アスタラビスタ 7話part5
清水は自分の胴に晃の刀が近づいた瞬間、右肘を上げて自らの額へと近づけ、刀を身体の左側へと寄せた。
晃の刀が清水の刀に当たる、彼はそのまま刀をスライドさせ、晃の刃を伝うように懐へと飛び込んだ。
「くっそ!」
刀を受けられ、そのまま接近された晃は、もはや反撃することはできなかった。
苦し紛れに出たのは、左手の素手での突きだった。
手のひらの下部、僅かに硬くなった部分での突き技。掌底突き。
彼は清水の胸部を突こうとした。
清水の目が見開き、動揺したのが分かった。だがすぐに清水は自分の左手で、晃の左手を払い落し、そのまま刀を晃の右腕へと走らせた。
たまらず、晃が叫ぶ声が聞こえた。もうなすすべもないという悔しさからのようだった。
清水は最後、刀の切先を晃の脇をえぐるように上げ、そして寸でのところで止めた。
驚いた。頭や腕を狙うのではなく、的確に急所を狙ったことに私は愕然とした。そして最後、晃が放った掌底突きを完全に封じるよう、左手は晃の腕を払っていた。
「これで、お前の右腕は吹き飛んだよ」
清水がにやりと笑みを浮かべながら、晃に言った。
「脇なんて狙ってくる奴、初めて見ましたよ……ひどいなぁ」
そう言うと晃は清水から離れ、赤色だった髪は元の茶髪へと戻った。
「あぁ!! なんでよぉ! あと少しだったのにぃ!」
晃の隣にぺたりと座り込んで現れたのは亜理だった。辺りには赤い煙が舞い、そしてすぐに消えた。
「あと少しでナンバー取れたのに!! もう! 晃!!」
めい一杯の力で亜理は晃の太ももを叩いた。鈍い音がこちらにまで届いてきた。
「ごめん、亜理……」
晃は膝をついて身を屈めると、亜理の肩を抱いた。
だが亜理の怒りは収まらないようで、「晃のせいだからね!」と嘆いていた。
「最後に掌底突きだしたのはどっちだ?」
清水の隣に、亜理のようにオレンジの煙を纏って現れた雅臣は、目の前の二人に尋ねた。
元の髪色に戻った清水は、再び姿を現した雅臣に微笑んでいた。
「最後の突き技を出すように指示したのは亜理です。でも、俺が上手くできませんでした」
晃は上がった息を整えながら答えた。
「あれは良かったと思うぞ。お前たちの武器は、刀が無くても素手で戦えることだからな。いざとなった時のためにも、技は学んでおいた方がいい」
饒舌に話す雅臣に、亜理は頬を膨らませ、反発するように言った。
「でも清水が止めたじゃない。私の指示した渾身の一撃。よかったとしても、防がれたら意味なんてないわよ……」
全くその通りだ。自分が負けて、勝った相手に「あの技はよかったよ」と褒められても、ちっとも嬉しくもない。
だって、お前に負けたじゃないか、と。
負けたら何の意味もない。繰り出してきた技も、何の意味もなかったということだ。
「あれを止めたのは俺じゃなくて、雅臣だよ」
清水の言葉に、亜理と晃、そして私と圭も目を見開いた。
「あ、あれ止めたの、雅臣さんなんですか?」
晃の問いかけに、雅臣は目線を逸らし、清水に「あの掌底突き入ってたら、どうなってたんだろうな?」と尋ねた。
清水は微笑みながら「さぁ? ナンバー取られてたかもね」と答えると、「考えただけでも恐ろしいな」と雅臣は笑った。
呆気にとられた晃と亜理は、互いに目を見合わせ、諦めたかのように笑い始めた。
「もう無理よ。そんなのされたら、絶対勝てるはずない。どうにかして清水の隙を突いたとしても、がっちりおみおみがフォローしてくるんだもん。勝てないよ」
勝とうと思っていたことが馬鹿馬鹿しいとでもいうかのように、亜理は笑っていた。晃も「本当だね」と亜理に相槌を打った。
だが、その態度が気に入らなかったのか、亜理は晃を再び叩いた。
「あんたはもっと努力しなさいよ!」
見ていて理不尽だなと思った。
ここまでくると、晃が可哀想で仕方がない。
叩かれた晃は「ごめん、亜理」と笑みを浮かべながら謝っていた。
そんな二人の様子を見ていて、雅臣と清水は互いに苦笑いしていた。
「あ、あの……」
私は思わず立ち上がり、道場へと向かって歩き出した。
途中、圭が「どうした? 紅羽?」と声をかけてきたが、それ以上に私は聞きたいことが頭の中で渦巻いていて、返事をすることができなかった。
果たして私が首を突っ込んでいいことなのか、分からなかったが、私はどうしても聞きたかった。
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