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アスタラビスタ 7話part7

 道場の中央では亜理と清水、そして好奇心から強引に混ざった圭が、技について話し合いをしていた。

その様子を、私は道場の隅でじっと見ていた。もう私が混ざってもいいはずだった。
だが、私はどうしても足を踏み出せなかった。

私は、ただの一般人だから。
私は、憑依者でも、身体提供者でもない。
部外者なのだ。

「ほら、紅羽」
 道場の出入り口から入って来て、私に自販機で買ったペットボトルのスポーツ飲料を渡してきたのは、雅臣だった。

 どうして私に渡すのか。私は今日、ここに来て一度も動いていないというのに。

「私、動いてないですけど……」
「いいんだよ。ほら」

 私がなかなか受け取ろうとしないでいると、雅臣は私の足元の道場の床にペットボトルを置いた。
すると雅臣の後ろの出入り口から、晃が顔を出した。
「雅臣さん、ペットボトル、5本で良かったんですよね?」

 両腕に抱えたペットボトルのキャップを目印に数えながら、晃は雅臣に尋ねた。
「紅羽には今渡したから、5本でいい。ありがとな」

 晃へと振り返り、雅臣は笑みを浮かべた。礼を言われた晃は「いえいえ、そんな!」と首を横に勢いよく振った。

「こちらこそ、手合せありがとうございました。また鍛錬する課題が見つかりました。これ以上、亜理に迷惑はかけないように、死に物狂いで頑張りますよ」

 そう言った晃は、道場の床に抱えていたペットボトルを置き、道場の真ん中で話している亜理たちを呼ぼうと空気を吸い込んだ。


「あの、ちゃんと言った方がいいですよ」

 私は、自分の口にしようとしていることが正しいか、ちゃんと考えもせずに、口を開いてしまった。

私の言葉に、晃は「え?」と愛想笑いを浮かべ、尋ねて来た。

雅臣はただ私に目を向けたまま、固まっている。


「亜理さん、かなり我儘言ってるじゃないですか。理不尽なことを言われたら、ちゃんと言った方がいいですよ。それは違うでしょって」

 晃は一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに笑い声をあげた。

「心配してくれてありがとう。でも、いろいろ言われるくらい、身体提供者として弱いのも俺だしさ。仕方ないし、的確なことを言ってくれてると俺は思ってるんだよね」


 私はすかさず言葉を投げた。

「違います。私が心配しているのは亜理さんの方です」


 言わない方がいいか。でも、言わなければ、私の中の「何か」は納まらない気がした。
ここで言わなければならないと、私の中の「何か」が訴えていた。


「……どういうこと?」
 笑顔が引き攣り始めた晃は、私の顔を覗き込み、私に答えを求めて来た。少し、苛立ちを含んだ声色で。


「そうやって我慢できないものを、いつまでもいつまでも我慢して、言いたいことも全部飲み込んで。結局最後はそのストレスに耐えきれなくなって、彼女を捨てるんでしょ?」


 私の言葉を聞いた雅臣の瞼が、ぴくりと動いた。
そうだ。私は間違っている。私は晃を、自分の昔の「彼」と重ね合わせて見ている。
そうだ。
初めて会った時から。
亜理と晃の様子を見た時から、私は彼を重ね合わせて見ていた。

それほど、彼女たちは私の「過去」に似ていたのだ。

「そんなことになるんだったら、思ったことは全部彼女に言った方がいい。じゃないと、彼女が可哀想」

 晃の目つきが変わった。笑顔は消え、鋭い目が私に向けられていた。
明らかに、私は彼の逆鱗に触れた。

「君さぁ……」

 私を見下ろし、ゆらゆらと近づいて来た晃を、雅臣が私の前に立ちはだかって止めた。

「悪い、晃……ゆるしてやってくれ」
 晃の肩に手を乗せ、なだめようとする雅臣に、彼は足を止めた。

だが、彼は私に吐き捨てるように言った。

「君が俺をどんなクズ男と比較してるのか分からないけど、それは君が相手に信頼されてなかったからじゃないの? だから捨てられたんじゃないの? いや、違うか。君みたいな遠慮もなく、こっちの事情も知らないで首を突っ込んで来るような常識のない最低な女だったから、捨てられたんじゃないの?」


 今まで浴びせられたことのない、心を斬り裂くような罵声だった。言葉もでない。言い返すこともできない。だって、本当のことだと思ったから。

 雅臣はまずいと思ったのか、「本当に悪かった、ゆるしてやってくれ」と晃に何度も言った。
だが晃は止まらなかった。私はそれほど、彼を怒らせた。

「俺はね、そこら辺の馬鹿なカップルみたいな、生半可な気持ちで亜理と一緒にいるんじゃないんだよ。亜理のためならいつでも死ぬ覚悟で一緒にいるんだよ」

 目が、目が本気だった。死をも恐れない、何か人間としてのリミッターが外れているような目を、晃はしていた。


「もし、亜理を傷つけるようなことを言ったら、いくら雅臣さんや清水さんが君を庇ったとしても、容赦なく殺すからね」


鋭い目が私を睨みつける。自分に穴が空くのではないかともう程。冷や汗が止まらない。恐怖を感じる。「殺す」という言葉を、彼は本気で言っている。


 晃は私から離れ、「みんなー! ジュース買って来たよー!」と言って亜理や圭たちを呼んだ。何事もなかったかのように。

「おぉ! マジか!」

 圭が嬉しそうに走り寄ってくると、それに続いて清水や亜理もこちらへ向かって来た。


 雅臣は楽しそうな圭たちを確認すると、私へと振り返り、私の様子を窺った。


私はどうしても、雅臣と目を合わせることができなかった。

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