスミレのように咲けばよいのであって、そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、スミレのあずかり知らないことだと答えて来た。私についていえば、ただ数学を学ぶ喜びを食べて生きているだけである。」

スミレなのにタンポポの花を咲かせようとする人がいる。自分の本性を否定して、他の何者かになろうとする。

なぜ他の何者かになろうとしたかと言えば、不安を感じたからだ。ありのままでよしとされなかった。甘えられなかった。不安を感じて、身を守るようになった。身を守ろうとした結果、タンポポのように種を飛ばしてどこかにいきたいと思った。現状が辛かった。

スミレはスミレであるから、他の何者にもなれない。こう言うと今の現状が続くのか、お先は真っ暗だと感じる人がいるかもしれない。スミレはスミレにしかなれないが、そうではない。スミレだからこそできることがある。スミレだからこその楽しみがある。

スミレには多くの種類がある。花びらがピンクのもの、ブルーのもの、ホワイトみがかったもの。その花びらの形も様々である。花びらが均一になれんでいるもの、なんだか狐の顔のように見えるもの、花びらの先端を丸めたもの、その様子は様々である。

スミレだからといって、今のままであるわけではない。タンポポになろとしなくていいという話だ。スミレは、春の野に咲いている。それまではその野がなんと窮屈で何もないところであると感じたと思う。油断すれば大雨くる。地面がぬかるむ。時には踏まれて大怪我をする。常に臨戦態勢であった。

そんな春の野でも、太陽が注いで穏やかな時がある。ゆっくりと休息できる時だ。ゆっくりと休息していると、なんだか自分は大丈夫だと思えてくる。その暖かな日差しが注ぐその時に、脅威に感じるものはない。これまでは大変であったかもしれないが、その瞬間は確かに安全である。大丈夫である。

水を飲み、太陽を浴びたスミレは元気である。何かこうしてみよう、ああしてみたいという意欲が生れる。それは以前のタンポポになりたいという想いではない。エゴがない、安心した想いである。無理にこうしてやろう、ああしてやろうと思わない意欲である。

子供が走り出すかのように、自分ができることをする。根を伸ばす、葉を広げる。それはこれまでもできたことかもしれないが、以前とは違うことはのびのびとやっているところだ。今日はあと何センチ根を伸ばそう、今日はあと何時間日光に浴びようなどと思わない。目標を立てず、今できることを楽しむ。取り組む。

自分ができることをしているうちに、なぜだか他のスミレとは違い、食べることに困らなくなっている。以前はあんなにも大雨に怯えて流されまいとしがみついていたのに、今はしっかりと根が伸びて流されなくなっている。風が吹けば、そのしなやかな身体で風を流す。踏まれても、その太く丈夫な身体でまた起きる。身体についた他の場所の土を取り入れる。その養分は花の色を変え、ユニークな個体となる。

ユニークになると、他のスミレに特徴を持ったものがいることに気づき始める。香りが他と違うスミレ、姿が他と違うスミレ。それらは自分と同じように、置かれた場所で自分は大丈夫と思ってきた。目の前のことを楽しんできた。他のスミレが、どんなに仲間と同じ方がいいと言ってきたとしても、自分のやりたいようにやってきた。その結果、食べるものに困らず、ユニークになっていた。

ユニークになると、全然違う仲間が集まってくる。蜂や蝶。他のスミレとは異なるので、目立つ。他の仲間も多く集まる。様々な土地のことを知れる。新たな刺激をもらえる。他のスミレもそれがいいなと思い、真似をしようとする。しかし、タンポポの時と同様、自分の置かれた場所でできないことをしても、ユニークなスミレになることができない。その足場は岩であったり、砂利であったり、同じ春の野でも置かれた環境は異なる。なれる姿が違う。

そうして、攻撃してくるスミレが出てくる。自分は恵まれていないと嘆く。君だけが成功しているから、惨めな自分にも、その仲間を分けてほしいと懇願する。中には下手に出てその利益にあずかろうとするスミレもいれば、こいつはスミレではない、私たちとは違う突然変異だ、敵だと言ってくるスミレもいる。

中には、ユニークなスミレの真似をするスミレが現れる。密集したところで育ったスミレであったので、葉を真っ直ぐに伸ばすことで、太陽を取り入れようとした。それがその環境では一番やりやすく、無理のないことだったからだ。他のスミレは、どんどん高くなることを選んだ者もいる。やりやすいことを続けていると、いつしかユニークなスミレ同様、食べ物に困らなくなっていた。ユニークなスミレの技を真似して、花びらの色を変え、ひねりやねじりを加えることで、より美しい姿になろうとするスミレもいた。

攻撃してくるスミレが出てきても、自分の後を辿ってさらに高みに行くスミレをがいても、ユニークなスミレは構わない。その姿はタンポポになろうとした自分と重なり、理解できる。そうして、ただそこにいることを選択する。攻撃するスミレを受け入れる。高みに行くスミレを受け入れる。そうして、ユニークなスミレは、また新たな冒険を始める。仲間になった蜂から、他の春の野に散歩に行こうと誘われる。ユニークなスミレは、自分の花粉を蜂に分けて、新たな世界への冒険に出る。

ユニークなスミレがいた春の野は、それは鮮やかな春の野になっていた。しかし、そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、スミレのあずかり知らないことである。


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