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3.16ワールド

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ヨハネの福音書3章16節、永遠の命を思いめぐらせるワールド
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#ヨハネによる福音書

ヨハネ福音書3章16節

聖書の全体を、一節で代表させるとこの句。ということで、創世記1章1節の次に暗唱したほうがいいことば、かもしれません。 神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。 それで、この一節から思う事々を書いたものをまとめたのがここのマガジンですが、ちょっと一覧を作ってみました。

神は世を愛して下さった。では私も?

 「愛」というのは、とても個人的な出来事です。他の人に代わってもらうことはできません。もちろん、代わってもらいたいとも思わないでしょう。  旧約聖書の創世記に登場するレアはヤコブの第一夫人でしたが、彼女は夫から愛されているとは感じられませんでした。そして、愛されたいと努め、戦ったのです(創世記29:30-32)。彼女が追い求めていた「愛」とは、何だったのでしょうか。身体的なものではなく、精神的なものでした。6人の子供を産んでも、彼女は決して満足できなかったのですから(創世記

この世を愛して御子の命を与える神

神が愛している「この世」は神の「命」を全く失っている…かのような口ぶりです。この世には永遠の命、つまり神の命が与えられなければならないのですから。 神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。ヨハネ3:16 インドネシアの市場で鶏肉や豚肉を買う場合、鶏はかごに入ってまだ生きているのをその場で処理してもらって買ってくることになります。豚はさすがにそこで屠殺ということはないですが、半分に切り開か

滅びないため

御子を賜ったのは「滅びない」ため、と言われます。 神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。ヨハネ3章16節 滅びる、という言葉はかなり耳障りな感じがします。現実に死後の出来事に対する恐れが、日本でも昔から地獄絵図のようなもので語り伝えられているように、民族を超えてすべての人間に共通な問題だと言えます。つまり、人間は死んだあとに神のさばきを受けて、そこで罪があると定められたなら、「滅びる」