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地球のしごと大學って何?① ~設立動機~

NPO法人地球のしごと大學、理事長の高浜大介です。
2013年から始めた地球のしごと大學ですが、改めて地球のしごと大學という市民学校は、何を目的にどういう経緯で作られたのかを書きたいと思います。少々長いです。

ホワイトカラーが病んでいる

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構想の始まりは約11年前。2009年の冬。3.11大震災が起きる1年ちょっと前です。高浜大介は当時30歳、eラーニング販売やMBA系の教育研修企画などを手掛ける企業の人事・教育系コンサルティングサービス会社に勤めておりました。
社員50人くらいのベンチャー企業で、上場を目指して数字を追い求めるエキサイティングな成長環境で4年間過ごさせていただき、飛び込み営業から新規事業開発まで様々な経験をさせていただきました。当時のハードな経験はその後にとても役立っています。
最後のほうは企業の人事部門の人材教育に関するお困りごとを聞いて、解決できる企画を考えて提案するという提案営業をやっておりました。
手応えのある面白い仕事だったのですが、だんだんと困りごとの内容が、
●中年層のモチベーションを上げたいがどうしたらよいか
●心の病が多い、メンタルヘルス対策をしたい
●若手社員のコミュニケーション能力が(そもそも人として)著しく低い
など、表面的な研修や制度構築などの対処療法ではどうにもならない課題ばかり頂くようになりました。
ちょうど身内にも心の病を抱えた人が出たりしまして、日本のホワイトカラーが働く環境は異常なのではないか、都会の企業人が抱える課題の本質的な解決のためには、根本治療が必要なのではないか?と考え始めました。

江戸時代以前の農業って素晴らしい

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ちょうどその頃、土日・平日夜を使って社外活動も開始していました。社会問題を解決するために起業する人がちらほらと注目され始めたソーシャルビジネスの黎明期でした。ソーシャルビジネスに関わりたくて、とある農業人材系 NPO の立ち上げ支援に関わらせてもらいました。そのグループでは、日本の農業の後継者問題をどうするべきか官僚や有名企業のプロボノなどの方たちが日夜ハイレベルな議論をしていました。
異なる業界の方達との協働は、とても刺激的で、畑違いの勉強を新鮮な気持ちでワクワクしながら必死にしていた記憶があります。
農業にまつわる問題を勉強する中で、福岡正信さんの「わら一本の革命」、「奇跡のリンゴ」の木村秋則さんなどの自然農法に行き当たりました。
多くの人と同じく、感動しましたね。こんなにシンプルで潔い仕事、いや生き方があるのかと。農薬や化学肥料など無い時代の、家畜や人間の糞尿や落ち葉などを堆肥化した農業。無駄にするものは何もない、全てが循環する農業。基本的に地域内で完結し、作物という恵みを頂きながら来年も再来年もちゃんと収穫できるように取り過ぎない配慮した仕組み。
考えてみれば当たり前なのですが、収奪型の遊牧民ではなく、定住して子々孫々、恵みを将来に亘っていただかなくてはならないなかで生まれる知恵や技術です。
今やSDGsなど持続可能な開発目標というスローガンを掲げる時代になりましたが、日本ではずっと昔からその土地に定住していくために、持続性を第一に考え循環型農業そして持続可能な暮らしをしてきたのでした。

志、定まる

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一連の経験からの考えをまとめると、

●日本の農村部では都会には無いサステナブルな価値観や、身体を使った人間的な仕事、持続性に富んだ営みがあるにもかかわらず経済性が伴わないため、人材も仕事も都市に流出する事態が続いている。

●一方で都市企業には人があふれている。余っている。しかしながら給料はもらえても「やりがい」「働きがい」を見失っている人が多い。

都市も農山漁村も誰もHAPPYでないという構造。HAPPYなのは都市での競争に勝利している一部のビジネスマンだけか(いや今思えばそれも勝ち組とは言い切れない。幸せの本質にたどり着いているとは言い難い)。
このままでは都市も農山漁村もそれぞれ構造的理由で地盤沈下を続けていく。。。なんとか歯止めをかけて、解決する構造を作れないか。。。そこで安易ですが考えたのが、

都会で疲弊し、意欲を失っているビジネスパーソンを、新しいカタチで農山漁村の継承者に転身させることで、都市人材の余っているパワーを再生・有効活用すれば、都市も農山漁村も HAPPY な人材の配置転換が行えるのではないか。

都会が失ってしまった【やりがい・働きがい】に当たるものを、日本のかけがえのない知恵・技術・精神を守り活用するという仕事が代替し、【やりがい・働きがい】が復活するのではないか。

当時は、アルゴアさんの「不都合な真実」も流行り、北極のシロクマさんよろしく、地球環境問題の悪化は待ったなし、というメッセージが世間に流れていた時代でした。資本主義の暴走は地球を破壊し、誰も得せず全員負けとなるチキンレース。
その意味でも日本の農山漁村の知恵や技術がヒントになる、これこそ失った希望の灯、懐かしい未来の方向性ではないか、と強く思いました。

では何から始めるか。

やはり人。人の意識が変わらなくてはならない。都市でくすぶっている人の意識を変えるんだ。偉い人だけではない、社会を構成する1人1人の意識が変われば都会も農山漁村も地球全体も変わる。
自分も含めて学び直しだ。自分が先頭に立って学び直し、同時にそれを事業として展開できないか。。。僕の手掛けるべき事業はこれだ、と直観しました。それこそが地球の持続可能性を取り戻す足元からの行動であり、都市一極集中が緩和、都市化と人口増加に起因する地球環境問題も緩和され、資本主義社会のアンチテーゼとなる生き方が生まれるかもしれない。

さあ、志が定まりました。あとは実行するだけです。会社を退職して起業することを決めた瞬間。2009年の冬でした。
しかし、当然ながらそう簡単に上手くいくものでは有りませんでした。 

(続く)地球のしごと大學って何?②

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