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怪談市場 第十九話

『焼却炉の少女』

昭和の時代からJ中学校に伝わる伝説がある。

ときおり、焼却炉のかたわらで、見知らぬ少女が泣いている。

朝、昼、夕暮れ。晴れ、風、雨。時刻も天候も選ばないが、場所は焼却炉のかたわらと決まっていた。

目撃した誰もが、その顔に見覚えがないと証言する。J中学の制服を身につけているが、どうやら在校生ではないらしい。それ以前に少女は、目撃した生徒の目の前で、まるで焼却炉へ吸い込まれるように消えてしまうため「この世のモノ」ですらないようだ。

なにかを訴えるわけでもなく、目撃者に災いをもたらすわけでもない。ただただ、涙を流す。泣き声もなく、しゃくり上げることもせず、木々が風雨に耐えるように、ただ静かに涙を流し、立ちつくす。

平成11年にダイオキシン類対策特別措置法が施行されるまで、多くの学校には焼却炉が設置され、日々教室で出るゴミや廃材を校内で焼却処分していた。J中学にも煉瓦造りの、重い鉄の扉をそなえた焼却炉があり、そびえ立つ煙突から毎日煙を吐いていた。古びてはいるが見るからに頑丈で、内部はちょっとした物置ほどの広さがある大型の焼却炉だった。

学校の焼却炉で焼かれるのは廃棄物だけではない。1日の授業が終わって、掃除当番が入れ替わり立ち替わり焼却炉へゴミ箱を運ぶ慌ただしい清掃時間が過ぎた放課後、ときおり人目を忍んで、多くの場合女生徒が、まだ残り火の燻ぶる炉の中へ封書を投げ入れるのだ。

恋文である。

指数関数的に募る恋心に耐えかねて、筆をとり、時間をかけ、何度も何度も書き直し、心を搾るようにして想いのたけを綴った手紙。だが、ついに渡す勇気が出せなかった文が、あるいは渡しても受け取ってもらえなかった文が、まだ埋み火の残る我が胸に押し戻すかように、厚い扉の隙間から炉の中に投げ込まれるのだ。

こうして想いを葬った少女の何人かは気付いていた。

自分が恋文を燃やした直後、焼却炉の少女は現れたのだと。

過去、焼却炉の少女が目撃された日にも、誰かが焼却炉で恋文を燃やしたに違いないと。

自ら押し殺さなければならなかった女生徒達の恋心を悼み、焼却炉の少女は弔いの涙を流すのだと。

渡されることもなく燃やされた恋文の無念が少女の姿を借りて現れ、傷ついた乙女の悲しみを肩代わりして泣き続ける――生徒たちの交わす噂話によって、そんなパーソナリティーが構築され、いつしか焼却炉の少女は「恋文様」の名で呼ばれるようになった。

たとえ恋に破れても、いつまでも泣き伏しているわけにはいかない。恋文様に悲しみを預けたなら、自分の足で前進しなければならない。たとえそれが失恋よりつらい道のりになろうとも、歩き出さなければならない。歩き出さずにはいられない。やがて笑顔を取り戻した女生徒たちは、焼却炉の前を通るたび、胸の中でこう呟く。

(恋文様、恋文様。私の悲しみを引き受けていただき、ありがとうございました)

その一方で、今日もまた別の女生徒が恋を諦め、想いを綴った恋文を焼却炉へ葬る。

恋する乙女がいる限り、恋文様の涙は枯れることがない。

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